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#4話 サミダレハーツ(後)

 サクバスに着いたのは、太陽が夕焼けの向こうに沈んでゆかんとする、ちょうど直前の頃合だった。

 ゴクドーと違って、サクバス本部はずいぶんわかりやすいところにあった。白崎町のいちばん外れにある荒れ野原に、切り立った岩山のような建物がぽつんとそびえ立っていた。

「はぁ、はぁ……大丈夫か、みどり」

 いくら鍛えてあるとは言っても、生身でこの距離の全力疾走はあたしでもキツい。黄介でもギリギリだろうに、みどりにはかなりの無理を強いてしまっただろう。

「……うん……だい、じょうぶ」

 事実、かなり辛そうだったが、それでもみどりは気丈に笑ってみせた。笑みを返し、みどりの頭を撫でる。

 サクバスを目の前に、あたしは一度サミダレチェンジャーに目をやった。鉛色の腕輪はどれだけ意思を込めてもぴくりとも反応しなかった。

 この状態で敵の根城に乗り込むなんて、無謀もいいところではないか。

 けれど。

「……覚悟はいいか?」

 問いかければ、力強い頷きを返してくれるふたりがいる。

 後悔するなら、できることを全部やってからしよう。

 覚悟は固まった。ふたりの先頭に立って、あたしは真っ向からサクバスへ向かう。

 離れたところから見ると、サクバスはまるで鬼の面容のような形状をしていることに気付いた。入り口のところがちょうど大口を開けているように見える。

 鬼の胃袋の直前で、あたしは視界の端に人影が隠れていることに気付いた。

「……誰だっ!」

「おや、気付きますか。お見事」

 ぱちぱちと手を鳴らしながら、入り口の影から姿を現したのは――まるで執事のような格好をした、半裸のおっさんだった。

 どういうことかと言うと、首にはきっちりとネクタイを巻きながら、それでいて上半身には何も着ていない状態。黒色のズボンもやたら短くて、汚らしい足首がかなりの面積見えてしまっている。

「いやぁぁぁぁっ! おねえちゃーんっ!」

 みどりが悲鳴をあげながらあたしの胸に飛び込んでくる。

「この変態が! うちの妹を泣かすんじゃねえ!」

「おぶぅっ!」

 まごうことなき変態の顔面に、あたしは渾身のハイキックをぶち込んだ。それからすぐにみどりを正面から抱きかかえ、視界を覆ってやる。この野郎、みどりの純粋な瞳を汚しやがって。

「ご、ごご、誤解です、違うんです」

「何が違うんだよ」

 変態のおっさんは蹴られた頬に手を当てながら、涙目であたしを見上げてくる。

「これがサクバスの社員服なんです」

「……はぁ?」

「肌は隠すものではなく見せるもの、という社訓がありまして……」

 切々と語るおっさん。本人も好きでこんな格好をしているわけではないらしかった。なんだよその社訓。

「……いえ、そんなことはどうでもよろしい。お待ちしておりましたよ、サミダレンジャーの皆様方」

 この一連の流れをなかったことにして、おっさんは再びあたしたちの前に立つ。

「璃々夢さまがお待ちです」

 促されるまま、サクバスの中へと連れていかれる。内部は岩肌が露わになった、鍾乳洞を連想させる作りになっていた。道脇には一様に同じ格好をしたサクバス戦闘員がずらりと立ち並び、あたしたちを監視するように冷えた視線を浮かべている。

