第73話 宰相対談
「やれやれ、まさかまた私がこういった場所を訪れる日が来ようとは……分からないものですね」
アルバート王国の中枢にして象徴、王家の住まう巨大な王城を見上げながら、ネイルは一人溜め息を溢す。
元々、ネイルは“とある国”でかなり高い地位に就く高官だった。
曲がったことが大嫌いで、この世界に正義はあるのだと疑いもなく信じ、悪は許さぬとあらゆる不正を暴き出した、若かりし頃の自分。
そんな存在が、魑魅魍魎渦巻く政治のド真ん中で許されるはずもなかった。
友と信じた者に裏切られ、冤罪をかけられ、金も権力も地位も名誉も何もかもを失い、あっさりと路頭に迷った。
そんなネイルを拾い上げてくれたのが、“紅蓮の鮮血”団長、グレゴリーだった。
「未練など、とうの昔に全て失ったと思って射たのですが……なかなかどうして、人の心というのは難儀なものだ」
昔懐かしい記憶を思い出して感傷に浸りながらも、ネイルは表情を引き締め直して登城する。
今回、彼が王城を訪れたのは他でもない、国王から呼び出しを受けたからだ。
グルージオとミルクが中心となって解決に導いた、サーシエ跡地のアンデッド問題。
異国の地での出来事ゆえに、一般的な平民にはあまり知られていない問題ではあったのだが……サーシエの地を抑えておきたい王国上層部にとっては朗報だった。
加えて、サーシエ跡地で活動していた暗殺者ギルドの首魁捕縛という功績は、貴族達にとってすら無視出来ない大きなものだ。
数ヶ月前に発生した侯爵家との全面対決によって、多くの民の支持を得ていたこともあり、ついにこうして直接呼び出されるまでになったのだ。何でも勲章をくれるらしい。
悪人の巣窟同然に忌み嫌われていた過去を思えば、大した進歩である。
「ミルクには、感謝しないといけませんね」
自分自身の過去と、ギルドの実情。二つの意味で感謝の言葉を呟きながら、ネイルが案内されたのは玉座の間。
内密な話し合いではなく、“国王が鮮血を招致した”、その事実を知らしめるための会だ。
ネイル一人だけ呼ばれているのは、シンプルに王宮の礼儀作法を心得ているのが彼とラスターだけだからである。そしてラスターは、顔が顔だけにあまり公の場には出たがらない。
(平民出の団長はともかく、アマンダが作法を知らないのはおかしいと思うのですがね、全く)
アマンダは王家直属の魔法研究者だったのだから、礼儀知らずというのはおかしな話なのだが、本人曰く「そんなもんなくても働けた」とのこと。才能で全てをねじ伏せたのだろう。
当時の担当者も自分と似たような苦労をしたのだろうかと、密かに涙するネイルである。
(まあいいでしょう、今はこの場を上手く乗り切るのが先決です)
玉座の間にやって来たネイルは、王の前に跪きながら素早く周囲に注意を向ける。
その顔ぶれと表情から、想像以上に“鮮血”の評判が上向いていることを感じた。
(あれは、我々の存在を煙たがっていたドノバン宰相。それに、王国騎士団の団長まで。いやはや、こんな大物達がわざわざ言祝ぎに来て下さるとは、光栄ですね)
集まった貴族達の友好的な視線に驚く間に、国王からのありがたいお言葉が紡がれる。
そのまま、名誉騎士の証とも言える勲章を一つ受け取り、王に感謝と忠誠の言葉を誓った。
(まあ、我々の存在が大きくなったことに合わせて、より強くこの国に縛り付けておきたくなったのでしょうね。他所の国に流出しては困りますし、それに……)
「ネイル殿、少々よろしいでしょうか?」
勲章の授与がつつがなく終わり、ネイルが玉座の間を退室した直後。案内役の兵士から声をかけられた。
「ドノバン宰相がお呼びです、この後別室に来て欲しいと」
「ふむ、了解しました、案内をよろしくお願いします」
ここからが本番なのだろうと、ネイルは気を引き締める。
反対する貴族とてゼロではなかっただろうに、こうしてわざわざ巷の傭兵団に勲章まで与えたのは、それなりの大仕事あってのこと。いわば、飴と鞭だろうと予想していた。
そんな覚悟と共に、ネイルが通されたのは明らかに宰相の私的な部屋。
彼自身の手で防音などの措置が施されたそれを見て、ネイルの警戒心は上がっていく。
(さて、どんな無理難題を吹っ掛けて来る気か……)
「よく来てくれたね、ネイル君」
「いえ、宰相閣下のお呼びとあらば、いつでも駆けつけますとも」
内心でいくら警戒していようとも、表面上はにこやかに受け答えする。
こういった交渉事で、感情を表に出すのは悪手。主導権を握らせないためにも、渡す情報は少ないに越したことはない。
(こういった器用な真似が出来るのは、鮮血の中でも私だけでしょうからね。全く、損な役回りですよ)
自らを強く律し、決して感情的にならず、言語を武器に冷静に立ち回る。それが本来正しい貴族の戦争というものである。
損な役回りと思いながらも、それが出来るのは自分だけという自負と共に、ネイルは宰相との対談に挑んだ。
最初は他愛ない雑談から、少しづつ腹を探り合い、やがて本題に移る。
予定調和とも言える流れの中で……思わぬ形で地雷を踏み抜かれた。
「そういえば、鮮血では今、幼い娘を保護しているそうだね」
「ええ、まあ」
ミルクのことかと、ネイルは何の疑いもなくそう考える。
実際にはミルクだけでなく、亡国の姫君たるリリアもいるのだが、“鮮血が保護している娘”と言われると、やはりネイルの中ではミルクのイメージが先行するのだ。
故に。
「どうだろう、うちにも年頃の息子がいるのでな、一度会ってみるというのは」
びしりと、ネイルの思考が硬直した。
年頃の息子と合わせるというのは、ほぼ婚約の打診と同義である。
ミルクと、宰相の息子が婚約する。なるほど世間的に見れば良縁だろう。
しかし……納得出来るかは別問題だ。
「……だ」
「む?」
「ダメだぁぁぁ!!!! ミルクは誰にも渡しません!!!! 婚約など、私は絶対に認めませんよ!!!!」
「ネ、ネイル君!? 何やら勘違いしているようだが、私が言っているのはそちらではなくサーシエの……」
「黙れぇぇぇぇ!!!! うちのミルクが欲しければ、私を倒してからにしろぉぉぉぉ!!!!」
「落ち着かんかこのバカモンーー!!」
こうして、勘違いから大暴走したネイルが落ち着くまでの間に、騒ぎを聞き付けた騎士との乱闘騒ぎまで巻き起こし、勲章を貰ったその日に城をしばらく出禁となるのだった。




