第六種:闘争禽獣
―前回より二時間ほど前・松葉―
さて、他の面々が敵と戦ったり、気絶したりしている最中、我らが主人公である松葉はというと。
「…この船……データ見たときには確か全長600m、幅220m、高さ130mと印されていたし、目分量も丁度その程度だった筈だ…。
だがそう考えると、居住区や武器・兵器庫に加えて研究施設や食糧自給設備まで存在する…。
しかも消費エネルギーを考えると、燃料だけで賄い切れるわけが無ェ。
空から見たときにゃ若干ソーラーパネルも見えたが、絶対何処かに巨大発電機か何かが有る筈だ…じゃねぇとこんな小都市に匹敵するエネルギーは作り出せねぇからな。
だが、そんな設備を600×220×130の1716kで補うなんざどうやったって無理な話だろうよ。
こうして実際に散歩してて思うんだよな。
この船は外見の癖に体積が異様にデカイってよ。
どうせ制御装置なり人禍傘下の異形なりが空間とかそこら弄くって船の面積押し広げてんだろうなァ…紅●館の十●夜咲●的な感じでよ。
まぁあの女の本業は時間停止だけどな。
さァて…まだ腹一杯になるほど食っちゃねぇし…そろそろ―『見事だぁぁぁぁぁぁ!!』
突如船内に響く声に、松葉は当然驚いた。
「誰だ?どっから俺を見ている!?」
声は言った。
『見ては居らん。感じているのだ』
「感じて…いる?」
『左様。そもそも儂に眼は元より無い』
「そうか。(元から眼が無い…?どういう意味だ?)」
両者は暫く黙り込んでいた。
『そうそう、自己紹介が遅れたな。
儂の名はルルイエ。
空母〔ラハブ〕の総合的な管理を任されておる異形だ』
「異形…つまり、この船の空間を歪めているのは」
『儂の能力「改装」だ』
「『改装』…?リフォームか?」
松葉はジョークで聞いたつもりだった。
しかしルルイエは、
『近いな。
儂の能力とはつまり、家―中が空洞で、そこへ生物が住める箱型物体―の内部を、ある程度自由に組み替えたり、中に限れば空間を広げたりも出来るというものでな。
ある程度であれば、家の中の物を扱う事もできる』
「成る程な…どうりで船ん中が無駄に広いわけだぜ。
ところで気になったんだが…そんなお前は何処にいる?
まさか俺の背後や真上なんて事ァ無ェだろうな?」
その問に、ルルイエは笑いながら答えた。
『まさか。儂の定位置は寧ろその真逆だぞ。
儂が今居るのはな、この船の|船底だ。
船底にひっそりと貼り付いておるわい』
そう、このルルイエという異形は実際、人禍拠点の空母・ラハブの船底に貼り付く存在であった。
「…船底?」
『そう…船底だ…。
儂の正体が気になるか…?
フジツボだ』
「フジツボ…?」
『そう…異形の力と人に等しい知性を得た…フジツボだ、儂は』
海に行ったことのある方ならご存じであろうフジツボは、ああ見えて節足動物に属する。
19世紀初めまでは軟体動物というのが定説だったのだが、甲殻類と同じく自由遊泳性のノープリウス幼生として孵化し、遊泳生活を送るという真実が1829年、J.V.トンプソンにより明らかにされ、以降甲殻類として分類されている。
固着生活に適応しているため体の構造が他の甲殻類とは大きく異なり、その姿を初めて見た者はそれが甲殻類である等とは絶対に思わないような姿をしている。
エビ、カニなどが歩行に用いる歩脚に相当する部分は、蔓状の蔓脚として海水中のプランクトンをろ過して食べるために用いている。
連中を貝類と見間違える一番の特徴である、体を覆っている『殻』とそれを閉鎖する『蓋』はエビやカニの背甲に相当する、頭胸部背面の外骨格に由来する外套から分泌され、軟体動物門の貝類の殻のように生涯成長を続けるが、殻の内部の蔓脚や外套は成長に応じて脱皮し、殻の内部から外に廃棄される。この脱皮殻は、沿岸部ではプランクトンネットなどで高確率で採集され、また海岸に打ち上げられているのをよく見かける。
幼生が着底するときに既に他個体が固着している近傍を選択する性質を持ち、群生して生活している。これは動きまわって繁殖相手を見つけることが出来ないためと考えられる。
また節足動物の癖に雌雄同体であるため、固着生活でも効率的な生殖が可能である。
雌雄同体ではあるが、自家受精(つまり単為生殖。要するに単身産卵する事)は殆ど無いと考えられ、通常は隣接する個体と交尾する。
隣、あるいは数個体分の距離にまで離れた個体まで届く鞭状の長い雄性生殖器を持っており、これを届く範囲の近傍の個体に挿入することで、交尾を行う。
ちなみに船底のフジツボは水の抵抗を大きくし、速度低下や燃料費の増大などの原因となる為忌み嫌われており、船底の塗料を対フジツボ用にしたところ大幅な速度アップと多額の燃料費削減に成功したという。
ルルイエは言った。
『儂は先天性の異形でな、この知性は古藤様の教育有ってこそなのだ』
「ヤレヤレ…。
ヤモリやイタチどころかフジツボまで手懐けてしまうとは、流石玄白だな。
んでルルイエよ。
俺をどうするつもりだ?
