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第八種:殺人鬼には霊能者の才能があった

―同じような時刻・健一―


無機質なコンクリートのみで構成された、空母の倉庫に相当する場所の一つ。

家電、家具、機械類、車両、兵器等、あらゆる物資がきっちりと並べられた空間で、健一は一人の男と戦っていた。

とはいっても、ほんの一分半前遭遇し、無言のまま。

敵の男は当然異形であり、また人禍機関員にして特殊部隊「奇怪小隊」の一員でもあった。

顔上半分を白い仮面に覆われ、黒いショートヘアを逆立てたようなヘアスタイルと黄土色の肌が特徴的な、細身の男。


「…黒名執事(ドルネーズ)の指先ッ…!!」


健一が右手を掲げると、袖から細い糸が何本も繰り出される。

糸は男の周囲を取り囲んだが、男は瞬時にその場から消えた。

否、消えたのではない。

飛び跳ねでもしたのであろう、男は天井に張り付いていたのだ。


健一は資料を読み上げるように言った。

「…ジェフリー・ボーンズ」

天井に張り付いた過剰に身の細い男は静かに言った。

「……俺の名だ……」

「頭髪から年代を推定した所生年は1800年代後半から1900年代前半。

遺伝子から父親はイギリス人、母親はアメリカ人と断定。

その上、国籍、学歴等あらゆる事が不明なのでしょう?」

「………1862年…6月…19日……社会的な記憶は殆ど捨てた……思い出せない程に……」

「それは初耳ですね。どうりで調べが付かないわけです。

…1953年11月4日23時17分、ロサンゼルス市内にて麻薬中毒者の女子高生を殺害。

偶然目撃していた民間人の通報から現場に駆けつけたロス市警により現行犯逮捕」

「…馬鹿な女が道端でラリっていた………騒いでいて迷惑だと思ったから殺した……」

「後で調べた所では…他に19人程殺したそうですね」

頷くジェフリー。

「そういった行動は最寄りの異形連盟で免許を所得してから範囲を限定して行って頂きたいモノですね。

…異形であるという事実が判明したのは、収容されていた刑務所内で季節性インフルエンザが流行した際、囚人のほぼ全員のみならず職員までも感染したにもかかわらず、貴方だけは全く感染していなかったという報告を受けた、アメリカ合衆国異形連盟カリフォルニアAチームロサンゼルス第2ユニットが解析した結果判明したそうで」

「……俺は隔離されたが……逃げ出してやった……何が難攻不落の要塞だ………あんな所を抜け出すのは簡単だった……。

……枕元のあいつ……あいつの御陰だ……」

「…資料によれば調査当日は能力が覚醒・発現していなかったとありますが…」

「……そうだ…あいつが……あいつが俺の枕元に現れたのは………隔離されて一週間もしない内だった……」

「…何故この組織に協力するのですか?」

「……残飯を食ってたらとっつかまえられて……色々あった後でブロンドの女―総統に一方的に協力を持ちかけられた…。

……悪い話しじゃあねぇと思ったから…今こうして……俺は此処に居る…」

「そうですか…情報提供有り難う御座います。

では早速ですが…」

健一は散弾銃を構える。

アトゥイとの戦いでも使用した、愛用するスパス12である。

「…おぅ…」

ジェフリーが左手の腕輪を一回転させると、突如腕輪から鎖が伸び、その先端へ黒い粒子が集まったかと思うと、それは直径30cm程の球体となった。

黒い球体の左右から蝙蝠の様な翼が生え、上の点二つからは小さな三角形の耳らしき突起が現れる。

仕上げに正面らしき部位へ赤い文様が三つ浮かび上がり、それらが変形し、顔のようになった。

「…紹介するぜ………相方の―「バッド・アップル・ギャビー・インプ!!私の事を呼ぶならそう呼べッ!!」

球体、もといバッド・アップル・ギャビー・インプはジェフリーを遮って甲高い大声で喋り出した。

「……」

黙り込むジェフリー。

健一は言った。

「では…ギャビーで宜しいですか?」

「存分に構わないッ!