「こちらです」

 案内役のおっさんに従って、巨大な岩戸の先へと進む。

 歩いている間に地下へと下っていたようで、開けた視界の向こうには、外観からは想像もできないほどに広い空間が広がっていた。

 その先に、うつ伏せに倒れている人影が見えた。

 桃色のパワースーツ。すぐ傍らには見覚えのあるロッドが落ちている。

「……嘘、だろ?」

 嘘であってほしかった。

 でも、嘘じゃなかった。

「……ふたりを、お願いって、言ったじゃない……青子ちゃん」

 それだけ呟いて、変身が解ける。

 スーツの下から現れたのは、全身ぼろぼろの傷だらけになった母の姿だった。

「――母さんッッ!」

 弾けるように、気を失った母の元へと駆け寄っていく。あたしの手が母の体に触れる直前、遠方から不穏な風圧を感じた。

「――つっ!」

 反射的に手を引っ込める。そのコンマ数秒後、あたしの手があった位置を鉛色の分銅が通過していった。爆砕音とともに、分銅が激しく地面を抉る。

 体勢を整え、すぐに顔を起こす。

「あーらぁ。撒き餌作戦、失敗しちゃったぁ」

 鋼鉄の鎖分銅を手に携えて、にやにやと笑う黒原の姿がそこにあった。その顔を見た瞬間、自分の体の中で血液が一気に沸騰していくのがわかった。

「……黒原ぁ! てめえ、母さんに何しやがったッ!」

「やーねぇ、仮にも女の子なんだから言葉遣いに気をつけなさい? それともやっぱり、野蛮な性格も親子で似ちゃうものなのかしら」

「黙れ!」

「ほーんと、そっくりねぇ。安心していいわよぉ、そっちの桃色のほうは軽く痛めつけておいただけだから。丸一日は起き上がれないだろうけどぉ」

 けらけらけら。まるで見世物か何かを楽しむかのように、色のない笑い声をあげる黒原。

 骨が折れそうなほどに拳を握り込み、辺りに別の人影の姿を探す。無事とは言えなかったが、母の姿はこうして見つけることができた。

 もう一人。もう一人の姿が、どこにも見当たらない。

「……親父は、どこだ」

「よくぞ聞いてくれましたぁ♪」

 殺意を込めたあたしの言葉に、黒原は場違いなほど声の調子を跳ね上げて答えた。

「アタシはね、戦うことしか脳がない京一郎ちゃんたちとは違って、技術研究が本職なの。分野はロボット工学から生物学までなんでもござれ。フロッガーナちゃんも一から十までアタシが作ったのよ。すごくなぁい?」

「……知るかよ。親父はどこだって聞いてんだよ」

「せっかちねぇ。そんなに会いたいなら会わせてあげるわよぉ、お望みどおりねぇ」

 にたりと黒原の口元が釣り上がる。直後、暗闇の向こうから静かな足音が近付いてくる。

 目を凝らすまでもなく、そいつはあたしの眼前に姿を現した。

 もう見飽きたほどに見覚えのある、真っ赤なシルエット。

「親、父……?」

「……」

 黒原の背後から現れたのは、紅蓮のパワースーツに身を包んだ父、サミダレレッドだった。

 だが、様子がおかしい。父はあたしの声に何も答えない。そればかりか、黒原のすぐ側に付き従うような仕草さえ見せている。マスクの下からあたしたちを睥睨する瞳には、色という色がまったく映し出されていなかった。

「……父ちゃんじゃない」

 あたしの傍らで、黄介が小さく呟いた。

 それから顔を上げ、きっと黒原を睨み付けて。

「こんなの、父ちゃんじゃない! 父ちゃんをどこにやったんだよ、おまえ!」

「あらぁ、悲しいことを言うのねぇ。こいつは正真正銘、あんたたちのオトウサンよぉ? ――その代わり、ほーんのちょっとアタシの研究の実験台になってもらったけどねぇ」

「実験台、だと……?」

「ちょっとした人心支配、のね。実験は大成功、今のそいつはアタシの命令ひとつで意のままに動いてくれる操り人形よ。そこの桃色を痛めつけてくれたのもこいつよぉ、くすくす。あれはもう面白いったらなかったわねぇ。どれだけ叫んでも声なんて届かないっていうのに、赤雄さぁん、目を覚まして赤雄さぁんって、バカの一つ覚えにそればっかり叫んで、最後まで無抵抗のままフルボッコ。いい見世物だったわぁ」

「……」

 限界を超えた怒りで、逆に頭が冷えていく。

 許さない。

 黒原璃々夢、こいつだけは絶対に、許さない。

「あーら、なぁにその目は。っていうかあんた、サミダレンジャーを裏切ってゴクドーについたんでしょぉ? 大嫌いだったオトウサンが抜け殻になって、逆に嬉しいんじゃないのぉ?」

「……黙れ」

「アタシね、あんたたちのことはだいたい知ってるのよぉ? 頭のかったい父に、頭ゆるゆるの母。その息子は食べることしか頭になくて、末の娘は極度の怖がりで戦えない。極めつけに家を飛び出して悪の組織に寝返るあんた。ぷっ、くすくす、あはははははは! なんなのよあんたたちは! それで正義の味方ぁ? 聞いて呆れるわねぇ!」

「黙れ……!」

「こんな連中としのぎを削ってたっていうんだから、京一郎ちゃんの無能っぷりも知れるわよねぇ。行き場もなくなっちゃったところだし、うちで雇ってあげようかと思ってたけど、どうしようかしらぁ。ゴミはいくら増えたところでゴミでしかないわよねぇ。ねえ青子ちゃん、どう思うぅ?」

