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この婚約者、あり得ない

「──ルシア・アルベルン! 今ここで、君との婚約を破棄する!」


 平民の女性を抱きしめた男が、そうハッキリと言った。

 男は金髪碧眼の、絵に描いたような王子様然としたイケメンだ。その男に抱かれながら目を潤ませているのは桃色の髪の、かわいらしい少女である。


「君は、レナを平民だからと虐め続けている。そんなことが、許されるとでも思っているのか!?」


「……っ!?」


「いいや。許されるはずがない! お前は次期王女という立場を利用し、レナを影でいたぶっていた」


 目の前にいる人が反論する機会さえ与えなかった。まくしたてるように、息をしながら同時にあーでもないこーでもないと、うるさく叫ぶ。


 そんな(はずか)しめを受けているのは気弱そうな女性だ。レナという女性が桃色の髪で華やかならば、この女性は鉄錆色の髪をした地味な顔立ちといったところか。

 体を震わせながら、下を向いていた。うっうっと、嗚咽(おえつ)を我慢する声が響く。


「レナを虐めるお前とは、もう会いたくない。顔も見たくない!」


「……っ!?」


 女性は反論できずにいるようで、ドレスの両側を握っているだけだった。ぷるぷると全身を震わせる。蚊の鳴くような声で「助けて」と、願いを口にした。

 そして一瞬だけ顔を上げる。そのとき、妖艶な美しさを放つ不思議な蒼い瞳と目が合う。

 その瞳に何かを感じとると、言葉を飲みこんで会場から飛び出していってしまった。


 会場は当然のようにざわつき始める。しかしそれを引き起こした二人はルシアを嘲笑(あざわら)うかのように手で追いやっていた。

 そして二人は肩を抱き合いながら会場の奥へと引っこんでいく。





 そんな非道かつ、人間性を疑うような彼らを冷ややかな目で見る者がいた。

 パーティーどころではなくなった会場の中でただ一人。 月光の光が当たる、美しく(きら)めく銀の髪を払う中性的な人物だ。

 パーティ用に仕立てていたであろう服を、きっちりと着こなす。細身の体なのにスラリとした高身長で、腰まで伸びた銀髪が映えるほどに美しかった。

 男か。それとも女か……誰にもわからない中性的な顔立ちのままに、浮気男と略奪女の姿をじっと見つめている。やがて青い海のような瞳をすっと細め、踵を返した。


「……あきれた。あれが、この国の後継者だって?」


 銀髪を耳にかけ、妖艶(ようえん)なまでにふっと微笑する。


「王族の婚約者は、 国が決めたも同然。それを無下にし、あまつさえ婚約者を捨てて、他の女に走るなど……」


 あってはならないこと。誰に聞かせるでもない、低いけれど耳に残る声を発した。

 ため息をつきながら野次馬たちの隙間をスルリ、スルリと抜けていく。

 淡々とした表情で周囲の者を寄せつけない。むしろ皆は、この者の見目麗しさに見惚れて、自ら道を開けていた。

 

 しばらくすると誰もいない、静かな庭に着く。そこでは薔薇をあしらった花のアーチが天井を陣取り、その下に通路があった。アーチの下を通り抜け、先にある一つのベンチへと向かう。

 けれどそこには先客がいた。パーティー用のタキシードを身に(まと)う、大柄の男だ。彼は座っていてもわかるほどの大柄で、体格は銀髪の者の何倍もある。


「……れ、レティシャ!?」


 大柄の男はかの姿を見るなり、ベンチから立ち上がった。そしてレティシャと呼ぶ者の元へと近づいてくる。


 (相変わらず、大きいな。この人……私も結構大きい方だけど、この男は別格だ。それに、体力も桁違いだ。いつも私は、彼に抱きつぶされてしまう。目が覚めるのはいつも、この人が後片づけを終えた後だし)

 

 眼前に立つ壁のような男を見上げた。 


「何度も言うけれど、その名前……レティシャはよしてくれ。それは亡き母上がつけた、仮初めの名だ。今の私は【アレン】だよ、ハワード」


「あ、ご、ごめん!」


「……女の子が欲しかった母は、男の私を女として育てようとしていた。私も、それに逆らうことをしなかったけどね」


 けれど年齢を重ねていくごとに、どうしても女では無理な部分が出てきてしまう。それは声代わり、そして体格だ。幼い頃はそれでよかった。けれどやはりと言うべきか……どんどん伸びていく身長と、低くなる声。それだけは、どしても自分ではどうにもならない部分だった。


