第102話 傭兵団、撤退
「はーい、みんな並んでー。プルン、やるよー」
「ん!」
レバンを倒した私達は、メンバー全員を招集してサーシエの地から撤退していた。
いくら強いみんなでも、国一つの軍隊を相手取るのは体力も魔力も持たない。
相手の指揮官クラスは全員倒せたし、捕虜も捕ったし、後はしばらくしたら到着する王国軍に任せて帰ろうってグレゴリーさんが。
だから今は、帰る前にみんなの怪我を治療することにしたの。
「おりゃー! プルンに食べられろー!」
「待てェ! なんでこのスライム、ミルクみてェな面になってんだァ!?」
「そもそも食べられるのは嫌でヤンス……ヤンスー!?」
「ウェヒヒヒ!?」
治療を嫌がるガバデ兄弟をプルンが捕まえて、自分の体の中で治療してる。
食べるって言っても、本当に飲み込んじゃうわけじゃないから大丈夫なんだけどね。プルンは食いしん坊だから、心配になっちゃうのも分かる。
……大丈夫だよね?
「ありがとうな、ミルク。助かるよ」
「えへへ、どういたしまして。ラスターの役に立ててよかった」
プルン達の大騒ぎを横目に、私はラスターの治療をしていた。
いつもはプルンの力に頼ってるけど、私にも魔法は使える。
ラスターの魔力を少しだけ治癒の属性に変換して、体の中から傷と疲労を回復する、私の魔法……《治癒力強化》。
体の傷がどんどん治っていくのを見て、ラスターが目を丸くした。
「凄いな、ここまで効果がある治癒魔法が使えるとは」
「最近ね、眼の調子がいいんだー」
私が干渉出来る魔力は、最初はプルンの体と、既に放たれた魔法くらいだった。
でも、色んなところで眼の力を使って、何度も魔力を操ってるうちにコツを掴んだのか、今はこうやって他人の体も干渉できる。
「本気を出したら、相手の体の中で魔法をボンッ! てやれるよ!」
「そ、そうか……誰にも試そうとするんじゃないぞ。敵にもなるべくやるなよ、いいな?」
「? うん」
なぜか怖がってるラスターに、私はこてんと首を傾げる。
こんなの、ラスターくらい強い相手には多分効かないのに。
「しかし、帝国軍も思ったより歯応えがなかったね。逃げる連中を追いかけ回すのがほとんどだったから、弱いものイジメでもやってる気分だったよ」
そんな私とラスターのところへやって来たのは、アマンダさんだった。
もう怪我の治療は終わってて、カリアさんの作った炊き出しのスープをむしゃむしゃと食べてる。
強がりとかじゃなくて、本当に少し物足りなそうに言うアマンダさんに、ラスターはやれやれと肩を竦めた。
「楽に勝てて悪いことはないだろう……今回はミルクだっているんだ、死闘になっても困る」
「ミルクはもう十分強いさ。それに、こういう機会でもないと試せない魔法がいくつもあるんだ、やれる時にやっておかないとね」
「全く、お前というヤツは……」
はあ、と溜息を溢すラスターと、けらけら笑うアマンダさん。
いつもの光景に、私は思わず表情が緩んだ。
「でもよかった、これでクロの妹さんも、サーシエも守れるんだよね」
気が抜けたやり取りのお陰で、戦いが終わったんだって達成感が湧いてくる。
守りたいものをちゃんと守れたって思うと、やっぱり嬉しい。
「そうだな……サーシエの地に平穏が戻るのはまだ先だが、連中に王国へ殴り込む余力はもう残っていないだろう。侵略が出来ないのなら、その足掛かりとしてこの土地を占拠し続ける旨みもない、後は撤退するばかりのはずだ」
「ミルクも敵の頭を一つ潰したんだろう? 大手柄じゃないか、さすがウチの子だよ」
「えへへ……」
レバンと……それから、ネイルさんが連れ帰った女の人の二人は今、そのネイルさんやグレゴリーさん、それにコーリオに連れられて、色々と聞き出すために尋問されているところだ。
私の力だけで勝ったわけじゃなくて、リリアやプルンの力を借りてやっと勝てただけだから、みんなにはまだ及ばないけど……こうやって褒めて貰えると、ちょっとはみんなに追い付けたのかなって感じがして、嬉しい。