「黙れっつってんだろうがぁぁぁッ!」

 我慢の限界だった。地面を蹴飛ばして、黒原の顔面めがけて飛び蹴りを放つ。

 だが黒原はけらけら笑いながらすっと身を引くと、

「あんたの相手はこいつよぉう」

「――っ!」

 黒原の身を守るように、父があたしの前に立ちふさがった。蹴り足をそのまま片手で鷲摑みにされて、ぶん、と上半身の動きだけで無造作に投げ飛ばされる。

 数十メートル遠方の岩壁に背中から直撃し、肺の底から掠れた声が漏れる。

「かっ、はっ……!」

「ねーちゃんっ!」「おねえちゃんっ!」

 すぐさまあたしの元へ駆け寄ってくる黄介とみどり。崩れ落ちてしまいそうになる体を意地だけで支えて、あたしはふたりを手で制した。

「あんたたちは、手を出さないで」

「でも、ねーちゃん!」

「でもじゃない。いいから、あたしに任せとけ……ぐっ!」

 鈍い痛みが背中に走る。この感じ、何本か骨をやってしまったかもしれない。

 それでも構わず足を進める。色のない瞳であたしを見据える父に向かって、あたしも力強い瞳で答える。

「くすくすくす。アタシ、知ってるのよぉ。あんたたち、こいつの力がないと変身できないんでしょぉ? ほーんと、聞けば聞くほど笑っちゃう正義の味方よねぇ」

 遠巻きにあたしたちを眺めながら黒原が言う。ああその通りだよ、ほんとによく知ってるなこの年増女。

 生身でパワースーツを着た相手に挑むなんて、ただの自殺行為だ。獄道さんクラスの超人じみた人間でもない限り、逃げの一手以外に選択肢はないだろう。

 だが、今、この時だけは、絶対に逃げない。

 むしろ、望むところだった。

 あたしたちは、こうしてぶつかり合うことでしか互いの本心を言えない親子なのだから。

「親父ぃぃぃぃッ!」

 下手な小細工なんて弄さない。真正面から、バカ正直に蹴りを放つ。

 結果、当然のように片手だけで防がれ、そのまま足首を万力のごとき握力で締め上げられる。

「ぐっ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「……」

 マスクの下の父は、怖いほどに無表情だった。いつどんな時だって激情を露わにし、家族にどれだけ嫌われても己の意思を貫いた正義の味方の姿の面影は、どこにもなかった。

「ぐぅぅぅぅっ……親、父ぃっ……!」

 それでもあたしは、眼前の男を父と認める。

 父が黒原に心を奪われてしまったのは、先の戦いであたしを庇ったからだ。あたしのせいで、父はこんな風になってしまったのだ。

「づ、あぁっ!」

「……」

 無理矢理な姿勢から右拳を放つ。今度はガードすらされなかった。父の左肩にめり込んだあたしの拳が、逆にびりびりと痛む。

 止まった蚊を払うかのごとく、父の掌打があたしの腕関節に入る。ごきり。痛みより先に、そんな嫌な音が聞こえた。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「……」

 激痛に悲鳴をあげるあたしの腹を、父は無表情のまま蹴り飛ばした。パワースーツで強化された、岩盤をもたやすく砕く蹴り。視界が一瞬暗転して、岩壁に背中を強打して、さらなる痛みで意識を取り戻す。

「ぐ……うぅぅぅぅぅぅっ……!」

 痛い。死んでしまいそうなほど痛い。いや、このまま戦いが続けば間違いなく死ぬ。

 それでも意識ある限り、あたしは何度でも立ち上がり、父を睨み付ける。

 この野郎、スカした顔しやがって。あたしはまだ戦えるぞ。待ってるばかりじゃなく、そっちからだってかかってこいよ。

「もうやめてっ、おねえちゃぁんっ!」

 みどりの悲痛な叫び声が聞こえる。泣いている。あたしのせいで、みどりが泣いている。

「ごめん、みどり……」

 聞こえないだろうけど、小さく謝る。

 ごめん。どれだけあんたに泣かれても、こればっかりは譲れないんだよ。

 あのバカ親父をぶん殴って目を覚ましてやるのは、優しいみどりには無理だろう?

「うおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおッ!」

 軋む体に一喝し、三たび父に向かって突撃していく。

 渾身の回し蹴りを顔面に叩き込む。これが、入った。なぜかはわからないが、父はまたしても防御姿勢を取らなかった。

 それでも大したダメージには至らず、やはり鷲摑みにされるあたしの足首。とっくに折れて腫れ上がっている箇所を握られて、心臓が止まってしまいそうなほどの激痛を覚えた。

 この状態でもう一度岩壁に叩きつけられたら、もう、耐えることはできないだろう。

 今度こそ死を覚悟した。

 しかし、その瞬間が来るまでは、あたしは絶対に諦めない。

「――いつまで寝ぼけてんだよ、バカ親父! さっさと起きろこの野郎ッ!」

 足首を握られた状態のまま、あたしは叫ぶ。

「光洋町を守る正義の味方なんだろ、あんたはよ! それがどうだよ、そんな露出女なんかに首で使われて、恥ずかしくないのかよ!」

「……」

「あたしみたいな親不孝者、どんだけぶん殴ったってくれていいよ! でもな、見てみろ! みどりが泣いてるじゃねえか! それとあんた、聞いたことあるか? 黄介はな、あんたみたいな正義の味方になるのが夢なんだってよ! いつかあたしを越えて、あんたに認めさせて、それで自分が跡継ぎになるんだって! そこまで言ってくれたんだぞ、この野郎ッ!」