この船を支配出来るんなら、今此処で俺を圧殺する事も余裕な筈だろ?」
しかし、ルルイエの答えは意外なものであった。
『いや、それがそうにもいかんのだ。
儂の能力はあくまで『家』を家主や客人が過ごし易いようアレンジする事しか出来ぬ。
今こうして話せているのも、あくまで家主・客人とコミュニケーションを取るために広報用スピーカーを使っているだけだからな』
「…『客人』ねぇ…。
自分家の屋根に偵察機で突っ込んで来て、家主や家政婦ブチ殺す奴が客かよ?」
『能力の性質上、部外者は全て客と認識せざるおえんのだ。
だからな、お前を圧殺するという事は出来んし、したくも無いのだ』
「…そいつぁ運が良かっt―『だが』
松葉を遮るように、ルルイエは言った。
『客人を殺せぬ儂でもな、客人を案内する事は出来るのだ』
「…!?
(ま…まさかッ!)」
松葉がルルイエの思考を察した時には、時既に遅し。
彼の足下の床は大きな穴となり、彼はその中を無抵抗の侭落ちていった。
―数十秒後・松葉―
穴へ落ちた松葉は、六角形の広大な広間に放り出されていた。
自分が吐き出された「穴」は当然、既に塞がっている。
「……旗来たコレ…」
松葉はそう言った。
異形として長く生きて来た松葉は、生き物の気配をいち早く察知する能力に優れていた。
そしてまた、それらが無害なのか、有害なのか、有益なのか、親しいのかといった事も、大体は察知できた。
そして機械的な音がして、床の一部が突然開き、中からせり上がってきた巨大な台には、ラップのようなものに包まれ、ベルトで拘束された生物らしきものが有った。
「…こいつぁ…何だ?
新手の他殺プレイか何かか?」
等と軽く抜かしていた松葉はここで、足下にファイルが落ちているのを見付けた。
手にとって開いてみると、そこには彼が今居る部屋の正体が印されていた。
「…『白兵戦型異形用実戦訓練室フリーク・コロッセオについて』…って、此処連中の訓練施設かよ。
つまりコイツ相手に無双しろってか?
