番外編 Mへの目覚め
すべての事件が一通り解決した数ヶ月後、アレンとハワードは結婚をした。そしてハワードは新王となり、アレンは王妃になった。
そして二人はいつも仲慎ましく暮らしている。ところ構わずイチャイチャと。二人は人目も気にせず、堂々とイチャついていた。
ただ、アレンは周囲の反応を楽しみながらやっている節がある。所謂、小悪魔だ。
「……はあー。大臣が、私に助けを求めに来た意味が、理解できましたわ」
美しい銀髪を持つ儚げな美貌の青年アレン。厳つい顔でハゲている新王ハワード。
この二人のラブラブっぷりは目に余る。ルシアは大臣を含む、多くの家臣たちからそう泣きつかれていた。
そして彼女は目の前で繰り広げられる王と王妃のいちゃコラに、頭を悩ませている。
「あなた方、タカが外れすぎていません?」
アレンは復讐というものを胸に生きてきた。冷静沈着でクール、頭脳明晰で国のブレーンを担っている。
出会った頃はかなり冷めた感じではあったけれど、目的が果たされた今は、別人のように甘い顔をしていた。
唯一の救いなのはハワードで、前も後も何も変わらない。
ルシアは米神を押さえ、はーとため息をついた。出された紅茶を飲み、目の前にいる美形と野獣を凝視する。
「ふふ。そんなことはないよ。ルシア嬢、私は元々、こんな感じだったからね?」
ルシアにではなくハワードへ同意を求めた。
ハワードは照れながら頷き、アレンにあーんしてもらいながらお菓子を頬張っている。
ルシアは額に血管を浮かばせ、眉を引くつかせた。そして我慢の限界を越えたのか、テーブルをバンッ! と、強くたたく。
「いくら何でも、いちゃコラし過ぎです! そんなに、結婚したことを自慢したいのですか!? 羨まし……じゃなかった。恥ずかしくはないのですか!?」
「……あ、今本音出た?」
アレンとハワードが声を揃えてツッコミをした。
図星を突かれたルシアは言葉を詰まらせる。
アレンは明らかに悪戯心を含んでいそうな笑顔をしていた。ハワードは純粋に大丈夫かと、心配する。
両極端な性格の二人に、ルシアは再び頭痛を覚えた。そして咳払いをして座る。
「あー、もう! ただでさえ、私に復縁を迫る屑がいて、うるさくて眠れないと言うのに!」
ルシアは叫んだ。半分泣きべそをかき、わっと顔を両手で隠す。
アレンとハワードは顔を見合せ、苦く笑った。
「……えっと、ルシア嬢、何かありましたか?」
疲れはてた様子に、さすがのアレンも聞かざるを得ないよう。困惑しながら彼女の隣に座り、顔をのぞきこんだ。
「先ほど、復縁と言っていましたが……」
「はい。ノワール様が、私に復縁を申しこんできたんです」
ノワールは数々の罪によって王位継承権を剥奪された。今は牢獄暮らしをしているよう。
そんなノワールへ、ルシアは度々様子を見に行っていた。未練などまったくない。あるのは、たくさんの罪なき人々を巻きこんだ、自分勝手な振る舞いに対する嫌悪感だけ。
それでも彼女は元、婚約者だ。更正してほしいと願う気持ちもあるため、度々顔を出していたらしい。
「あの方との復縁は、私的には絶対にあり得ませんわ」
「確かに、それは天地が割けてもあり得ないね。むしろ、あんな男を野に放つこと自体が罪だよ」
「…………相変わらず、容赦ありませんわね?」
アレンのノワール嫌いは筋金入りだ。あのようなことをされては、そうなるのも仕方ないだろう。
ルシアは苦笑いで誤魔化し、己に降りかかっている問題をぶちまけた。
「どうやら、私が頬をたたいたのが決め手だったらしく」
「……?」
アレンは意味がわらないようで、ハワードに無言で説明を求める。ハワードも理解に苦しむらしく、首が千切れんばかりに左右に振った。
「あのビンタが、心の奧に刺さったとか何とか……私の顔を見るたびに、たたいてくれと連呼しているんです」
顔を見せなくても牢獄から日々、手紙で【あのときのビンタは痺れた。もう一度頼む!】という、変態丸出しの男へと成り果ててしまっているよう。
アレンは「……あー……」と、どう答えればいいのか悩んでいるようだ。ハワードは耳の先まで真っ赤になりながら顔を両手で覆い「兄上、恥ずかしい!」と、泣いている。
ルシアはそんな状況が続いていて、だいぶ疲弊してしまっていた。
「れ、レナ嬢に相談は?」
レナは攻略本という不思議な本を持っている。決戦のときも、彼女の知識があったからこそ全員無事に帰還できた。
その少女に頼まないのかと、至極真っ当なことを言う。けれど……
「レナ様は今、旅に出ています」
「旅?」
「はい。聖女の力をコントロールするためとか。多くの人を救うために力をつけるとか、言ってました」
聞いたルシアも、よくわかっていなかった。小首を傾げ、鉄錆色の髪を揺らす。
「だからもう……」
ルシアの声は震えだした。膝の上に置いている両手もガタガタとなる。
「あの方が、あまりにもしつこくて……隙間や影から見られているのではないと、日々、怯えてしまっています!」
ノワールは猫か鼠なのだろうか。そのようなところに入れるはずもない。
もちろんルシアはそれをわかっていた。けれど頭では理解していても、付きまとわれる彼女にとって、精神を追いやられてしまうほど。
「…………」
アレンは肩をすくませ、顎に手をあてた。うーんと何かを考えながら、閃いたかのように両目を大きく見せる。
「ルシア嬢、私にお任せあれ! あの屑で、どうしようもない輩は、私が退治してあげようじゃないか!」
いつになく生き生きとした笑顔だ。
ハワードはオロオロしながら「あ、アレン? 退治じゃないからな?」と、妻をとめるには至らない小声になっている。
ルシアは疑問を浮かべながら、軽く頷いた。
数日後、ルシアの元に一通の封が届けられた。開けてみれば、中にはハワードからの手紙が添えられている。とても洗練された、きれいな字だ。
「ハワード様から? 珍しいわ」
手紙を読んでいった。
【ルシア嬢へ。この度は我が兄上が、ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。でももう、大丈夫です。アレンが何とかしてくれました】
そう書かれている。やっと安心できることに、ルシアは頬を緩ませた。けれど……
「あら?」
もう一枚、手紙が入っていた。ただこちらはなぜか、カサカサになっている。
【どうやったのかは、聞かないでおいてあげてくだい】という、文字が書かれていた。しかも文字は一枚目と明らかに温度差がある。読めなくはないけれどミミズのようになっていて、震えて書いたのだろうということが伺えた。
「…………」
ルシアは微笑みを絶やさず、手紙に封をした。そして窓の外に浮かぶ青空を見て、遠い目をした。
「ああ。アレン様が敵でなくて、よかった」
何かを悟ったよう。
鳥の鳴く声を聞きながら、ルシアはアレンという美しい青年の腹黒さを改めて思い知ったのだった。