「ねーちゃん……」

 黄介の瞳から一滴の涙が落ちる。あんたにだって見えるだろ、親父。ちゃんと見ろよ。あんたみたいなどうしようもない親を目標だって言ってくれる、息子の顔をよ。

「あたしはな、あんたのことなんて大嫌いだよ! 人の話は聞かないし、空気も読めないし、勝手だし! そんでも……そんでも、あんたの背中は、嫌いじゃなかった! 何度も何度も、危ない目に遭うたびに守ってくれたじゃねえか! そうだろ? ずっとずっと、八年ずっと、あんたはあたしを守ってくれたじゃねえか!」

 勝手に口から言葉が出てくる。

 嘘だ。こんなの嘘だ。あたしは何を言っているんだ。こんなこと、今まで一度だって思ったことはないのに。

「あんたのことはムカつくし、今さら好きになんてなれっこないけど……感謝してんだよ、これでもよ!」

 それなのに、どうしてこんな言葉が出てくるんだろう。

 それに、どうしてあたしは、泣いているんだろう。

「こんなの、サミダレレッドじゃねえだろうがよッ! もう一度、あのでっかい背中を見せてみろよ! ――あんたは、あたしの親父だろうがッ!」

 顔をぐしゃぐしゃに歪めて、言葉の限りをぶつける。

 もう自分が何を言っているのかもわからない。それでも、不思議と後悔はなかった。

「……」

 父は依然として動かないまま、あたしを見下ろし続けている。

 ……なんで父は、さっきからずっと動かないんだろうか。膠着状態に陥ったまま、もう数十秒は経過しようとしているのに。

「…………こ」

 その瞬間、父が何かを口にした。

「……あ…………こ」

 その虚ろな瞳が、少しずつ、少しずつ色を取り戻していく。

 そのとき、あたしの頭の中に、サミダレンジャーに変身するには愛が必要という母の言葉が過ぎっていった。

 そうだ。その話が本当なら、これはおかしい。

 だったらどうして、心を失ったはずの父は、こうしてサミダレレッドの姿になっているのか。

「……何やってるのよぉう。そんなメスガキ、さっさとぶっ殺しちゃいなさいな!」

 苛立ちを含んだ黒原の声が響く。その声が何らかの引き金となったのか、父の拳があたしに向けて振り上げられる。

 だが、その拳があたしを貫くことは、なかった。


「…………青、子…………!」


 掠れる父の声が、あたしの名前を確かに呼んだ。

 父の目があたしを見た。父の手が、あたしの頬に触れた。

 その直後のことだった。

 どくん、と体中の血液が心臓に向かって逆流していくような感覚。名前のわからない感情が全身を怒涛のごとく駆け巡る。

 いやな感じじゃない。力強く、それでいて優しい気持ち。

 この感覚は、今までに一度だけ覚えがある。

 そう、それは黄介が産まれたときだ。正義の味方には光洋町の平和よりも大切なものがあると、父に教えられたあのときだ。

 そうか。この気持ちが、そうだったのか。

「なっ……なんなのぉ、何が起こってるのぉ!?」

 あたしのサミダレチェンジャーが、目も眩まんばかりの燦然たる輝きを放っていた。

 いや、あたしだけじゃない。父のサミダレチェンジャーも真っ赤に光り輝いている。黄介の腕も、みどりの腕も、同様に激しい輝きを放っている。

「青子、ちゃん……っ!」

 これまで気を失っていたはずの母が、全身を震わせながらも立ち上がる。母のサミダレチェンジャーもまた同様に、桃色の暖かな光を宿していた。

「青子……てめえ、やりゃあできるんじゃねえかよ」

 色を取り戻した瞳であたしを見据えて、父がそんなことを言う。いつものぶっきらぼうな口調ではなく、どこか嬉しそうに。

「やっと目が覚めたかよ、バカ親父」

 遅っせえよ、この野郎。

 もうボロボロだっつの、こっちはよ。

「……悪かったな。本当に、悪かった」

 おい、なんの冗談だ。父があたしに謝っている? マジかよ。夢じゃねえのかこれ。

 あんまり驚いたんで頬をつねってみようと思ったが、父にこっぴどくやられたせいで腕がまったく上がらない。

「――ひーりんぐっ!」

 すると、すぐ背後からそんな母の声が聞こえた。光り輝くロッドの先があたしの腕にあてがわれ、全身が暖かな温もりに包まれていく。

 数秒後には痛みもほとんど引いて、へし折れていたはずの腕がすっかり元通りになっていた。

