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協定

 はあーと、アレンは大きなため息をつく。机の上に肩肘を置いて、拳で頭を支えていた。眉間にシワをよせながら何度も嘆息する。


「……わからないな。あの屑はなぜ、ルシア・アルベルン嬢との婚約を破棄した?」


 資料を無造作に机の上に放り投げた。ギィーという椅子の音を聞きながら、端麗な顔に焦りの色を浮かべる。天井を仰ぎ見て、青い瞳に不安を乗せた。


 (彼女と婚約破棄しても、あの屑にとっては、何の利益にもならないはず。むしろ痛手でしかない。 まさか、それを分かっててやっていると?)


 真意が読めない今、謎は深まっていくばかり。どうしたものかと、煮詰まってしまった。


 すると、ハワードが机の上に紅茶の入ったティーカップを置く。困った表情をしながら大丈夫かと、アレンを心配していた。そんな彼の頭はいつものようにツルツルではない。黒のカツラを被っていたのだ。


「……? ハワード、またそのカツラ。いったいなぜ?」


 ハワードを凝視すれば、彼の頭についているカツラが少しズレているのがわかる。淹れてくれた紅茶を飲みながら、ほんのわずかな疑問を伝えた。


 ハワードはカツラに触れ、それを取る。両手で握り、恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせた。


「じ、実はこれ、町の子供たちが買ってくれたものなんだ」


「へえ……ん? 子供たち?」


「そう。俺はあの子たちがいる教会、保護施設に寄付をしているからね。時間を見つけては教会に行って、子供たちと遊んでもいるんだ」


 どうやらハワードは子供たちには人気があるよう。普段の彼は筋肉質や強面というその見た目のせいで、たくさんの人に怖がられていた。けれど子供たちにはそれが通用しないよう。むしろ逆に、好かれてしまうという体質だった。

 

「その子たちが、お小遣いを溜めて買ってくれたんだ。無下になんて、できないよ」


 そう語るハワードの瞳は優しさに満ちている。


 (ふふ。そういえば彼は、子供や小動物に好かれるタイプだったな)


 見た目だけで判断してしまう大人と違い、子供や動物は本能で見極めていく。純粋な心を持つ存在とも言える子供だからこそ、ハワードのように中身が優しさで溢れている人に懐くのだろう。


 (私とは真逆だな。私は、子供や動物から逃げられてしまう。だけど大人からは、好意的な反応がもらえる)


 自分自身の嫌味な性格を理解し、それに習って振る舞う。ただ、それだけを繰り返していた。

 反面、自由で親しみやすい彼に憧れてすらいる。

 ただ、それを口にはしない。したら負けという、無駄に高いプライドがあるからだ。邪魔をしているとも言えるそれに、心底落ちこみそうになる。


「……それで? わざわざ、私にそのカツラ被ってる姿を見せているのはなぜ?」


「え? あ、うん。えっと……子供たちからのプレゼントが嬉しくて、つい。子供たちがかわいくて、君にも彼らの姿を見せてあげたかったよ」


「…………」


 照れ続けるハワードは、やれ子供がかわいいだの、純粋でいいだのと、子煩悩な親のようになっていた。無邪気にも似た笑顔で、楽しそうに語り続ける。


「……は?」


 アレンはそれが嬉しいとも思えず……バキッと、筆を折ってしまう。にこにこと、満面の笑みとドスの利いた低い声で、ハワードを手招きした。


 ハワードは「ひっ!」と短い悲鳴をあげる。そして細すぎる瞳に涙をうっすら浮かべた。顔を真っ青にさせながらガタガタと震える様は、見た目を裏切る弱気な姿勢になっている。


「嬉しいという気持ちはわかるよ? だけど……」


 アレンの放つ空気が、一気に冷たくなっていった。底冷えするほどに下がる怒りで、ハワードの胸ぐらを掴む。

 絶世の美女も見惚れるほどの端麗な顔に、絶対零度の笑みを乗せた。けれどその額には血管が浮かび、まったく笑っていない瞳で彼を見つめる。


「子供にデレデレするのは、いただけないなぁ?」


「い、いや……違っ!」


 ハワードは何とかしてこの状態から逃れようと(もが)いていた。けれどアレンの怒りに恐怖し、声すら出なくなってしまう。


「へえー? 私には、そんな顔見せたことないのに。子供相手だと、そんなふうに嬉しそうにするんだ?」


 (ああ、私は何をやっているんだろう? 彼が子供たちと遊んで、好かれるのは、彼自身の人望からくるものだと言うのに。それだけ子供たちはハワードを信頼して、頼もしく思ってくれているだけなのに……)