さぁマスター!我等が総統の為いざ参りましょう!」

「……ぉぅ…」

地面に降り立つジェフリー。

ギャビーは翼を広げ、ジェフリーの着地を手伝った。


ふわり、と着地するジェフリー。

ギャビーはホバリングを続けており、見た目だけは風船が浮いているように見えなくもない。


健一とジェフリー、両者は全く同一のタイミングで一歩を踏み出し、同時に左腕を振り翳した。


ジェフリーの振るう左腕の手首から伸びた鎖の先端に繋がったギャビーが、遠心力任せに健一目掛けて突撃を試みる。

しかしそれを華麗な回避で避けた健一は、その回転を利用し人差し指と中指で床材接合部を撫でる。

すると空中から瞬時にハルバードが出現し、彼はそれを手に取った。


そして健一は、そのままハルバードをジェフリーへと振り下ろす。


ブォン!


ジェフリーは振り下ろされる斧をどうにか避ける。

斧は床材のコンクリートへ深く食い込み、蜘蛛の巣型の亀裂を残した。

健一はハルバードを引き抜こうと力を入れるが、当然その隙をジェフリーは逃さない。


彼は再び左腕を大きく振り、ギャビーを健一のハルバードの柄へと向かわせる。

ギャビーは鎖を柄にしっかり巻き付け健一の行動を制限。

跳び上がったジェフリーは健一の腹へ蹴りを入れようとする。


と、次の瞬間。



ガバァ!


健一はハルバードを床材から引き抜き、ギャビーの拘束を物ともせずに力学を器用に利用。

柄を限界まで短く持つと、ジェフリーをそのまま背後へ投げ、安置されていた木製家具群へと叩き付けた。


ドバギャッ!


叩き割られる木製家具数個。

仰向きに叩き付けられたジェフリーの身体は、勢いよく()の字に曲がった。

ギャビーもまた、偶然真下にあったタンスの角へ頭をぶつけ、頭にタンコブを作って目を回している。

どちらも暫く倒れたまま動かなかったが、ふとジェフリーが右手を少し挙げた。


瞬時に銃を構える健一。

しかしジェフリーは健一が戦闘態勢である事を認識出来ていないのか、右手の人差し指で空中を指差して何かを唱えている。

健一は眼前の異様に細い男と謎の生物が、一瞬の油断や隙を突いて自分に襲い掛かるかもしれないと思い、ジェフリーに意識を集中させた。


それ故、彼は全く気付いていなかった。


ジェフリー・ボーンズの真の狙いに。



本物の「心霊現象」という奴に遭遇する羽目になるということを。




いずれ自分が、死者と遭遇してしまうことを。



そして



自分が倒した相手と、再び一戦交える事になるという事を。


―一方その頃・妹尾姉妹―


「…く………やはり……只のウマではッ………」



金属製の下半身を破壊され、全身弾痕だらけになったケイガは、口から血を吐きながら、狂ったように口元で笑っていた。

馬特有の発達した切歯が、血に汚れて剥き出しになる。

一方の千歳は、疲弊した千晴を背負いながら、ケイガに向けて拳銃を放つ。


銃弾は的確にケイガの額を貫き、彼は両腕で身体を支えたまま息絶えた。

千歳は安堵し、背後で眠りこける千晴を背負いながら、休憩場所を探すためにその場を立ち去った。


―同時刻・雅子、ニコラ、マシュー―


3名は依然、壮絶な戦いを繰り広げていた。

マシューはその能力に任せ、掌から放たれるサッカーボール大の炎球を放っていた。

彼の能力は「気孔」であり、それは平たく言えば古代中国より現代に伝わる「気」のエネルギーを火炎として放出するものである。

ただ、厳密に言えばそのエネルギーは気などではなく、彼が先天的に保有する「生体エネルギー」である。

これは元々彼が人間としてほぼ最強クラスの格闘能力を獲得すべき素質を全て持ち合わせ、更に20余年という短い間でその才能を完全なまでに生かす事に成功していた事から、彼の中へ自然に芽生えていたものである。