「青子ちゃぁんっ!」

「んぐっ!」

 パワースーツに身を包んだ母に思いっきり抱きしめられる。ばきぼきべき。治った腕のかわりに、今度は全身の骨が悲鳴をあげる。

「死ぬわ!」

「あ、あうぅ、ごめんね~」

 反省してるんだかどうなんだか、母はそんなゆるい言葉とともにあたしから離れた。とりあえず、夢じゃないことだけはわかった。

 それでも母は興奮冷めやらずといった様子で、今度は父の背中に抱きつく。

「赤雄さん、青子ちゃんがっ、青子ちゃんがっ!」

 あたしがどうしたんだよ。主語だけじゃわかんねえだろ。

 しかし父は浅く一度頷くと、あたしのほうを見て言った。

「目覚めたんだな、てめえも」

「目が覚めたのはそっちだろ」

「ちげえよ。あー、なんつーか……その、あれだよ」

 なぜだか言いにくそうに言葉尻をすぼませる父。

「愛よっ!」

 その後ろから、母が喜色たっぷりの声で言葉を引き継ぐ。

「青子ちゃんは、とうとう愛に目覚めたのよ。ね、赤雄さんっ?」

「……おう。そういうこと、らしいぞ」

「は、はぁっ?」

 いきなりそんなこと言われても、すぐにはいそうですかとは答えられない。愛? あたしが?

「……さっきからずっと無視してくれちゃって、ずいぶん楽しそうじゃない。そろそろアタシ、ムカついてきちゃったんだけどぉ?」

 額に青筋を浮かべ、黒原がこちらへと歩み寄ってくる。手に携えた鎖分銅をぶんぶんと振り回しながら、徐々に遠心力を蓄えていく。

「三人まとめて――死んじゃいなさぁいっ!」

 音速で放たれた死神の一撃。体が反応したときにはもう、鎖分銅はあたしたちのすぐ眼前にまで迫っていた。

 だが、その攻撃は途中で突然に進路を変える。あたしたちのいる場所を逸れて向かった先には――みどりがいた。

「――サミダレシールドっ!」

 ギィィィィィィィィンッ!

 激しい金属音と共に、分銅が弾かれる。

 サミダレグリーンに変身したみどりの手には、先の戦いで見せたあの勇気の盾が携えられていた。

「……み、みんなはっ、わたしが守るのぉっ!」

 ぶるぶると体を震わせながら、みどりは大きな声で黒原に告げる。

「みどりちゃんっ、ナイスよっ!」

「あ、あうあうあう」

 母はみどりの元へと駆け寄って、その頭をこれでもかと撫でた。

「ねーちゃんっ、父ちゃんっ!」

 黄介もこちらへやってくる。にこにこと向日葵のように笑う黄介の頭に、無言ながらも軽く手を置く父。

 なんていうか、この人は、本当に不器用なんだな。マスクの上からじゃ表情なんてわかんないのに、それでもわざわざわかりやすくそっぽを向いて。

「黄介。あたしたちも」

「うん」

「「――変身ッ!」」

 光り輝くサミダレチェンジャーを掲げ、あたしと黄介もサミダレンジャーに変身する。

 五色のパワースーツに身を包んだ五人の戦士が、ついにこの場に顔を揃える。

「話は後だ。今はあいつをぶっ倒すぞ、青子」

「言われなくたってそうするよ」

 わずかに顔を見合わせて、あたしたちは互いに小さく頷いた。

 そして。

「燃える紅蓮の赤、サミダレレッド!」

「咲き誇る春風の桃色、サミダレピンク!」

「駆け抜ける稲妻の黄色、サミダレイエロー!」

「癒す森林の緑、サミダレグリーン!」

「母なる大海の青、サミダレブルー!」

「我ら五人揃って、光洋戦隊!」


「「「「「サミダレンジャー!!」」」」」


 それはあたしが正義の味方として過ごしてきた八年間を合わせても、間違いなく初めて聞いた、完璧に声の揃った名乗り口上だった。

「ぐ、うぐぐぐぐぐぐぅ……黙ってれば、なんだかいい気になっちゃってぇ……!」

 ぎりぎりと奥歯を噛む黒原。その美貌が見る様に醜悪なものに歪んでいく。

「だったらこっちだって、本気出しちゃうんだからぁ! おいでぇ、フロッガーナちゃんっ!」

 叫びながら、懐から取り出したリモコンのようなものを操作する黒原。数秒と経たず、辺りに地鳴りが轟き始める。

 すると、剥き出しの岩肌だと思っていた地面が縦横にスライドし、正方形の口を開けた。そこからエレベーターを上って持ち上がってきたのは――漆黒の機体、フロッガーナ!