 自分以外の誰かのことで、そんな笑顔を見たくない。ハワードの心の中にはアレンだけいればいい。

 強欲なまでの嫉妬心を顕にし、それを隠しながらハワードを睨んだ。


 □ □ □ ■ ■ ■


 一通りじゃれた日の午後、アレンはソファーに座っていた。テーブルを挟んだ向かい側にいるのはハワード……ではなく、鉄錆色髪の美しい女性である。

 彼女の名はルシア・アルベルン。数日前に婚約破棄されたばかりの令嬢だ。そんな彼女がなぜ、アレンの元へと訪れているのだろうか。


「よくぞ、来てくださいました。ルシア・アルベルン嬢」


 アレンは足を組み、堂々と背筋を伸ばした。彼女の前に紅茶と茶菓子を置き、それらをお薦めする。


「あ、いえ……えっと。どうして私のことを? それにあなたは、夜会のときにいらしてた方ですよね?」


 ルシア・アルベルンは鉄錆色の髪をした、普通の少女だ。アレンが美女にも引けをとらない美しい男ならば、ルシアは霞むだろう。けれどその身についた貴族としての上品さ、あるいは淑女としての振る舞いが、彼女の育ちのよさを表していた。


 そんな彼女を前に、アレンは不敵な笑みを浮かべる。


「ええ。そのとおりですよ。あのとき、私は確かにあの場にいました。そして、貴女とも目が合っていましたね?」


「はい」


 ものおじない返事だ。


 そのことに気分よくなった彼は足組をやめて、体を少しばかり前のめりにする。


「簡単なことですよ。貴女が、婚約破棄されてしまった理由をお聞きしたい」


「……っ!」


 ぶしつけかつ、配慮の欠片もない質問だった。ルシアの顔が真っ赤になっても、全身を震わせていても、気にする素振りすらしない。

 

 (空気の読めない男と思われても、いたしかたない。ここで聞いておかなければ、調べるものも調べられないからね)


 ルシアの瞳をジッと凝視した。


 すると彼女は首を左右にふり、紅茶を静かに飲んだ。


「……正直、わからないんです。殿下がなぜ、あのようなことを言い出したのか。殿下のそばにいたレナ様、私はあの方のことを存じ上げません」


「ん? そう、なのかい?」


 意外だった。てっきり彼女は、あのレナという少女と面識があるものとばかり思っていたからだ。

 

 (そうなると、だ。ますます、わからない。あの屑はなぜ、ルシア嬢を貶めるような嘘をついたのか)


 ルシア・アルベルンは、公爵令嬢でもある。産まれたときから皇子の婚約者として教育を受け、いずれは国の王妃となる存在だ。何よりも彼女自身が非常に優秀で、王妃に相応しい器とすら言われている。

 民からの信頼も厚く、ルシアが王妃になれば国は安泰(あんたい)とまで言われるほどだった。


 (そんなルシアを手放すようなことを、皇子自らするのだろうか? ……普通は、しないだろうな)


 後先考えなしならば話は別なのだろう。けれど、腐っても皇子だ。そのぐらいはわかっているはずではと、アレンは考える。


「……事情は、わかりました。そうなると、いろいろとおかしいですね?」


「はい。私も、そう思います。学校に入学するまでは、あの方は真面目でした。ですが、入学して数日たったある日を境に、豹変したかのようになってしまったのです」


 (入学した後、か。私が襲われたときと重なる)


 身を暴かれ、犯され、両親すらも喪った。苦い記憶だけが残る。

 アレンはあのときの恐怖に打ち勝とうと、必死に深呼吸をした。


「……では、あのレナ嬢は?」


「申し訳ありません。本当に、わからないんです。レナ様が特待生として入学したとしか……あっ! そうだ。一つだけ。どうしても引っかかることがあるのです」


「え?」


 接点すらない。そのことに焦りを覚えていった。その矢先、間近で皇子とレナを見ていたルシアが、思いもよらないことを口にする。


「私が直接見たわけでではありませんが……どうやらレナ様は、攻略本という書物を常に持ち歩いているそうです」


「こう、りゃ……く、ぼん?」


 聞いたことがない言葉に驚きを覚えた。

 ルシアを見れば、彼女は黙って頷いている。


「はい。誰かがそれに触れようものなら、物凄い剣幕で怒るそうです」


「……怪しいな」


 レナという少女についての情報が欲しい今、ほんの少しの手がかりでも必要だった。ルシアが口にしたものは何かしらのヒントになり得る。

 アレンはそう、確信した。そしてニッと片口を上げ、手を差し出す。


「……?」


 彼女は何だろうかと、両目をパチクリさせていた。


「私と、手を組みませんか?」

 

「えっ!?」 


 突然の申し出に、ルシアはすっとんきょうな声を上げた。けれど……ふっと微笑みを浮かべて、アレンの手を取る。


「そうですね。このままでは私の気持ちも収まりませんし。アレン様の申し出、是非、受け取らせて頂きます」


 こうしてアレンとルシア、皇子の我が儘に振り回されて人生を狂わされた二人。そしてアレンだけを想い続けるハワードの三人は、すべての謎を解くために動き出す決意をしたのだった。

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