しかし彼は、エネルギーを制御する力を持っておらず、稀に暴走してしまうことがあった。

故に彼が得た「気孔」の能力とはつまり、彼が潜在的に保有しているエネルギーを自らの意思で操作する能力というわけである。


「破ッ!」


空中に突き出された拳から、火炎の球が射出され、それが雅子目掛けて飛来する。

更にニコラは未だ舌から血を流しており、それが時折空飛ぶ刃となって雅子に斬り掛かる。


対する雅子は、最初それらにフォークに変化させた右手だけで対抗していたが、開始一分も経たない内に左手までフォークになり、その直後ネタに走ることを諦めた彼女は今、迫り来る炎の球と血の刃の攻撃を、猛烈に回避していた。


「(火炎は動きが直線的だから避けるのは大したこと無いのよね…。

軌道曲がってて、しかも私の動作を精密に追尾してくる刃の方が若干厄介…ではあるけれど…ではあるけれども…)」


雅子は叫んだ。

「何で炎球が壁でバウンドするのよッ!」

「そういう能力だ。我慢しろ」

「我慢してられっかぁぁぁ!」

雅子は両足を肉食恐竜のように変化させると、壁を蹴って勢いよくマシュー目掛けて飛び掛かる。

その両手はフォークではなく、既に鋭い鈎爪の生えた掌であった。

振り下ろされた雅子の両手は、咄嗟に防御行動を取ったマシューの両手に細い傷を数本残した。

マシューは少し蹌踉めいたが、


「…っ……お前…その爪に毒でも……っ糞…」

「無い無い。カモノハシじゃあるまいし。

多分気のせいよ。

治癒力は区々だから―」


姿を普段のそれに戻し、淡々と話す雅子を、背後から巨大な拳が吹き飛ばした。

ニコラである。


「…『血』じゃあ駄目ね……マシュー!彼女に生半可な飛び道具は通用しないわ!

レベッカやEMのように卓越した使い手ならまだしも、私達の飛び道具じゃあ彼女に勝つことは出来ない!

私達本来の得意分野―接近戦で勝負しなきゃあ駄目ッ!」

「ニコラ…一つ良いか…?」

「何かしら、マシュー?」

「いや…その…俺も同罪なんだけどよ………気付くの遅過ぎるだろ!!

そもそもお前が普段から『自分の意志で姿変えるキャラは接近戦に持ち込まれると厄介』とかしつこいほど話してるから自然に二人ともあいつ相手に遠距離戦挑んじまうんだろうが!」


「…何か…ごめん……」

「いやな、判れば良いんだよ。

幸い俺が怒鳴ってる最中も、あいつあそこで伸びきってるし」

「そうよねー。あいつが伸びきってる間に私達でどうにか作戦を立てないと」

マシューとニコラがのんびり作戦会議に入ろうとしていた、次の瞬間。

「じゃあ先ずは― ――ザシュッ!

左肩から背中にかけて何者かに大きく斬り付けられ、地に伏すニコラ。

「…?」

「ニコラッ!?」

突然すぎる相方の負傷に驚きを隠せないマシューは、慌てて辺りを見渡し、20秒もしない内に相方を斬り付けた人物を発見した。


「…手前は……ムラセ……村瀬薫ッ!!

女でありながら最早日本では絶滅危惧種となっている伝説の戦士『侍』の志を引き継がんと日々奮闘する誇り高き村瀬の娘ッ!


まさか俺の眼前に現れるとは……」


「こんな未熟者の某をそこまで言うとは、敵をも敬う意識は現役時代から変わっていないらしいな。

流石は元ムエタイスーパーミドル級チャンピオン、マシュー・オルセン。

その実力と人格をタイ政府から表彰されただけの事はあるようだな」

「表彰?止せよ。

あんなもん俺にとっちゃ只のお飾りだ。

向こうさんはガチかどうか知らねぇけどな」


と、ここでニコラに殴られて伸びきっていた雅子が意識を取り戻す。

「…おぉー某ぃ~来てくれたんだねー」


「いや、楠木殿。

『某』というのは三宅●也のあだ名であって某のあだ名ではありません。

っていうか意識取り戻したんなら戦って下さい。先程某が切り伏せた女がそろそろ起き上がります」

「判ってるて。

Jast a morment.