「このアタシに楯突いたこと、すぐに後悔させてあげるわよぉ……うふふふふぅ!」

 フロッガーナに乗り込み、甲高い哄笑を響かせる黒原。カエルの四足が、それぞれ意思を持ったかのようにうねうねと動き始める。

「うおぉらぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 先陣を切って飛び出していったのは父だった。遠慮する気など毛頭ないとでも言うように、その手にはサミダレンジャー最強の剣、サミダレブレイドが握られている。

「よくも今まで好き放題やってくれたな、てめえっ!」

「ふん、ザコが何を吼えてもただの遠吠えよぉ? これでも食らいなさいな――フロントシザーっ!」

 二本の前足が変形し、内側に刃物のような鋭さを帯びる。フロッガーナはそのまま後足で立つと、刃と化した前足を父めがけて高速で交差させてきた。

「ぐっ!?」

 食らってはまずい一撃だと判断した父は、即座に空中で身を捻って前足をかわした。だが、敵の狙いはその先にあった。

「狙い撃ちよぉ! フロッガーランチャー!」

 空中でバランスを崩した父の体は飛び道具の格好の的となった。機体腹部から放たれた無数の弾丸が、父めがけて一斉掃射される。

「だめぇぇっ!」

 だが、みどりがそれを許さない。弾丸は空中で軌道を変え、そのすべてがみどりの持つサミダレシールドに吸い込まれていく。

「きゃぁぁぁぁっ!」

 全弾を受けきり、なおもサミダレシールドにはヒビひとつ入っていない。だが盾を持つみどりのほうが衝撃に耐え切れず、その矮躯が遥か後方に吹き飛ばされていく。

「……ムカつく盾ねぇ、それ。目障りだから、まずはあんたから掃除してあげるわぁ」

 ぐぐ、とたわむ四本の足。直後、フロッガーナは天井ギリギリの高さまで跳び上がった。室内ではあっても、ここでは広大な空間が利し、フロッガーナが空中戦を行うことになんのデメリットもない。

 高く跳び上がった機体がみどりの体めがけて落下してくる。盾では防ぎきれない!

「「サミダレ――」」

 直後、あたしと黄介はほとんど同時に動いていた。

「――バズーカっ!」

「――ランスっ!」

 あたしの撃ったバズーカが、そして黄介の投擲したランスが、それぞれフロッガーナに命中する。

「っ、ちぃっ!」

 外部マイクから黒原の舌打ちが聞こえた。ほとんど機体へのダメージはなかったが、その代わりに着地点をわずかにずらすことができた。

 すかさずみどりを庇って、母がロッドを構える。

「さんだーしゅーとっ!」

 ロッドの先端から一条の稲妻が走り、着地後で身動きの取れないフロッガーナに直撃する。

「ぐううううううっ!」

 これが効いている。そうか、物理攻撃では駄目でも、相手は機械なのだから電流には弱い。

 このまま一気に押し切れる――そんな考えが頭を掠めるが、相手もそこまで甘くはなかった。

「なめんじゃないわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 電撃の最中に突き出された一本の前足。その足が――突如、ロケットのように撃ち出された。

「「きゃああああああああっ!」」

 速度も重量も半端ではない一撃。母はおろか、その後ろにいたみどりまでもを巻き込んで吹き飛ばしていく。

 撃ち出された足は、ブーメランのように舞い戻り、再びフロッガーナの足に連結した。

「うふふふふぅ。一気に二匹も掃除できて、ラッキーねぇ」

 こちらを振り向くフロッガーナ。吹き飛ばされた母とみどりはまだ意識は保っているようだが、すぐには立ち上がることができずにいた。

「次はあんたたちよぉっ! もう一発ぅ、フロッガーロケットぉぉっ!」

 再び突き出された前足が、今度はあたしと黄介に向けられる。まずい、と思ったときにはすでに前足は撃ち出されていた後だった。

「青子、黄介ッ!」

 そんなあたしたちを、父が横合いから強引に突き飛ばす。

 そのおかげであたしたちは弾丸軌道から外れることができたが、その代わり、無防備な体勢になった父へと、音速の前足が吸い込まれるように向かっていく。

 おい。あんたはまた、あたしたちを守ってくたばるのかよ。

「親父ぃっ!」

 目の前が絶望に包まれていく。

 だが、その直後――あたしの両脇を疾風のごとく掠めていく、ふたつの影があった。


「小暮一心流剣術――奥義! 二刀両断ッ!」


 虚空に閃く二条の剣閃が、幾重もの軌跡を残して、飛来してくるフロッガーナの前足を粉微塵に切り刻む。

「な――ッ!?」

「この間の礼じゃ、黒原ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 爆煙の立ち込める中から、さらに猛然と突撃をかける異形の怪人の姿が出現する。完全に不意を打つ形になり、怪人の拳は真正面からフロッガーナの腹部を貫いた。行動不能に陥るところまではいかなかったが、その一撃で腹部のミサイルランチャーは完全に沈黙する。

