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好きな人が義妹になった  作者: 西織
それぞれの想いと
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96

「彩花さん。どこにいたんですか?」


 辺りを見回してみても、奴の姿は見受けられない。

 だが、一瞬でも目を離せば隠れてしまうのが奴だ。

 重要なのは、この部屋から出さないこと。彩花には気の毒だが、この部屋で必ず決着をつけなければならない。

 硬い声で問いかけると、彩花も緊張した面持ちで答えた。


「あ、あそこです……!」


 彩花が壁を指差す。

 そこにいたのか……! と理久は身体を固くしながら、そちらに目を向けた。

 そこで、え? と困惑してしまう。


「……彩花さん、あれ?」

「そ、そうです! 何とかして頂けますか……!」

「あれって……、クモ、だよね」


 壁に張り付いていたのは、小さなクモだった。

 ゴキではないし、大きさもそれほどでもない。

 アレに対して、怯えていたのか? と理久は彩花を見る。

 すると彼女は目を瞑りながら、理久の腕を掴んだ。


「お願いします……。わたし、虫が本当に無理で……」


 何かの間違いではなく、あのクモが嫌で嫌で仕方がないようだった。

 いやまぁ、女の子にはそういう人も多いという。

 実際、学校で虫が出たら、結構な剣幕でギャアギャア言う女子もいる。

 るかは案外平気だし、(嫌そうにはしているが、昔は触れた)理久と父の二人暮らしだったので、その辺の感覚はイマイチ鈍い。

 とはいえ、黒いあいつじゃなくてほっとしたのも事実だ。

 死闘を覚悟していたのに、完全試合も余裕の相手となれば、肩の力も抜ける。


「じゃあ、部屋から本か何か持ってきて、外にぺってしちゃうね」


 殺すのもどうかと思い、外に逃がすことを提案する。

 彩花はいなくなればなんでもいいらしく、こくこくと頷いていた。

 この部屋にも本はいっぱいあるが、これだけ怯えている虫を私物の本で処理されるのは嫌だろう。

 だから部屋から本を持ってこようと踵を返したのだが。

 その瞬間に悲鳴が上がった。


「兄さん! 虫が……! あ、あぁ……!」


 この世の終わりのような声が聞こえ、理久は振り返る。

 すると、クモがススス……、と棚の裏に消えるところだった。

 唖然とした表情でそれを見送り、彩花はゆっくりこちらを見る。

 あぁ……、と両手で顔を覆ってしまった。


「………………」

 

 無念ではあるし、申し訳ないが、何もできない……。

 黒いあいつもそうだが、物陰に隠れた虫を見つけ出すのは並大抵のことじゃない。

 どうしようもないので、仕方なく彩花に言う。


「……ごめん。ええっと、じゃあ次に出てきたらまた呼んでください。そのときに処理するんで……」

「えっ……、い、いてくれませんか……? つ、次出てくるまで……。ここにひとりでいるの、嫌です……。兄さんを呼んでいる間にまた逃げていくかもしれませんし……」

 

 怯えの混じった表情で、腕を掴まれてしまう。

 大げさでは? と思わないでもないが、これがもし黒い奴だったら、と想定すると、理久も同じような考えになる。

 あいつが潜んでいる部屋でひとり。

 しかも、自分ではとても抵抗できないというのなら、だれかにいてほしい気持ちは十二分にわかる。


 しかし、だがしかし。

 ……いいんだろうか。


 ここは理久の家だが、同時に彩花の部屋でもある。

 ある意味、ここは不可侵領域というか、かつては彩花が唯一安心できる場所だったはず。

 女の子の部屋にいる、というのは、大きな意味があるようにも思えてしまうが……。

 そう感じはするものの、自分たちは家族であることも思い出す。

 夢のないことを言えば、この役割は香澄であっても父であっても構わないのだ。 

 まぁそれならいいか、と納得させた。


「ご飯作るまではまだ時間ありますし。大丈夫ですよ」


 答えると、彩花は心からほっとした顔になった。

 けれど、少しだけ困ったような表情で自分の部屋を見渡す。


「……ええと、すみません。この部屋にはクッションとかはないので……、ベッドに座っていてもらっていいですか」

「…………………………。……はい」


 いいのか? 大丈夫? 本当に???

 これ香澄がいたら怒られない? 

 いや、香澄がいたら最初から香澄を頼るか……。

 微妙な迷いを感じながらも、理久は素直にベッドに腰を下ろした。

 彩花が普段寝ているベッド……、と考えると意識しそうになるが、何とか堪える。

 シーツはシワなく整えられているし、枕もなんだかしっかりしているものに見えた。

 そういえば、彩花はしょっちゅうシーツを洗っていて、積極的に布団も干している。

 理久はその辺を面倒で疎かにしがちなので、「マメな子だなあ」と思っていたのだが。

 そんなベッドに座るのは、ちょっとだけ罪悪感。

 そして、彩花はその隣にぽすん、と腰を掛けた。


「………………???」


 なんで???

 なんでわざわざベッドに隣同士に座るの? 椅子は一脚あるのに?

 理久は困惑しながら、隣にいる彼女の熱を感じていた。

 なんというか、心がかき乱される。

 いやもちろん、理久が彩花に対して何かすることは決してない。

 決してないけれど、それは無関心というわけではないのだ。

 堪えるけれど、抑え込むのだってエネルギーはいるわけで……。

 なぜこんなことを……、と思って、彩花の表情を見て、悟る。


「……………………」


 彩花は目を細めて、じっと壁に目を配っていた。

 時折、顔が左右に揺れている。


 めちゃくちゃ警戒している。

 何か動くものを見つけた瞬間、多分センサーみたいに声を上げると思う。

 ただ単に、クモを見逃したくないのと、棚に近い机のそばにいたくないらしい。

 勝手に内心で大騒ぎしていた自分が恥ずかしくなる反面、一匹の虫に翻弄され続ける彼女に和みそうになる。

 こんな心情、バレたら「兄さんっ!」と怒られてしまうだろうけど。


 とはいえ、少し前まで完全な他人で。

 ちょっとした誤解で、本気で怯えられていたときのことを考えると。

 緊急事態でやむを得ないとは言え、彼女の部屋で隣同士に座っていられるのは、嬉しかった。


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