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好きな人が義妹になった  作者: 西織
それぞれの想いと
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 るかに「いざとなったらウチに逃げ込んでいい」と言われたのは、理久にとってかなり心が軽くなる出来事だった。

「絶対に言えない」のと「最悪そうなっても何とかなる」では、状況がまるで違う。

 もちろん、るかや彩花に負担を掛けることは間違いないので、軽々に取れる選択肢ではない。

 それでも、理久の心を軽くしたのは確かだ。


「ただいま戻りました」

「おかえりなさい」


 一足先に帰宅した理久がリビングでテレビを観ていると、中学校から彩花が帰ってきた。

 もう慣れてしまったとさえ思えるやりとりを交わすと、彩花はふわりと微笑む。


「また寒くなってきましたね」

「そうですねえ」


 秋が終わり、気温はさらに低くなっている。

 彩花と理久の制服も、冬服に変わっていた。

 なんてことはないことを言いながら、彩花はリビングを横切っていく。

 彼女の制服は白いセーラー服のままだが、長袖に変わり、スカートの色も濃くなっていた。

 長い髪を揺らしながら、静かに歩く彼女は見惚れるくらいに綺麗だ。

 長い時間をともに過ごしているというのに、今でも彼女の姿を見ていると胸が高鳴ってくる。

 こんな些細なやりとりでさえ、理久の心は温かくなった。

 彼女は階段をとん、とん、とん、と上がっていく。


「……告白、か」


 自分があの子に告白をする。

 今までは絶対に許されない行為だっただけに、可能性が提示されただけでも嬉しかった。 

 理久が告白し、彩花がそれを受けてくれれば。

 きっと、いろんな心配事が消えていってくれるのに。

 それが過ぎた願いであることは自覚しながらも、願わずにはいられない。


「……っ?」


 物思いに耽っていると、どたどたどた、と勢いよく階段を降りてくる音に目を丸くする。

 あんな音を聴いたのは初めてだ。

 理久の気持ち悪い妄想を察知した彩花が、その怒りを持ち出してきたのかと思ったが、そうではなく。

 

「に、にいさんにいさんにいさんっ」


 取り乱した彩花がリビングに突撃してきた。

 ここまで血相を変えた彩花は見たことがない。

 困惑していると、彼女は怯えを隠そうともせず、不安そうな目をこちらに向けた。

 手は落ち着きなく、胸の前に重ねられている。


「ど、どうしたの、彩花さん」

「あの、あのあの、兄さんは虫って平気ですか……!?」


 ……虫。

 何を言っているかわからず、本気で戸惑っていると、彩花にもそれが伝わったらしい。

 早口で用件を言ってくる。


「わ、わたしの部屋に虫が、いてぇ……っ! わた、わたし、虫は本当にダメで……! もし兄さんが平気なら、あの、退治して頂ければと……っ!」

「……なるほど?」


 背筋に寒いものが走る。

 これは、たぶん、あれかな。

 黒いアイツかな。

 ゴから始まる、憎き台所の敵。

 ……苦手なんだよなぁ、アレ。

 虫って言うけど、カテゴリーとしては独立しているとさえ思う。


 理久は確かに男だ。女の子よりも虫に対する耐性はあるだろうし、普通の虫にはそれほど嫌悪感は抱かない。

 けれど、ゴがつくあいつだけは別だ。

 観た瞬間に男女を超越した、強い憎悪と本能的な恐怖、家に侵入を許してしまった無力感が襲ってくる。

 特に理久は家事を担当していただけに、奴と出会う可能性は父より高く、昔から何度か死闘を繰り広げた。

 どれだけ気を付けていても、うっかり家に侵入することがあるのは、奴の怖いところ。

 できれば、奴の処理はやりたくないけれど……。


「……わかった。行こう」


 これほどまでに怯え切っている彩花を、矢面に立たせるわけにはいかない。

 彼女は途端にぱあっと表情を明るくさせ、立ち上がった理久の後ろに回った。

 かわいい。

 かわいいし、頼りにされるのは嬉しいが、今から死地に向かう。

 あまり和んでもいられなかった。


「あ、ありがとうございます、兄さん……、助かります……」


 小さな声に希望を乗せて、理久の背中に隠れる彩花。

 それだけ敵は強大だ。

 覚悟を持って挑まなければなるまい。


 ふたりで階段を上って、彩花の部屋の前に辿り着く。

 そこで気が付いた。

 

「あの、彩花さん。俺、部屋に入ることになっちゃいますけど。いいんですか」

「大丈夫です。ですから、どうかお願いします」


 背中に隠れたまま、彩花は言う。

 部屋にゴキが出たという緊急性のためか、それとも兄として信頼されているのか、微妙なところだ。 

 まぁ彼女がいいのなら、と部屋のドアノブを回す。


 理久は、彩花の部屋をほとんど見たことがない。

 引っ越してきたときにちらりと見えたり、彼女が部屋を出るときに隙間から見えたことはあるけれど。

 家の中とはいえ、ここだけは理久にとって未知数だ。


 パッと見た印象は、綺麗にしていて可愛らしい部屋だな、というもの。

 白を基調とした部屋はよく整頓されていて、清潔感がある。

 棚や机といった家具はどこか女の子を感じさせるデザインが多く、ベッドは薄いピンク色のシーツ。 

 小ぶりの棚には文庫本がぎゅうぎゅうに詰まっている。


 それと、良い匂いがした。

 ほのかに甘く、清涼感のある香りだ。

 一瞬、自分の気持ち悪さに嫌気が差したが、どうやら棚の上に置かれたリードディフューザーが原因のようだ。だからセーフ。これはセーフである。


 あまりじろじろ見るのはよくない、と思いつつも、敵は黒いアイツ。

 どこだ、どこにいるんだ、と目を凝らしてしまう。


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