超都魔転(ちょっとまってん)

さり気なく後半部分で文字でしか理解できないネタに走る雅子。

マシューは思った。

「(…こいつはッ……確かに俺の遠距離攻撃じゃあ倒せねぇッ…!!)」


そんなこんなで、1VS2から2VS2という、多分平等と思しき勝負が始まった。


―同時刻・健一、ジェフリー、ギャビー―


健一は突然の出来事に驚いて、視線を動かすことが出来なかった。

無論その驚きを表に出すような間抜けはしていないが、心拍の音を聞き取る事が出来たなら、彼が今の眼前の状況に驚いていることが手に取る様に判る事だろう。



誰もが驚いて当然である。

行動が全く予測不可能な相手が目の前に横たわっている傍らで、武器や雑貨や家具が次々と変形・集合・合体し、それが徐々に人の形を成していくのだから。


「(…一体全体何事だ……この両目で…この脳で…眼前で……こんな事が起こるなど……。

色々ひっくるめてもう231年生きてきたが…こんな光景は一度も見たことがない…)」


そんな健一を尻目に、ジェフリーは静かに立ち上がり、棒立ちで何やら唱え続けており、ギャビーもその傍らで両手(?)を合わせて何かを祈っている。


器物等はまるでジェフリーの詠唱に操られるかの如く人型を成し、遂に完成した時それは健一の記憶に深く残っている者の姿となった。


「(アレは…)」


人間とそう変わらぬ体躯。


「(もしや…)」


鳥のように尖った頭。


「(まさか…)」


背中には片刃のサーベルが寄り集まって出来た三日月型の突起。


「(そんな…)」


円錐形で、先端に横倒しの半月を接着したような尻尾。


「(馬鹿な…)」



ジェフリーの詠唱によって合体した器物等は、嘗て健一が撃破・殺害した闘争を望む戦士の姿を取っていた。

その名は…




「………アトゥイ…!?


…何故……こんな場所にッ…?」


アトゥイ。

嘗て自らの手で葬り去った、海豚の疑似霊長。

それが今、健一の眼前に存在―否、厳密には、それと同じシルエットがその場に佇んでいた。


ここでジェフリーが口を開く。

「…驚いたとしても極力表面には出していないな……流石だな、黒沢……。

……さて、今お前の眼前に存在している物体だが…確かに益獣部隊のアトゥイ……であり……でない…」

「何…?」

『判らないのかッ!?

君は頭が良いだろうから、察しも良いと思っていたのにッ!』

続いて口を開いたのは、ジェフリーではなくギャビー。

その言葉を受けた健一は、閃くようにしてある仮説を思い浮かべ、それを口にした。



「もしかして…もしかしなくても……あのアトゥイ擬きは、ジェフリー…貴方の『能力』ですね?」

「……その通りだ…黒沢…」

「やはり。

感謝しますよ、ギャビー」

『礼には及ばんッ!』


そうして一同が暫く黙り込んだ後、ジェフリーは自身の能力について話し始めた。



「…俺の能力は……『霊媒』………つまりは…この世に存在する『霊』―厳密に言えば生命体の肉体から離脱した生命エネルギーと、元の生命体に関する情報から成る、通常不可視の存在―を隷属、周囲の物体に憑依させ、使役する能力だ…」

「成る程。それで死んだはずのアトゥイを人形として再現したというわけですか」

「……そうだ…。

ギャビー(こいつ)もそうして産み出してやった……中々頼れる奴さ……」

『そうッ!私はそうして産まれたッ!

監獄の中でなッ!ご主人の腕に抱かれてッ!』


「そう…ですか……親子愛……素晴らしい…」

ハルバードを抜き、構える健一。


「…あぁ……親子愛とは…実にイイ物だ……」

『親子愛最高ッ!』

ジェフリーは右手を挙げながら言った。

「……言っておくが黒沢……俺を殺したところで……このアトゥイ擬きは止まる事を知らないぞ……」

動き出すアトゥイ擬き。

健一は身構えながら考えた。


「(アトゥイの能力は『潜行』……様々な物質の中をまるで液体であるかのように移動する能力…。

もし仮にジェフリーの言う『霊』というものが保有する情報に、アトゥイの能力まで残っていたとしたら……。

海の上ならボートを突破して足下から襲ってくるだけだったが、こんな場所だとその能力がフル活用されそうだ…。

さて、どうしたものやら…)」


黒沢健一は、身構えながら作戦を考えた。

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