「それで? ハワード」


「え?」


 アレンが背伸びをし、ハワードの耳元で囁く。(つや)めいた唇から甘く、濃厚な、劣情を抱かせる声を放った。


「君は、私に何もしないのかい?」


 せっかくの二人きりなのに。長いまつ毛の下にのぞく美しい蒼い瞳が、しっかりとハワードを捕らえた。ふふっと微笑しながら悪戯っ子のように振る舞い、全身で(しな)を作る。

 ハワードという男をジッと凝視した。


 大男──ハワード──の身長はゆうに二メートルは超えているだろう。ガタイもかなりよく、屈強な兵士……下手をすると、大人の熊よりも迫力があった。

 そんな男の顔は普通を通り越して怖い。両目はかなり細く、瞳の色を知ることさえ困難なほどだ。右の眉から頬にかけて、長くて深い傷すらある。

 極めつけは、ふさふさでもなければさらさらでもない……毛が一本も生えていない、ツルツルな頭皮だ。


「ふふ、すまない。いろいろと、鬱憤(うっぷん)が溜まっていてね」


「そ、そうなんだ。えっと。そ、それはいいけど……ど、どう、だった?」


 アレンからの誘惑を振り払うように、首を強く左右にふった。

 この男は見た目に反して、かなり気弱なよう。びくついてはいないけれど、ぎこちなく喋っていた。


「……ああ。予想通りだったよ。公爵家のご息女、ルシア・アルベルン嬢。彼女は、あの馬鹿王子に婚約破棄されてしまった」


 アレンは男に(おく)すどころか、堂々と胸をはって語る。


「こうなった以上は私も、そして君も、のんびりはしていられないんじゃないかな?」


 ふふっと、不敵な笑みを浮かべた。そして男の腕をガシッと掴み、嬉しそうに横に並ぶ。

 

「あ、アレン!? な、何をして……」


「はは。いいじゃないか。私たちは、婚約者なんだから? それとも、あなたは私のこと……」


 嫌いかい? うるっと、わざとらしく瞳に涙を滲ませた。上目遣いで彼を見つめれば、大男はうっと言葉を詰まらせる。


 彼はアレンの美しくも妖艶(ようえん)な雰囲気に呑まれ、ゴクリと喉を鳴らしていた。顔を真っ赤にし、明らかに動揺しているのが見てとれる。

 

 (ああ……本当にこの人、かわいい)


 見た目に反して、とてもかわいい性格をしているなと、心の奥から惚れこんだ。

 アレンは大男から腕を離し、髪を縛る。


「──さあ。私たちで始めようか。この国の建て直しを。そして、ルシア様を救う。彼女は、この国になくてはならない人だからね?」


「ああ」


 大男はこくりと頷いた。先程までの照れた様子はなく、服の襟を直しながら背筋を伸ばしていく。そしてアレンをエスコートするように、肘を差し出した。

 アレンはふふっと妖艶な笑みをこぼし、遠慮なく彼と腕を組む。ハワードの逞しくも頼りになる腕に触れた瞬間、心の奥の熱が上がってきてしまう感覚に見舞われた。


「……ありえないな」


「え?」


 歩こうとした直後、大男がボソッと呟いた。そしてアレンを横に置いたまま頬を搔く。


「こんな婚約者、普通に考えて、ありえないだろう?」


「……おや? そうかな?」


 (それは、私のこと? それとも、君自身のこと?)


 それでもアレンにとっては、どちらでもよかった。目つきがかなり極悪だけど、実はとても臆病(おくびょう)で優しい大切な婚約者。そんな彼相手だからこそ、アレンは前を向いて次の段階へと進む決意をした。

 少しばかりバツが悪そうにしているハワードの手を握り、蠱惑(こわく)に目を細める。


「ルシア・アルベルン嬢を救い、この国の(うみ)を排除するためには、あの馬鹿で能無しの皇子を黙らせる必要がある。協力、してくれるよね?」


 野心家の瞳で、ハワードに同意を求めるのだった。

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― 新着の感想 ―
こんにちは!私の大好きなBL作品ということで今回選ばせて頂きました。 まず、何よりも、受けがド好みッッッッッッッ!!! アレンが銀髪長髪美貌妖艶で中性的、おまけに女として育てられた過去!野心家で蠱惑…
初めてのBL作品! なんだか読んだことない雰囲気に恐る恐る覗いてみると... ちゃんと面白くてびっくり!! アレンのキャラ感がすごく際立ってて、スッと入る話もすごくよかったです!
初めてBLというカテゴリーに触れました。  大変興味深く、読むのが苦手な私でも、集中したまま読み切ることができました。  場面の情景を浮かべるのが苦手である自覚があるのですが、本作ではすんなりと想像…
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