四人で力を合わせて
アレンはレナの想いを受けとめ、これからどうするべきかを考えた。
(ここがゲームの世界云々は置いておくとしても、どう動くべきかを決めなければならない)
死亡する未来しかないと言われ、一瞬だけショックを受けてしまう。それでも彼はレナの言葉を信じることを決め、先の運命を回避することを模索した。
とは言え、現段階では殆どの話が絵空事としか思えない。レナの言葉を信じていないわけではなかった。けれどはいそうですかと言えるほど、彼はお人好しではない。
「レナ嬢、君の言うことをすべて信じるには、あまりにも大きなリスクを伴う」
「わかっています。誰だって、そんなに簡単に信じられる話じゃないってことも。それでも私は、あなたの幸せだけを願っていたいんです!」
レナの決意を感じる瞳に、アレンは静かに頷いた。
「具体的な話は、ハワードたちと合流してからにしないかい? 情報が足りなさすぎて、私たちだけでは手に負えないからね」
「……うっ。は、ハワード様、怒ってたりしませんかね?」
今更ながらに、レナは自分が仕出かしたことの重大さに気づいたよう。聖女の力を悪用し、アレンを誘拐してしまった。しかもそれをハワードの目の前で。
アレンのことが大好きで仕方ないハワードは、今回のことで怒り狂う可能性があった。
後先を考えていなかった行動に、レナは落ちこむ。
アレンもまた、ハワードが暴走をするのではないかと、少なからず思っていた。同時に、あの頼りになる腕に包まれたいとも考えてしまう。
(……ああ、今すぐにハワードに抱かれてしまいたい。彼の温もりを、この手で感じたい)
胸の奥からジンジンと熱くなっていった。
か弱い少女がいる手前、弱音など吐けない。吐いてなどいられないからだ。けれどハワードの姿を見れば、おそらくそれは一気に崩れてしまうだろう。それほどまでにハワードへの想いが強かった。
「あ、そう言えば、君に一つ聞きたいことがあるのだが……」
「え?」
アレンはふと、あることを思い出す。それを、気落ちしているレナに尋ねてみた。
「なぜ、私を誘拐する必要があったんだ?」
「ああ、それですか? うーんと……わ、私の気持ちと言いますか。推しでもあるあなたと、直接話してみたかったというのもあります」
頬を赤らめ、指をもじもじさせた。子供っぽく口を尖らせ、ううーと唸る。
「な、何よりも、ここにいれば安全なので」
「安全? ……そう言えば、ここはどこなんだい?」
レナは真面目な表情になり、扉を指差した。
彼女の視線の先にある扉は、奇妙な模様が描かれている。
「……?」
アレンは扉まで進み、手で触れてみた。黒いインクで描かれたそれは、見たことのない不思議な形をしている。
「それは聖女の力で作った、オリジナルの結界魔法です。ここにいれば、闇の干渉を受けることがありませんから。ここにいれば、アレン様は死ぬことがありませんし」
「なるほど。それで、ここに私を軟禁する予定だったと?」
「……」
レナが頷くのを確認して、扉へと向き直った。
(闇がすべての元凶ということはわかった。ただ、それがなぜ、私を死亡させることに繋がる? そこが、わからない)
引っかることだらけ。そう呟くと、レナは攻略本のとあるページを開いてみせた。そこには隠しルートに進むための手順、そして攻略法が書かれている。
けれどそこの中には一つ、気がかりなものが記載されていた。
「……これは?」
そこには真っ黒なヒト型の誰かが、大きく描かれている。
これは何かとレナへと問えば、彼女は気まずそうに視線を逸らした。やがて盛大なため息をつき、真剣な面持ちで語りだす。
「その方は、すべての元凶……物語の中ですべてを支配する、聖女と攻略対象たちが倒すべき人です。簡単に言えば、ラスボスです」
「ラスボス?」
レナは踵を返し、背中をアレンに見せた。ベッドに腰を落ち着かせ、黒髪を指に巻きつけて遊ぶ。言いにくそうにしながら、アレンを凝望した。
「はい。ただ、そのラスボスは……」
言いかけた直後、ドタバタと扉の外から数人の足音がした。それは扉の前でとまる。警戒する暇もないままに勢いよく扉が開き、そこから見知った男の姿が現れた。
「ハワード!?」
「アレン! 無事でよかった!」
部屋に入ってくるなり、ハワードはアレンに抱きつく。身長二メートルを超す巨体で、細身のアレンを優しく抱きしめた。
アレンは両目を丸くする。それでも彼の涙と、震えている体を離すことなどできなくて……愛しい人からの抱擁に心の底から喜んだ。
(ああ、やっぱり私は、ハワードの胸の温もりに包まれていたい。彼と離れてしまうとすごく胸が苦しくなって、弱気になってしまうから)
その言葉を飲みこみ、愛してやまない婚約者を見上げる。ふと、ハワードからは優しい瞳が消えていた。代わりに憎悪という名の怒りのようなものを瞳に宿らせ、アレンではなくレナを睨みつけている。