それに……。
「ん? どうしたんだい、ミルク?」
「なんでもない。アマンダさんも、みんなのことも、大好き」
アマンダさんは、何気なく口にしただけだろうけど……私のこと、“ウチの子”って言って貰えた。
レバンの口から、私の本当のお母さんの話が出たこと、全く気にならないって言えば嘘になるけど……もう死んじゃってるみたいだし、私の家族は今、ちゃんとここにいる。
だから私は、寂しくないし、一人じゃない。
それが、すごく嬉しい。
「よく分からないけど、アタイの胸で良ければいくらでも貸してやるよ。ほら、ぎゅーってね」
「えへへ」
アマンダさんに抱き締められて、思わず笑みが溢れる。
隣でラスターが羨ましそうにチラチラしてるのを見付け、アマンダさんと二人で噴き出して……そんなことをしていると、コーリオがリリアと一緒にやって来た。
少し、焦った顔で。
「ミルク殿。それにミス・アマンダにラスター殿も、ここにいましたか」
「どうした? あまり愉快な話じゃなさそうだな」
リリアが駆け寄ってきて、そのまま私に抱き着いた。
その体は震えていて、何か怖いことがあったんだって一目で分かる。
「ええ、尋問の結果、帝国軍の目的が分かりました。どうやら彼らは、“不老不死”の魔法を完成させようとしていたようですね」
「不老不死ぃ? そりゃあ研究者としちゃあそそられるテーマではあるけど、まさか国を挙げてそんなことやってたのかい?」
バカバカしいとばかりに、アマンダさんが呆れ顔を浮かべる。
レバンはかなりそれに近いように見えるけど……あれも、物理的な死からは逃れられても、まだ不老にはならないんだとか。しかも、再生する度に本物のアンデッドに近付く欠陥品なんだって。
「どうやら、かなり本気で取り組んでいたようですね。サーシエを滅ぼす中で得た捕虜や捕まった民も、そのほとんどが実験材料として消費されたと、レバンやアルマイヤが語っておりました」
「はぁー……人的資源の無駄遣いにも程があるね」
「ところが、それなりの成果……と言っていいのか分かりませんが、一つの答えを弾き出してはいたようなのです」
「なんだって?」
流石に無視出来なかったのか、アマンダさんが驚きの表情でコーリオを見る。
アマンダさんでも絶対に無理だって言うくらいの研究を、帝国は完成させてたってこと?
「大量の人間を供物として殺し、その怨念を瘴気と化して取り込み続けることで、半死半生の擬似アンデッドとして自我を保ち、寿命を伸ばし続ける……それが、帝国の行き着いた不老不死への道筋です。レバンのあれを、更に発展させたもののようですね。非人道的な方向へ」
「……本当にアホらしい答えで、笑えないね。そんなののどこが不老不死なんだか」
はあ、と深い溜息を吐くアマンダさん。
正直、私も聞いているだけで気分が悪くなりそうな話だ。自分一人がずっと生き続けるために、一体どれだけの人を犠牲にし続けるつもりなんだろう?
リリアがこんなに怯えてるのも、仕方ないと思う。
「問題は、帝国軍が……いえ、帝国の皇帝が大真面目にそれに取り組み、既に“そういう体”へ至るための儀式を行っている最中だということなのです。サーシエの地に眠る瘴気を吸い、もし目覚めたのであれば──」
コーリオが話している最中、急に地面が大きく揺れた。
一体なんだろうと思いながら、顔を上げると……。
サーシエのど真ん中に、巨大な触手の化け物が出現していた。
「……人をエサとして暴れ続ける、凶悪な化け物が誕生するでしょう。どうやら、遅かったようですね」
「そのようだな。真っ直ぐこっちに向かってくるぞ」
紫色の触手が何本も蠢き、何かを探すようにこっちへ這いずって来る。
それを見て、後ろの方からグレゴリーさんの声がした。
「ガキ共!! あんなふざけた化け物に付き合っていられん、早く撤退するぞ!!」




