12.恋敵(ライバル)?参上!?
現在の日本は四つの家柄によって支えられている。
それが、『蒼縁』・『紫司』・『緋捺璃』・『羽月』の四家であり、この四家を四大柱と呼ぶ。
この日本という国が『魔粒子遭遇危機』以降、再び国家としての機能を取り戻し、安定した生活を送れるようになったのは、この四大柱の力に他ならない。
『血晶結界』により安全な生活環境を作りだしている蒼縁を筆頭とし、紫司が武力・緋捺璃が政治・羽月が法をそれぞれ納めることにより、日本という国を今現在も守り続けている。
四大柱は各々が、己の権力を乱用しない様に常監視しあっている関係ではあるが、家同士が不仲というわけではないし、況して敵対しているわけでもない。
どちらかと言えば、交流を図りより潤滑に、事を成せるようにと意図している。
即ち、この四大柱の一柱を敵にするということは、四大柱全部を、つまりは日本を敵にするに等しいとも言えるのである。
勿論、ある個人が敵対してきたとて、そこまでことを荒立てることを四大柱はしないし、その相手もそんなことをするとは思ってはいない。
しかし、その周囲はと言えば四大柱の意志とは無関係に動くものだ。
四大柱は、それぞれがそれぞれに大きな財閥企業を有しているが故に、経済界にも多大な影響力を持っている。ともなれば、その一挙手一投足・僅かな言動一つに気を配る者も居て然りだ。そういう者に、敵対する者がいるということが伝われば、どうなるかは明白なことだろう。
こういう背景があるために、どれほどの疑念を持っていようとも四大柱に意見する者というのはまずもっていない。
だが、意見しないというだけで、抱えた疑念は消えるわけではないのだから、それは当然不自然な態度でにじみ出るものだ。
壇上から満足げな顔をしながら詠歌が降りた後、解散となった。凍夜も元の場所に戻り、クラスの者たちと一緒に教室へ戻る。
予想はしていたが、やはり皆ぎこちない感じだ。普通ならおしゃべりしながら、騒がしく移動するものなのだが、列は異様な程に静だった。
1-Aの教室に着いたが事態は変わらない。普段なら騒がしく話し込んでいるような時間なのだが、教室に会話はなく、皆押し黙ってしる。
沙樹は、二人にどう切り出せばいいのか分からず、凍夜と小夜とで視線を彷徨わせながら会話のネタを探してはいるのだが、結局は黙り状態だった。
小夜は小夜とて、体を沙樹の方に顔は凍夜の方に向け、いつでもどちらとでも会話が出来る体勢をとってはいるが、思考を巡らせているであろう凍夜に、この状況で何と声を掛ければよいものかと思い悩みやはり、言葉が出ない。
単なる自己紹介ではあるが、詠歌のそれは中々に爆弾発言だった。
詠歌のみならず、紫司が三人も一つ処にいるというのだから、仕方ないと言えば仕方のないことかも知れない。
いくら詠歌が、偶然だと主張したとて、現に凍夜は詠歌に呼ばれてここにいるのだし、更に言えば、小夜が何故ここ(十二校)にいるのかということも疑問なのだから、勘ぐりたくもなるというものだ。
小夜は、私立壬筑紫魔法学園中等部に在籍していた。
この壬筑紫は、幼稚園から大学までの一貫の所謂エスカレーター式になっているので、本来らなば小夜はそこの高等部にあがっていた筈で、わざわざ受験してまで、こっちに来る理由はない筈なのだ。
確かに国立は一般的に私立よりもレベルが高いという認識になるが、それでも『四柱校』っとなると話はべつだ。
四柱校というのは、生徒たちが主に使う俗称であり正式名称はない。そして、名から察するものもあるだろう、即ち四柱とは四大柱を指している。
つまりは、四大柱が創設した学校ということだ。正確には、四大柱のそれぞれの関連機関によるものではあるが、どちらにしろ四大柱にしてみれば庭みたいなものだ。