「ち……いぃぃッ! なんなの、なんなのよぉ、あんたたちはぁッ!」

 黒原の激昂する声が室内に響き渡る。

 ふたつの影が、その真正面に並ぶ。

「悪の秘密結社ゴクドー、一の幹部! 小暮宗平!」

「悪の秘密結社ゴクドー、一の幹部! 葉丘一鉄!」

 この場にいるはずがない小暮さんと葉丘が、そこにいた。

 信じられなかった。なんであんたたちがここにいるんだよ。

「……訂正してください、葉丘。一の幹部はこの僕のはずですよ」

「こっちの台詞じゃこのクソボケが! キサンなんぞワシの三年も後に入ってきた若造じゃろうが!」

「ゴクドーは能力主義ですよ。勤務年数など関係ありません」

「なら尚更じゃ!」

「なんですか、やるつもりですか」

「あぁん!? ワシに喧嘩売ろうってのか、小暮ぇ!」

 ……つーか、何しにきたんだあんたら。

 色々な意味で呆けたようにその様子を眺めていると、さらに新しくその場に現れる影があった。

 真っ白なスーツに漆黒のサングラス、そしてスキンヘッド。こんな特徴的な出で立ちを見間違うわけがない。

「お邪魔しますよ、黒原さん」

「――京一郎ちゃんっ!?」

 呆気に取られているのはあたしだけでなく、黒原も同じようだった。

「……どういうつもりよ、京一郎ちゃん。あんたたち、自分の立場わかってるのぉ?」

「ええ、もちろんわかっています。同時に、とても情けないことをしていました。私は目先の保身に走るがあまり、いちばん大切なことを見落としていたのだと」

「大切な、ことぉ……?」

「ええ。ゴクドー社員はみな私の家族です。ひとりたりとも欠けてはなりません。その大事な家族――五月雨青子さんが、自分の家族を取り戻すために戦っている。ならばどうして、私たちが指をくわえて静観していることができましょうかッ!!」

 獄道さんの一声が部屋中に激しく響き渡る。

 さらに、その声に呼応するかのように――

「サクバス全社員、制圧完了しました!」「あとは黒原ただ一人っす!」「姉さん、ご無事っすか!?」「うおおおおおっ! ゴクドーの恐ろしさ、教えてやってください!」「やっちまってください、姉さーんっ!」

 部屋の入り口から大挙して押し寄せるゴクドー社員たち。あたしの顔を見るなり、どっと地鳴りのような声援が飛んできた。

 眼前の光景が信じられない。今度こそ本当に夢なのではないかと疑うほどだった。

「申し訳ありません、五月雨さん。ずいぶん遅くなってしまいました」

「い、いや、そんなこと……でも、どうして……?」

「珊瑚が、社員全員を説得して回ってくれたのですよ」

「珊瑚が……?」

「サクバスを敵に回すことを恐れていたのは、どうやら私だけだったようです。私は自分が恥ずかしい。ですが同時に、私はゴクドーという組織を誇らしく思いますよ。無論、あなたも含めてね」

 にっ、と少年のような微笑みを見せる獄道さん。

 あたしの胸の中に、言いようのない嬉しさが灯る。

「――ありがとうございますっ!」

 獄道さんに、葉丘に、小暮さんに――入り口の向こうの社員全員に、あたしはこれ以上ないほど深々と頭を下げた。

「いい仲間を持ったじゃねえか、おい。立派に悪の組織員しやがってよ」

 皮肉っぽく言い捨てる父は、それなのにどこか嬉しそうだった。

 そんな父に、獄道さんがすっと肩を並べて言う。

「今ばかりは、これまでの禍根を捨ててはくれないでしょうか」

「無粋だな、んなもん。互いに倒すべき敵はわかってるだろうが」

「仰るとおりですね」

 あたしの眼前に、父の背中と獄道さんの背中が並ぶ。あまりにも頼りになるふたつの背中を前に、なぜだか自然と顔が綻んでしまう。なんでこんなに嬉しいのかわからない。それでも、嬉しくて嬉しくて仕方ない。

 あたしが選んだこの道は、確かに正しい道ではなかったかもしれない。

 でも、決して間違いなんかじゃなかった。

「こ、こここ、このザコ共がぁぁぁ……どこまで調子に乗る気よぉ、あんたらぁぁぁ……!」

 わなわなと声を震わせる黒原が、幽鬼のごとくフロッガーナを発進させる。

 だが、動きの様子がどこかおかしい。ぎしぎしと各部が軋むような音をあげ、速度も徐々に衰えていく。

「な、なんでッ!? どうして動かないのよ、フロッガーナちゃんっ!」

「ビンゴですっ!」

 そのとき、部屋の中にまたも新たな姿が加わった。声の主に、その場の全員の視線が集まる。

「青子さーんっ!」

「珊瑚……!」

 あたしの姿を見つけるなり、たかたかと駆け寄ってくる珊瑚。

「こ、今度は何よぉっ! なんなのよ、このジャリンコは!」

「ジャリンコは失礼です! わたしには山辺珊瑚っていう立派な名前があります!」

 フロッガーナに乗った黒原に向けて、珊瑚は高々と言い放つ。

「あなたの悪行ももう終わりです! そのカエルさんはもう二度と動きませんよ!」

「……そんなはずがないッ! アタシの設計は完璧よ! 各部ごとに動力源を分けて、たとえ一部分が動かなくなっても他の動力源がそれをカバーする仕組みなのよ! こんな一気に全機能が停止するなんて有り得ない! 絶対にッ!」

