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好きな人が義妹になった  作者: 西織
それぞれの想いと
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 しかし、彩花がずっと警戒しているのも可哀想なので、さっさと始末したいところ。

 理久も彩花と同じく、クモを見逃さないように目を向ける。

 すると、彩花がおずおずと口を開いた。


「……兄さん。何か、お話しませんか。緊張で圧し潰されそうです」


 警戒しすぎじゃないだろうか。

 ただ、理久も黒いあいつと対峙したときや、「この空間に……、いる……!」と感じたときの圧迫感は覚えがある。

 今それと同じプレッシャーを彼女が感じているのであれば、その提案には乗ってあげたい。

 ただ、急に言われても、という話ではあるのだが……。


「あ。彩花さんの部屋って、なんだかいい香りがしますね」


 話題だったら何でもいいだろうと思って、口にしてから後悔する。

 気持ち悪いか……? いや、でもルームフレグランスがあるわけだから、そこまでおかしな意見ではない……、と、思いたい……。

 理久がおそるおそる審判の時を待っていると、彩花は手を合わせて答えた。


「あ、ほんとですか? ベルガモットの香りなんです。いい匂いですよね。安眠効果があるんですよ。すぅっとやさしく眠れるような気がして、すごくいいんです。最近はぐっすりで」


 顔を明るくさせて、嬉しそうに言う彩花に、ほっと胸を撫で下ろす。

 前々からいい香りがするな、とは思っていたが、正体はこのルームフレグランスだったらしい。

 その口ぶりから察するに、彼女はアロマが好きなのだろうか。

 彩花がぐっすり眠れていることが嬉しく思うと同時に、羨ましくなった。


「安眠効果かぁ。いいですね、そういうの。俺、最近あまり眠れてなくて」


 つい、弱音を吐いてしまう。 

 眠れないのは言うまでもなく、悩みが多いせいだ。

 先日の後藤の件も含め、眠るときにふと脳裏によぎり、考えてもしょうがないことをぐるぐる考えてしまう。

 るかに「いざとなったら逃げてきてもいいよ」と言われてから少しは心が楽になったが、それでも心配事は多く積み重なっている。

 そんな気はなかったのだが、彩花は「それなら」と微笑んだ。


「兄さんも、部屋にアロマを置いたらどうでしょうか。よかったら、ひとつ持っていきませんか。安眠効果のある香りは、いくつかありますし」


 彩花は返事を待たずに立ち上がり、棚を開いて中を覗く。

 アロマに興味があるわけではなかったが、彩花が親切にしてくれるのは素直に嬉しい。

 いいの? と問うと、ぜひ、と返ってくる。


「セットで購入しているので、いくつかあるんです。兄さんはどんな香りが好きですか? 安眠効果があるのは、ラベンダーや、あとは今あるベルガモットとか。あぁでも、この部屋がいい香りと感じたなら、同じベルガモットがいいでしょうか?」


