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エッセイ

8月13日の夜をひとり歩く。

 墓前に線香と夏の花を供えて、雨で中断された高校野球を最後まで観た8月13日の夕方。


 夕飯の支度を終えてから、迎え火を焚いた。


 今年も懲りずに78年前に終わった戦争へ出征した親族の話を書いて、なろうに投稿した。


 迎え火の炎が上がるのを見ながら、この程度の火で、北部印度支那や潜水艦の中で死んだ人たちが帰って来られるのだろうかと考えていた。


 家から一番近い病院で亡くなった祖父なら帰って来られるだろう。

 でも、北部印度支那ってミャンマーじゃん。潜水艦乗りなんて、海の底じゃん。


 無理じゃね?


 夕飯を作りながら飲んでいたビールが変に効き目を発揮して、そんなことが今更ながら気になって、考えていた。

 あまり意味はないかもしれないけれどと思いながら、仏壇の蝋燭をつけて目印を増やしてみた。


 庭先でちろちろと燃え上がる迎え火を見ながら、遠くから聞こえてくる盆踊り会場の上手くもなさそうなカラオケを聞いていた。


 それが誘い水だったのか。


 夕飯を終えても残るビールの酔いに任せて、ひとり田んぼへと向かった。


 ペルセウス流星群が今夜のはずだけど、まだ早い時間帯。

 盆踊りの太鼓が打ち鳴らされ、それが平らかな田んぼにまで響き渡っている。


 虫の声も今夜はあまり耳に入らない。


 太鼓と笛と盆踊りの歌い手の絶妙に耳ざわりな歌い声が、スピーカーから夜空に解き放たれて、虫の存在をかき消している。


 それを聞きながら、田んぼの砂利道を灯りも持たずに歩いていたら、だんだん楽しくなってきた。


 今回の盆踊りには仮装も混ざっているらしい。

 それなら、死者たちが混ざっていても分かるまい。宴会芸の好きな祖父なら、こっそり混ざっていても不思議じゃない。


 それにコロナ禍でずっと盆踊りもなかった。

 無ければ無いで、静かにお盆は終わっていたけれど、やっぱり夏の夜に盆踊りの音が鳴り響くこの感じこそ、お盆だという気持ちになる。


 誰もいない田んぼ道を歩きながら、死者たちも農作業しにこっちの田んぼの方には来るわけがないから、今なら完全に私の貸し切りだなと無意味に楽しくなっていた。


 その時。


 花火が上がった。


 遠くに打ち上がった花火の光が消えてからしばらくして、どどどんと音が届く。


 そういえば、8月13日は花火を見る日だった。


 子どもの頃は、軽トラックの荷台にゴザを敷いて、花火の見える田んぼへと近所の人たちとみんなで繰り出していた。

 あの頃は祖父もまだ生きていた。


 私は祖父と一緒に見ていただろうか。

 その記憶さえも曖昧な過去。


 それよりも前に亡くなった兵隊さんたち。

 庭先で燃やせる程度の火で、迷わず帰って来られるものだろうか。


 けれど。


 何発も連続で打ち上がる花火。


 その花火の高さよりも、もっともっと上に伸びる白煙。

 それは狼煙のようで。


 巨大な迎え火が何度も何度も、閃光になってここだと示しているように見えた。


 これなら帰って来られる。


 疲れはじめた歌い手の声を聞きながら、太鼓と笛のリズムにうろ覚えの盆踊りの動きを合わせてみた。


 街灯も何もない田んぼで、死者が見ても「しっ、見ちゃダメよ!」と言いそうな狂態。


 まぁ、いいじゃん。

 コロナ禍の終わった8月13日なんだから。

 ウェルカムご先祖様だよ。


 昭和初期にこの盆踊りあったのかな?

 なくてもいいや、きっと呼ばれてるって分かるだろう。


 ビールの酔いも抜けているのに、酔ったふりで浮かれて帰った。


 そんな8月13日の夜をひとり歩いた。





 そういえば、帰り道に気がついたのだが、盆踊り会場のスピーカーは、まっすぐ墓地のある方向を向いていた。


 偶然なんだろうけれど、盆踊りにふさわしい死者への手向けとしてぴったりだなと思い、もっと嬉しくなった。


 それだけなんですけどね。

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― 新着の感想 ―
[一言] おぼんってご先祖様たちが帰ってくるので、なんか賑やかになったような気がしますよね(え?
[一言] 家族が仕事で留守だったので、一人で迎え火を焚きました。 煙が沁みるのに隠れて少し泣きました。 霊感が強ければ、亡くなった母と話せるだろうか。 迷っていたら「家はこっち!んとに方向音痴は相変…
[良い点] 大輪の花火を巨大な迎え火という表現に、なるほど、と思いました! かそけき火でも時間も場所も超えるのできっと大丈夫だと思うのですが、お蝋燭を増やすお心にジーン。
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