「そ、そうなんですか? わ、わたし、しくじっちゃいましたか?」

 ほんの一瞬の威勢だった。黒原の剣幕に押され、すっかり弱気になってしまう珊瑚。

 だが現に、フロッガーナはみるみるうちに動きを鈍らせていき、今ではほとんど停止したも同然の状態になっている。

「……珊瑚、おまえ、何をしたんだ?」

「え? いやそのわたし、みんなに置いていかれちゃって、ずっとひとりでサクバスの中で迷ってたらあのカエルさんを見つけて」

 あわあわと早口になりながら、珊瑚は続ける。

「ガソリン、抜いておいたんです」

「…………」

「…………」

 あたしと黒原の沈黙が重なった。見ると確かに、フロッガーナの機体下部からはぽたぽたと油の雫が滴っている。

「……だそうだが。あんたの完璧な設計ってやつは、この程度のチープな手段で破られるほどのもんなのか?」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 黒原の哀切な悲鳴が周囲にこだまする。どうやら万策尽きたらしい。

「青子、今がチャンスだ。サミダレハーツを限界まで高めろ」

「サミダレハーツ?」

 聞き慣れない父の言葉に首を捻る。

「さっきやっただろ。全員のサミダレチェンジャーを輝かせる、アレだ」

「……愛か」

「……そうだよ、愛だ。一度できたんだから、もう一回くらいできんだろ」

 あまり大っぴらには口にしたくない単語を、あたしたちは互いに口にし合う。そんなもん、やれと言われてすぐにできるようなことじゃない気がするけれど。

「みどり、桃恵! 無事か!」

「うん……なんとか~」

「だいじょうぶっ」

 回復を終え、戦線に復帰するふたり。戦闘中だとは思えないほど暢気な母の声と、健気に声を張り上げるみどり。そんなふたりを見ていると、なぜだか胸の中が愛おしさで溢れていく。

「全員、サミダレウエポンを展開しろ!」

「おう、父ちゃんっ!」

 父と黄介がああして並んで武器を構えているのも、なんでかすごく微笑ましい。世の父子はキャッチボールなんぞで親子の絆を高めるらしいが、うちの場合はこれでいいんだろうな。

「いいぞ、青子。その調子だ」

「なんもしてないぞ、あたし」

「それでいいんだよ」

 父がマスクの下で微笑する。言われている意味がわからなければ、褒められている意味もわからない。

「てめえも少しは俺の気持ちがわかったか」

「……いや、わかんないし」

 短い会話の最中にも、あたしたちのサミダレチェンジャーはどんどん輝きを増していく。

 特にあたしと父のサミダレチェンジャーは、激しく共鳴を起こしてほとんど白金色に近い色合いになっていた。

「――サミダレウエポン、連結ッ!」

 父の声で、あたしたちのサミダレウエポンが、まるで互いに引力を持ったかのように引き合っていく。

 サミダレブレイド、サミダレロッド、サミダレランス、サミダレシールド、そしてサミダレバズーカ。

 それらすべてがひとつになり、完成したのは巨大な大砲。

「行くぞ、てめえら」

 一人では持つことすら叶わないほどに大きい武器を、五人全員で支える。

「ま、待ってぇぇぇっ! ちょっと待って、こんなのずるいっ! 仕切り直しよっ、仕切り直しっ!」

 完全にお亡くなりになったフロッガーナの中で、黒原はじたばたと暴れながら金切り声を漏らしている。

「往生際が悪いんだよ――」

 引き金に、父の指がかかった。


「サミダレカノン――発射(ファイア)!」


 家族全員の想いが、一条の光弾となってフロッガーナを撃ち抜いた。

 光弾は天井ごとサクバス本部を突き破って、フロッガーナもろとも黒原を遥か彼方へと吹き飛ばしていく。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! このっ、覚えてなさいよあんたたちっ……ぎゃああああああああああああああああああっ!」

 黒原の悲鳴と共に、大空で花火が舞った。

 直後、成り行きを観戦していたゴクドー社員たちから、怒涛のごとき歓声が沸き上がった。悪の組織が正義の味方に大歓声を送るという、恐らく日本全土で見てもこの場でしか起こり得ない事態が起こっていた。

 けれど、そんなことはあたしにとっては仔細極まりないことで。

 戦いが終わり、変身を解いた父が、あたしたちに向かって言うのだ。

「よくやったな、てめえら」

 そんなことを、満面の笑顔で。

 あたしは十八年生きてきて初めて知ったね。あんた、そんな風に笑えたのかよ。

「おう、親父」

 そして、そんな父の笑顔を前に、あたしはそれ以上の笑顔を浮かべていたのだった。

 明日、雪でも降るんじゃないのかな。

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