ルルイエの奴…フジツボにしちゃ器用な事してくれやがらァ」
と、その時。
室内に中性的な声のアナウンスが鳴り響く。
《イヴィルトゥース起動》
「…何?」
アナウンスの声と同時か、その直後。
塊を拘束していたベルトが次々外れ、突如台座の上の塊が動き出す。
塊はまるで生まれたての獣が羊膜を突き破る様に自らを包んでいた膜を突き破り、その姿を現した。
生物の姿は、明らかに異様であった。
一目見て、そのシルエットは大型の肉食恐竜と言って間違いなかった。
頭の形や前脚の大きさから、それがティラノサウルス類の恐竜である事は理解できる。
だがその外皮はまるで筋肉の上から小さなゴム皮を引き延ばして乱雑に貼り付けたようで、網目模様の皮の下からは、生々しい筋肉が顔を覗かせている。
「邪悪な歯…洋画的に名付けるなら、ミュータント・レックスってか?」
そんな事を軽く言う松葉に、猛る恐竜―イヴィルトゥースは勢いよく突進してくる。
しかし当然松葉はそれに動じず、先程武器庫から奪ってきた手榴弾を、恐竜の口目掛けて投げつける。
イヴィルトゥースは瞬時に身を翻すが、網状の皮膚の穴に入った手榴弾が、その横っ腹を吹き飛ばす。
「イよっしゃァ!これで奴がすっ転びゃあ殺るのが楽んなるぜ!」
イヴィルトゥースは大きくよろめき転びそうになるもどうにか体勢を立て直す。
しかしその胴はまるで何かに抉られたかのように吹き飛んでいた。
「…転べよ!」
無茶言うもんではない。
吹き飛ばされたイヴィルトゥースの胴は、まるで肉から蔦が生えるようにして修復されていく。
「…お決まりの自己修復機能付きか。
便利に出来てんなぁ、流石玄白」
等と笑っている松葉だったが、その手には戦闘員から奪った対戦者ライフルが握られていた。
「…まだ獣化にゃ及ばねぇだろう…。
テメェなぞコイツで十分かも知れねぇ…」
銃を構え、微動だにしない松葉。
対するイヴィルトゥースも、唸ってばかりで動こうとしない。
と、次の瞬間。
イヴィルトゥースが松葉を噛み殺そうと大口を開けて彼目掛けて走り寄る。
対する松葉はその口の中へ対戦車ライフルを丸ごと突っ込み、引き金を引いた。
激しい爆音と共に発せられた戦車の装甲をも貫く弾丸は、確かにイヴィルトゥースの肉を貫いた。
しかしイヴィルトゥースはそんな事にさえ構うことなく、対戦者ライフルを食い千切る。
「糞ッ!!使い物になりゃしねぇ!」
対戦車ライフルを投げ捨て獣化する松葉。
イヴィルトゥースは食い千切った対戦車ライフルを、何喰わぬ面構えで丸飲みにした。
「グルメにゃ興味なしか………ま、その不細工面ににゃあ似合うかもなァ!」
叫びと共に、松葉は霧散化。
突如眼前から獲物が消え、イヴィルトゥースは驚き、混乱する。
イヴィルトゥースが辺りを見回し始めた所で、松葉は空中にて身体を再構築。
その拳を恐竜の頬(と思しき部位)へと叩き込む。
「何処見てンだよテメェはァ!」
頭を横から殴られバランスを崩したイヴィルトゥースは、耐性を崩し横転した。
「次ィ余所見してみろ?
首斬り落として糞流し込むぞ!!」
必死で藻掻くイヴィルトゥース。
しかし、起き上がることなど当然出来ない。
その理由は、噛み砕く事に特化した身体の構造にあった。
ティラノサウルス・レックスを初めとする大型獣脚類は、その大顎と鋭い歯で獲物を一撃必殺する事だけに特化している。
その証拠に、小型獣脚類では十分武器として機能する前脚が、既に使い物にならないほど退化化している。
よって横転すると頭の重さによって二度と自力で起き上がる事が出来なくなり、結果的に餓死してしまうのである。
松葉は転んで起き上がれないイヴィルトゥースを見下ろし、その頭を手持ちのショットガンで撃ち抜く。
ズガォン!
動きの止まるイヴィルトゥース。
「推定全長18mってとこか…まるで横たわる豚の糞だ。
ま、それを飯にする俺はさながらスカラベ以下の糞野郎って所だろうがな」
早速松葉は死体を解体しようと、手始めに前脚を切り取る。
それと同時に、場内にアナウンスが鳴り響いた。
《イヴィルトゥース死亡。死体回収開始。
これより40分の休憩に入ります》
「…死体回収?」
アナウンスから三秒後、天井が開き、ロボットアームがイヴィルトゥースの屍を持ち去ってしまった。
「あ!俺の飯!