 彩花はいくつか瓶を取り出して、見比べている。

 確かに、今部屋に満たされている香りは良い匂いと感じるし、この中で眠るのは心地いいかもしれない。

 そうしようかな、と答えようとしたが、彩花は何かに気付いたように、ちょっとだけ恥ずかしそうに笑う。


「でも、兄さんとわたしの部屋が同じ香りになっちゃいますね」


 そんなことを言われてしまう。

 その瞬間、理久は己の頬をぶっ叩いた。

 考えるよりも早く、その妄想を振り払ったのだ。

 パァン! と小気味いい音と、「兄さんっ!?」という彩花の悲鳴が重なる。

 今のはダメ、今のはダメです。

 自分の頬を瞬時に叩いたことを、ナイス判断だと褒め称えたい。

 しかし当然、彩花は困惑していた。


「兄さん、ど、どうかしたんですか……!?」

「……いえ。なんだか頬が痒くなったので。クモが這い上がってきたのかと思いまして……」

「えっ……」


 苦し紛れの言い訳をすると、彩花は本気でドン引きしたように身を引いてしまう。

 適当なことを言ったのは悪かったが、引かれたら引かれたで悲しい。

 しかし、どこにもクモがいないことがわかったらしく、彩花はほっと息を吐いた。

 気を取り直して、彩花は小ぶりの瓶を持ち上げる。


「それで兄さん。どちらがいいですか? ベルガモットとラベンダー」

「……ラベンダーで」


 両手に持って問いかけてくる彩花に、平然を装って答える。

 ベルガモットは確かにいい香りだが、彼女の一言のせいで意識してしまった。

『彩花の部屋と同じ香り』と感じながら生活をしていたら、とても落ち着かない。安眠効果が意味を為さなくなってしまう。

 どうぞ、と彩花が差しだしてくるので、ありがたく受け取った。


「あとで使わせてもらいます」

「えぇ、ぜひ」


 にっこりと微笑んでから、彩花は再び隣に腰掛ける。

 クモはまだ姿を現さない。

 しかし、先ほどのような緊張で満たされる前に、彩花はすぐに別の話題を持ち出してきた。


「そういえば、兄さん。この間のこと、佳奈には伝えました。後藤くんのことです。言っておくべきだと思ったので」


 この間のこと、というのは、後藤に小山内家の事情が伝わったことだろう。

 佳奈も黙っていたひとりなのだし、伝えるのは妥当と言えた。

 あのときのことを思い出して、ひとり気分が沈みそうになる。

 それを押し隠して、理久は答えた。


「佳奈ちゃん、喜んでたでしょ」

「え……、なんでわかるんですか?」

「まぁあの子、わかりやすいし」


 露骨というか、ストレートというか。

 言いそうなこと、やりそうなことは大体想像がつく。

 それを聞いたから、というわけではないだろうが、彩花は言い辛そうにおずおずと口にした。


「それで、佳奈がまた五人で集まりたい、という話をしていまして……。何を、考えているかは、わたしにもわかってしまうんですが……。るかさんには協力したいですし、ふたりが仲良くしてくれるのは嬉しいです。わたし自身はいいんですが……、兄さんはどうですか……?」

「………………」


 まぁ、例によって佳奈はわかりやすい。

 後藤は、彩花が隠したがっていた秘密を知ってしまった。

 事情を知ったのであれば、佳奈はむしろ好都合だと感じたに違いない。

 すべてが明るみになった状態なら、また変化が生じるのではないかと考え、もう一押ししようと思っている。

 ここで畳みかけよう、決めてしまおう、という魂胆だ。


 そしてそれは、理久から見ても有効打に感じる。

 感じてしまう。

 小山内理久としては、正直集まりたくはない。

 後藤が彩花に踏み出してしまう可能性を、これ以上増やしたくはない。


 けれどそれはあくまで、理久個人の、自分勝手な願望でしかなかった。

 この場面で「自分はやめておきたい」と答えるのならば、苦しい言い訳かネガティブな言葉を重ねるほかない。

 彩花の義兄としてなら、こう答えるしかなかった。


「いいんじゃないですか? るかちゃんも、佳奈ちゃんには会いたがってるし」


 理久の言葉を聞くと、彩花は少しだけほっとした顔になる。

 気まずそうに長い髪に触れながら、静かに答えた。


「すみません、佳奈も悪い子ではないんです。ちょっと空回るときがあるというか、良くも悪くも真っ直ぐというか……」

「大丈夫です。わかってますから」


 彩花は暗い顔をしているものの、彼女にとって本当に大切な友人なんだろう。

 ふたりでいるときの屈託ない笑顔や、遠慮のない物言いが彼女たちの親密さを示している。

 そしてそれは、きっと佳奈も強く感じていた。

 彼女が空回りしているのは結局、彩花のためだ。

 そのエネルギーが向けられる先が自分でなければ、理久も苦笑いするくらいで済んだかもしれない。

 またあの五人で集まるのか……、と考えると憂鬱になってしまう。

 彩花とふたりでいられれば、それで幸せなはずなのに。



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