11.黒幕
体育館では入学式が行われている最中で、今は丁度、新入生の代表が呼ばれたところだ。
新入生の代表が中央通路に移動すると、周囲に響めきが起こり始めた。通路を進み壇上に上がるとその騒ぎは更に大きくなる。
壇上に立つ代表の女生徒、彼女の腰よりもある長い髪は、霊障を帯びており、美の象徴というに相応しいほど幻想的な色合いを帯びていた。
透き通る様な蒼白い髪。誰もが彼女の後ろ姿に魅入られた。
1-Aの生徒は、先ほども別の美象を見ていた。アレほどの美象は早々お目に掛かることの出来ない本当に稀少なものだ。
飽くまでも髪の美しさの優劣での話ではあるが、先の灼熱の煌髪と比べるならば、小夜の赤みがかった茶髪というのが、色褪せて見えてしまう程だ。がしかし、その煌髪を知る1-Aの生徒からしても、彼女の『蒼髪』は目を奪われる程に美しいものだった。
壇上の上で文を読み上げる女生徒の声は、まだ高校生になったばかりの十五歳の少女とは思えない程に艶やかなでいて、決意表明に相応しい凛々しさを感じさせる声をしていた。
「――新入生代表、一年A組・『蒼縁神埜』」
挨拶を読み終え自分のクラスと『名前』を告げたときに、また響めきが起きた。
先ほど登場したときには、美しい髪に感嘆するものであったが、今度のは驚愕によるものだ。
生徒たちにも少しは起きたが、事前にその名を知っていたために、生徒たちの動揺は小さい。しかし、何の前情報もないままにその名を聞いた父兄たちの動揺は、入学式という場に明らかに相応しくないレベルにまで達してしまった。
マイクで『静粛に』っと声を掛けるが中々に納まる気配はない。
神埜はその騒ぎに一切の気を払うこともなく、読み終えた文を折りたたみ、制服の胸元に仕舞い込み、振り返った。
そして、今度は先ほどは気づくことの無かった生徒たちや今も騒ぐ父兄までも、神埜の顔を見て先ほどまでとは別種の響めきを起こす。
神埜の右目を眼帯が覆っていた。ものもらいになったからといってする様な、そういう程度の眼帯ではない。
その眼帯は黒く、凡そ少女には似つかわしくない様な、存在感のある質感を醸し出しているのに、神埜の右目にあるそれは、顔を隠すことで返って神埜の神秘性を引き立てているように見えた。
入学式が終了した。
本来なら、新入生が退場した後に閉会となるのだが、今回は別件の用があるために新入生もそのまま残り、閉会後父兄の退場を待って終了となった。
この後、父兄は子供たちの教室へ行き、担任教師から諸処説明を受けることとなる。
壇上の上に件の麗人が姿を現した。1-Aの生徒は、驚きはしないが、やはり他のクラスの者はそうもいかない。
「おはよう、諸君。新入生の皆は入学おめでとう。
私は能力向上教育プログラムという、国の政策のために派遣されてきた、日本軍士官再教育部門所属にしている中将だ」
中将という階級に皆が、疑問の念を抱く。当然だろう、見た目からするにまだ三十にもなっていないであろう、女性軍人が中将というのはどう考えてもありえない階級だ。
それに加え、彼女の所属も妙な部門だ。下士官や士官候補生というなら分かるが、士官を再教育するというのだから、なんとも訝しさを感じざるを得ない。
「二・三年生は、噂くらいは聞いていると思う。これは、魔法師育成高校が近年弱体化していうことを懸念されて、発足させられた政策で、対校戦でのランキングが常に下位に来ている六校を対象として、試験的に行われることになったものだ。よって、私は十二校いるわけだが、これは飽くまで偶然であること、場合によれば、違う校舎に行っていた可能性や、そもそも派遣されなかった可能性がある、ということを先ず念頭に置いて貰いたい。
さて、先ほどここに来て、君たちがしている『噂』をいくつか耳にしたわけだが、それについて誤解があるようなので私の知る範囲で、先ずその誤解を訂正して置こうと思う。紫司凍夜、上がってこい」
多少のざわめきはあったものの、麗人の他を圧倒する雰囲気に飲まれていた生徒は直ぐに静まった。
そして、凍夜が壇上の上に上がった。
「さて、渦中の一人がこの紫司凍夜なわけだ。彼は諸君らのいうところの特例組に当たる存在だ。そして、その彼を特例としてここに招いたのが、『この私』だ。そして、『コレ』は“便宜的に生徒という扱いにはなってはいる”が、実際のところは“アシスタント”をやって貰うことになる」
流石にこの話には騒がしくなったものの、麗人の言葉で一蹴され、押し黙った。
「話を聞けっ!!!
他の特例入学者に関して、私は関知していない。もし、そちらに興味があるのならば、後で学校に問い合わせてくれ、今は私の話を聞いて貰う。
私が『コレ』をここに招き入れたのは、君たちに益があると判断したからだ。私には、今政策に携わるに当たり、様々な権限が与えられている。勿論その権限は、今政策のためになるものに限る。よって、『コレ』の抜擢は君たちのためを想ってのとこだと、そう理解して欲しい」
凍夜を『コレ』呼ばわりするこの麗人に対して、『二人』の女生徒が怒りを覚え、壇上の麗人を睨み付ける。
周囲のものは壇上に集中しているため気づいてはいないが、その者たちの今の顔を見たら嘸かし恐怖していたことだろう。
「さて、次に特例組の中に『無能者』がいるというのもあったが、断言する。それは、『間違い』だ」
これには、皆がやはりと思った。しかし、以外なことに言葉は続く。
「『ここにいる紫司凍夜は、“無能力者”ではあるが、“無能”ではない。“無能力”ではあるが極めて“有能”な存在だ。魔力判定にて“無能力判定”を受けているが故に、“魔術は施行できない”が、コレには凡そ我々の及びもつかない程“魔法の才はある”。そして、無能力判定とコレの有能性に関しては“無関係”だ。』故に、呼んだ」
――静だった。誰も騒ぐことなく皆黙ったままだ。
『ある二人』以外の全生徒、そしてここにまだ残っている教師陣にも、この麗人の言っている事の意味が全く分からなかった。全く持て理解出来ない、出来なさすぎるが故に静だった。
この言葉の意味を全て正しく理解出来たのは、小夜だけだ。そして、もう一人の生徒は、言葉の意味は理解はしていないが、凍夜が有能であるということをただ当然として受け入れていた。
「恐らく諸君らは、この言葉の意味を理解出来ていないことだろう。これは、私からの問いだと思い、考えていてくれ。
これは私自身の言葉ではないが、この言葉を諸君らにも刻んで貰いたいので、聴いてくれ、
『考えろ、思考を止めるな、脳は使えば必ず答えてくれる器官だ。考えることに無意味なことなどない』とね。
参考までに言っておけば、コレが魔術を使えないのは、魔粒子活性化が出来ないためであり、それ以外の機能は全て通常通りである。これを切り口にすれば、見えるものもあるかも知れん。
諸君らの思考に期待するよ。
そして、私は断言しよう!!! 来年、三年生が卒業するそのときまでに、ここにいる全ての者が、私の言葉の意味を理解していると」
ここまで言って、麗人は厳しい顔つきを辞めた。
そして、先ほど教室で見せたような、人を驚かせるのが仕方がないっといった様な顔つきになった。
「さて、ここまで、長話済まないね。これで、最後だ。自己紹介と挨拶を最後にした無礼をまず詫びよう。私の名は、紫司詠歌、紫司の長女だ。以後、宜しく頼む」