…仕方無ぇ…何か探すか…っと、おぉ?」
空腹の松葉は、部屋の片隅に何かを見付けた。
それは自販機の様な機械であり、詳細を読んでみると昼食の自販機らしかった。
「…しかも隣には防火シャッターがドアのトイレだと……器用な真似しやがる…」
松葉はひとまず金の溜まっている部分をぶち破り、溢れ出た中から小銭を必要な分を取る。
「公共施設なら普通に自腹だが、この船跡形もなくぶっ壊す予定だしな」
そして数あるメニューの中から、以下のメニューを注文した。
冷水(ファミレスにあるような装置から度々頂いた)
ナポリタン
他人丼
塩鮭
青椒肉絲
フライドポテト
サニーレタス
千切りキャベツ
ほうれん草のバター炒め
ブリの照り焼き
※何れも、作者の好きな昼食・夕食のメニュー。但し松葉は尋常でない量を注文した。
―休憩時間終了間近―
飯を終え、用も足した松葉は、来るべき再戦に向けての覚悟を決めた。
「さァて、殺っちまうか」
数分後、またも拘束された塊が床のハッチからせり上がってきた。
しかも屋内に注水が開始され、どんどん水が満ちていく。
「…お次は何だ?」
松葉は丁度、注水に併せて出現した足場に飛び移る。
台座の上の塊は、完全に水中にあった。
注水が止まったところで、アナウンスが鳴り響いた。
《グッピー起動》
「…グッピー?
可愛い名前だな…カンディル的なメダカの群れか?」
水中に沈んだ塊の拘束が解き放たれ、透明な膜を突き破って怪物が泳ぎ出す。
しかし魚群が群れで行動しているような気配はなく、寧ろ何か巨大な生物が、動かずじっと潜んでいるような気配がした。
「…何処だ…?何処に居る…?」
水は透き通っていたが、生物らしき姿は見えない。
隠れているのか、目が悪いのか。
どちらにせよ、水の中に生物の気配は見当たらない。
松葉は試しに、切り取っておいたイヴィルトゥースの前脚から爪の一本をむしると、それを試しに水面へ投げ入れた。
爪は放物線を描いて水面へ落下。
それと共に、水飛沫が上がる。
ッブァッシャァ!!
着水と共に爪は姿を消した。
解き放たれた怪物に喰われたのである。
松葉は一瞬現れた怪物の姿を目視し、そ名に納得した。
「…成る程…それでグッピーってか…」
丸太のような胴体に大蛇のような頭を持つ巨大魚「グッピー」の鱗は虹色に輝いていた。
松葉は足場に座り込み、どうやってグッピーを殺そうかと考えた。
と、その時である。
松葉の顔を伝う汗が、顎から滴り落ち、水面に波紋を作った…次の瞬間。
バッシャァン!
「!?」
虹色に輝く鱗を持つ雷魚・グッピーが大口を開けて水中から飛び出してきた。
咄嗟の出来事に一瞬動揺する松葉だが、そこは百戦錬磨の獣。
霧散化で飛び掛かり噛み付きを回避して、今度は空中で作戦を練る事にした。
―同時刻かそこらへん・雅子―
「ちょっ!何でっ!あたしのっ!敵はっ!いきなりっ!二人もっ!出てっ!来てんのよぉおおおおおお!」
楠木雅子は現在、降り注ぐように次々と飛来する火炎弾と溶解液を避けなていた。
「無様なもんだなァ!まだ俺は全力の半分も出しちゃいねぇぞ!」
上半身裸の格闘家風な男が言う。
見れば彼の拳は、突き出される度炎を纏い、それが勢いよく発射され、壁や床を破壊していた。
「ッヴェァ!
ッヴェァ!
ッゲァッハ!
アンt―ゴホッ―中々やるじゃあn―ゲホッ―いのさ!
特゛技゛ば避゛げゲー゛ど見゛た゛ッゴホシッ!ガホッ!」
白衣を着て、乱れまくったブロンドの長髪を棚引かせる細身の女は、口から強酸性の溶解液を吐き出しつつ、咳き込み咽せ返りながら言った。
この二人、それぞれEM・レベッカ・ケイガの三名と同じ特殊部隊「奇怪小隊」のメンバーで、それぞれ男がマシュー・オルセン、女がニコラ・フォックスという名だった。
無論、この二名は共に後天性の異形である。