そして、当然壬筑紫は紫司の関連に当たる。となれば、わざわざ自分の箱庭から出て来るほどなのだ、疑いを持つなということの方にこそ無理があるというものだろう。
凍夜は詠歌に呼び出されたときに、『自分がここに呼ばれた理由』を聞かされていたので、こうなることはそのときから予想していた。何か対策としていい手立てはないかと模索してみたが、自己弁護は苦手な部類に入るため、ここに至るまで結局いい案は思い浮かばなかった。
しかし、このままではいつまでも空気が重いままなので、取り敢えず自分から小夜や沙樹に話題を振って会話しようという考えに思い至る。それを気に周囲に少しずつでも、会話が始まれば空気も和らぐ筈だと。
と、そう思い会話の口火を切ろうとしたそのときだった。
凍夜が思案している間に、皆に少し遅れて神埜が教室に入って来ては、自分の机に座ると思い気やそのまま凍夜の方へと歩みを進めた。
「久しぶりね、凍夜」
神埜が凍夜に声を掛けてきたが、凍夜は小夜たちに話をしようとした瞬間だったため、一瞬言葉につまってしまった。
「――っえ、はい。ん? ついこの間お会いしたばかりだと思いますけど……?」
「顔を合わせるだけならね。でも、こうして直接言葉を交わすのは二年ぶりよ」
「そうですね。確かに、それ以降も幾度か会う機会はあっても、会話はありませんでしたね」
そう言えばそうだったなと思い、苦笑いを浮辺ながら返答する。
「では、改めましてお久しぶりです。蒼縁さん」
「この場合、"神埜って呼んで"って言った方がいいかしら?」
確かにものによってはパターンかも知れないが、わざわざそれを言うか? と思わざるを得ない。
「それを僕に尋ねられても困るのですが……」
そして、それを正直に苦笑と共に言葉にした。
「そう。じゃあ、神埜って呼んで」
しかし、神埜は全く意に返した風もなく――と言うより、もとから何かしらの意味を込めての言葉かすら危ぶまれる程に、素っ気なく言ってのけた。
「それは、無理です」
凍夜は逡巡することもなく答えた。
「拒否するわけ、然も即答。ちょっと、女に対する礼が欠けてるんじゃない?」
不機嫌さすら感じない抑揚に乏しい口調で叱責する。
「無礼は承知ですよ。ですが、無闇に相手に気を持たせることの方が失礼でしょう」
対して凍夜は軽口の様に答える。
「クスッ、いいわね。貴方のそういうところ。いい訳も取り繕いのない真っ直ぐなところ」
ここに来て初めて神埜に感情というものが現れた。
神埜と凍夜の会話のその傍らで、沙樹は内心驚愕に打ち震えていた。
沙樹は蒼縁の衆家と呼ばれる家柄の出自だ。
この衆家というのは、血縁関係ではない親戚筋や蒼縁傘下の財閥家系を指す。その衆家とはいっても、所詮は組織の末端、その程度の人間が宗家の人間に会う機会などそうそうあるものではない。
故に沙樹が直接会ったのは、丁度中学へ上がった辺りのときに一度会った切りで、そのときは碌に話も出来なかった。というより、話に成らなかったのだ。
神埜は他者を寄せ付けないことで有名だった。それは正に、近づく者を皆を斬り捨てるが如き有様だ。
しかし、今はどうだろうか、斬り捨てるどころか自分から歩み寄って話をしているではないか。
然もかなり親しげに、明らかな好意すらも示しているのだから、以前の彼女を知るものとして驚くなという方が無理な話だ。
小夜は、話し始めた二人を眺めていた。
小夜自身は蒼縁と関わりももったことは無いが、家の交流はあるのだし、何より凍夜は普段蒼縁の縁の施設に世話になっているのだから、この二人が知り合いだとて驚くことは無かった。だが――
「だから、私は“そんな貴方だからずっと側にいたい”」
流石にこの言葉には心中穏やかにはいられなかった。