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好きな人が義妹になった  作者: 西織
それぞれの想いと
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「大体、なんで君にそんなことを言われなくちゃいけない? まるで、俺は彩花さんを傷付ける存在、そして君はそれから守る存在のように言われているけれど――、告白っていうのは、一方的な負担を相手に強いる行為だ。彩花さんを悩ませているのは――、本当は君のほうだろう?」


 後藤はその言葉を聞いて、はっとしたような表情になる。

 何かを言い掛けて、しかし、唇を噛んだ。 

 本当はこんなこと、言うつもりじゃなかった。

 彼の手によってタガを外されなければ、思っていても決して口にはしなかっただろう。

 けれど、理久は知っている。

 るかのそばにいるからこそ、それをよく知っている。

『私はあなたが好きです』と告白するのは、する側に葛藤や迷いが生じて、それでも苦しみながら前に進む。

 だから、その行動自体が美化されがちではあるけれど、それをされたほうこそが大変なのだ。

 一方的に好意を押し付けられ、その返事に悩み、場合によっては逆恨みされる。

 相手に、選択を強いられる。


『わたしだって、これでも一応波風立てないように断ってるのよ。結構気を遣うんだ、これが』


 るかがそんなふうに疲れたように笑っていたのを、理久は見ている。

 もしも彩花が後藤の告白を無条件に喜べるようなら、この話は筋違いだ。

 けれど、佳奈に吹き込まれながらも、己の境遇を考え、迷いを生じさせ、その結果に告白を断っている。

 そこに負担が生じていないと、なぜ言えるのか。

 理久を一方的に悪者に、なぜできるのか。

 三枝彩花を悩ませたのは、後藤だって同じではないか。


「………………っ」


 後藤はそのことに思い至ったのか、苦々しく表情を歪めた。

 ゆるゆると理久から手を離し、二歩三歩と下がる。

 先ほどまで昂っていた気持ちは勢いを失い、目を地面に向けていた。 


「………………」

 

 理久の中で、後悔の念が湧いてくる。

 こんなこと、言うつもりはなかった。

 彼を傷付けるつもりなんてなかった。

 けれど、一方的に殴られるばかりでは、理久も我慢しきれなかった。

 この環境は、理久にとってとても辛いものだから。


「…………ごめん」


 理久が謝ると、後藤は目を伏せたまま、「いえ……」と小さく答えた。

 沈黙が下りる。

 既に夜になりかけている公園で、男ふたりで黙り込んでいては何事かと思われるだろう。

 そろそろ戻るべきかもしれない。

 きっと後藤からも、言いたいことはもうないだろうし。

 けれど、これだけは確かめておきたかった。


「……後藤くん。俺の気持ち、彩花さんに話す?」


 後藤が本気で理久を蹴落とそうとするのなら、その手段は有効だ。

 好意を伝えられた彩花は困惑し、気まずい思いを抱き、家の中での接触を避けるようになるだろう。

 以前の関係に逆戻り。

 いや、それよりもひどい状況になる。

 そうなれば、後藤にとっての邪魔者はひとり消える。

 大体、後藤にとって理久は間違いなく面白くない存在だ。

 腹いせで彩花に吹き込んでも、おかしいとは言えない。


 しかし、後藤は心外だ、と言わんばかりに首を振った。


「……それをすれば、困るのは三枝でしょう。俺だって、三枝を傷付けたいわけじゃない。三枝が怯えながら暮らすことは、望んでいない」


 彼ならそう答えると思っていた。

 きっと後藤は本当に、この件を彩花に漏らすことはない。

 彼はまっすぐな人だ。

 だからこそ、佳奈は彩花に後藤と付き合ってほしいと願っているし、彩花だって後藤に悪い思いは抱いていない。


 だから理久は、気持ちが沈むのを感じている。

 以前、恐れていたことが現実になって襲い掛かってきた。

 後藤はすべてを知った。

 彩花の境遇も、理久との関係も。


 このことがあったから、彩花は交際を断ったのではないか。

 もしもそう感じて、彼がもう一度前に進んだら、どうなるだろう。

 たとえ家に他人の男がいても気にしない、それでもいい、自分と付き合ってほしい、と彩花に願い出たら。

 彩花が懸念していたことがなくなって、それでもなお進んでくれて。

 それでも彩花は、交際を断るだろうか。


「……失礼します」


 後藤は頭を下げると、公園を立ち去って行った。

 あとに残されたのは、理久ひとり。

 けれど、理久はすぐに帰る気にもなれず、その場にしゃがみこんだ。

 頭を抱え、俯く。

 あぁだから、こうなってほしくなかった。

 胸を暗い靄が満たしている。

 肩が重い。頭が重い。

 息を大きく吸い込んだって、その重みもモヤモヤも消えていかない。

 すべてがどうでもいい。

 そんなふうに自暴自棄になりたくて、でもそれもできなくて。

 涙が出そうになるのを懸命に堪えていた。

 

 後藤は再び、彩花に気持ちを伝えるだろうか。

 彼が自分の気持ちをすべて晒し、それでも彼女に手を差し出せば。

 彩花は今度こそ、傷付くことなく、その手を取ることができるかもしれない。

 それは、三枝彩花にとってのハッピーエンドではないか。

 けれど、自分はそれに耐えられるだろうか。

 後藤のように告白もできず、ただそれを見ることしかできない。

 待つことさえできない。

 そんな自分の境遇に、重い重い息を吐く。


 好きな人が義妹になった。

 その苦しみを知らないくせに。


 後藤に向けた言葉は、正真正銘の、心からの叫びだった。


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