「レナ嬢、俺のアレンをよくも……っ!?」
「待ってハワード」
怒りに身をまかせてレナを怒鳴りつけようとしてることを察知し、アレンは彼をとめた。そしてレナへと向き直り、彼女と視線を交わす。
未だに番犬のように牙を剥き出しにしているハワードを宥めつつ、端麗な顔に疲れのようなものを乗せた。
ふと、そのときだ。ハワードに遅れて、鉄錆色髪の少女がひょっこりと顔を出す。その少女はアレンたちが協定を結んだルシアだった。
彼女は落ち着き払いながら、優雅な姿勢で、コツコツと足音を鳴らす。そしてアレンとハワードの隣を通り過ぎ、レナの目の前に立った。スッと背筋を伸ばすルシアだったけれど、目には少しばかりの涙が溜まっている。
「……レナ様、アレン様を誘拐するなど……なさってはならないこと。ご自身が、いったい何をなさったのか。ご理解していますか?」
静かに譴責する様は、その場の空気を一気に冷やしていった。
レナはビクッと肩を震わせ、ハワードは恐怖に負けてアレンの後ろに隠れてしまう。
「あなたは男爵家の者。それが、公爵家のアレン様を誘拐など……恥を知りなさい」
すっと、細められて両目には怒りの焔が絡みついていた。一言一言でしっかりと諭し、耳に穴が開くほどの説教をする。
レナは自分がやった数々の行いを自覚していた。返す言葉もなく、ルシアからの正当な苦言を聞くしかない。
何度も頷き、そのたびに「ごめんなさい」を繰り返していた。
そんなルシアによる説教タイムを聴きながら、アレンは頬を掻く。
(うーん。これは、レナ嬢を助ける必要があるな)
誘拐された張本人でもあるアレンは、持ち前の心の広さで二人の女性の間に入っていった。
ルシアには睨まれ、レナは借りてきた猫のようにおとなしく震えている。女性陣の正反対の姿に、彼は苦笑いしか浮かんで来なかった。
「ルシア嬢、それについてですが……私からも説明させてもらえますか?」
(真に恐ろしいのは女性、か。ルシア嬢を、あまり怒らせてはいけないね)
両者を見下ろしながら軽く咳払いをする。レナと視線を合わせて頷き、ここで見聞きしたことのすべてを話していった。
「──にわかには、信じがたいお話ですね」
怒りのポルテージが下がったルシアは、ベッドに腰かけながらそう呟く。隣に座るレナを凝視して、再度本当かどうかを尋ねた。
レナは「はい」とだけ言う。
「あの方を……レナ様がノワール殿下を誑かした理由が、アレン様を救うためだったなんて」
「ごめんなさいルシア様、ああでもしないとあの馬鹿皇子から、あなたを守る術がなかったんです。あのままあの男の婚約者でい続ければ、ルシア様に待っているのは、娼婦への転落」
ノワールという皇子はとことん馬鹿だった。それでいて非道かつ、国や民を奴隷としか思っていない。そんな男の妻になれば、破滅への道一直線だ。
「さっきも言ったように、私はこの世界のシナリオを知っています。ルシア様の末路も」
だからこそ、自らを悪役にして奪うことを思いついた。ただ、それ以外の方法がなかったとも言える。
婚約者でいるか、それともやめるのか。それを決めるのは本人のみだ。いくらレナがルシアのことを思って悪役に徹していたとしても、余計なお世話でしかない。
そう話すレナは覚悟を決めて、目を閉じた。
ルシアは彼女が何を求めているのか。それに気づいたようだ。アレンを一度見て、彼が頷くのを確認する。そして拳を握った。
「……わかりました。レナ様、覚悟してください」
「……っ!」
ルシアの平手がレナの頬を殴り……は、しなかった。ゆっくりと、静かにレナの白い頬に触れる。
「私のことを思って、やってくれたのでしょう? そのような優しい方を、どうして、たたけるのでしょうか?」
「……ル、シア様……」
レナの頬に涙が、ボロボロと流れた。声を殺して泣き続ける。
「レナ様、一人で、よくここまで頑張りましたわね。でも大丈夫。これからはここにいる私たちが力を合わせて、闇を追い払いましょう」
「はい!」
ルシアは彼女をそっと抱きしめた。
女性たちの和解を確認したアレンは、ほっと胸を撫で下ろす。そして助けに来てくれたハワードの手をこっそりと握った。自身よりも頭一つ分ほど背の高いハワードを見上げ、ふっと微笑する。
そして背伸びをし、彼の耳元に向かって、艶ごとがしたいなと誘惑めいた言葉を放った。
「今日の夜、屋敷に戻ったらハワードに、すべてをあげる」
閨ごとへの誘いを、持ち前の色香とともに求める。
「君を、私の体で感じたいんだ。駄目かい?」
「……っ!?」
ハワードは驚いた様子で喉を鳴らした。照れながらアレンの肩を抱き、口元に笑みを浮かべながら頷く。
アレンは小悪魔染みた笑顔を浮かべ、夜のお楽しみの時間が待ち遠しいなと感じるのだった。