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好きな人が義妹になった  作者: 西織
文化祭の片隅で
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 幸い、彩花のダイエットは順調だった。

 毎朝、彩花と理久はともに走っているし、カロリーオフ料理も今のところ問題はない。

 効果も出ているようで、時折彩花がそっと近づいてきて、真っ赤な顔をして「あの……、体重……、ちょっと、減りました……」と報告してくれる。

 その表情と囁き声には思うところはあるけれど、ぎゅうう~~~~~っと拳を握って、「よかったですね!」と言うようにしていた。


 ただ、不安もある。

 カロリーオフ料理はそれなりにおいしいのだが、やはり普段の料理とは違う。

 満足感に関しても見劣りはするし、腹持ちが悪いものもある。

 それで彩花のストレスが溜まらないかどうかが、心配だった。


「………………」

 

 そんなことを考えていた、ある日の深夜。

 そろそろ寝ようかな、と考えていたところで、彩花の部屋の扉が開いたらしい。

 開閉音が耳に届く。 


「……?」


 しかし、普段と様子が違う。

 いつもならすぐにペタペタと足音が聞こえてくるのに、今日はやけにおっかなびっくりというか、どこか躊躇いがちなのだ。

 足音で様子の違いがわかってしまう、というのは我ながら気持ち悪いが、さすがに聞いている回数が違う。


 それくらいは許してほしい。

 きっと彩花のほうだって、逆の立場なら「おや?」と思うはずだ。多分。


「まぁそろそろかな、と思っていたけど……」


 理久は部屋から出て、足音を立てずに階段を降りていく。

 キッチンから光が漏れているのが見えた。

 既視感を覚えながら、リビングの扉を開ける。


「彩花さーん」


 声を掛けると、彩花がビクゥッ! として振り返った。

 食パンを握っていたあのときと、姿が重なる。

 しかし、その手に食べ物の類はない。

 ただ、コップが握られていた。そこから湯気が立ち上っている。

 彼女は驚いていたようだが、しどろもどろで口を開いた。


「兄さん……、あの、これは、違うんです。別に夜食を探していた、とかじゃなくて……。ただ、お腹が空いて眠れないので、白湯でも飲めば落ち着くかなと……」


 どうやら、その手にあるのは白湯だったようだ。

 いくら何でも、彩花が夜食を食べているとは思っていない。

 理久が関わっているだけに、その気持ちを台無しにするような子ではない。

 それだけに、本人の締め付けも厳しくなるんじゃ、と心配になっていたのだ。


「彩花さん。お腹が空いて眠れないなら、これでも食べましょう」


 そう言いながら、理久はカップ麺がたくさん入った箱を取り出す。 

 彩花にもおなじみのものだ。

 それだけに、彩花は困惑した声を出した。


「え、でも……。そんなもの、食べるわけには……」


 もちろん、カップ麺なんて食べるわけにはいかない。


「これこれ。これなら食べても大丈夫だよ。スープ春雨。だって、たったの70キロカロリーですよ。食べるにしても、これくらいならいいはずです。お腹が空くのを我慢するくらいなら、ちょっとだけ許しちゃいましょう。彩花さん、普段頑張ってるし」

「………………」


 彩花が気を遣うと思うので、理久は自分の分も取り出し、お湯を入れる。

 そして、テーブルに二つ分並べた。

 理久が座ると、彩花もおずおずと腰を下ろす。

 いただきます、と手を合わせて、それを啜った。


「ん……。あ、結構おいしい」


 春雨なんてどうなんだろう、と思ったが、それなりにおいしい。

 温かいスープのおかげで満足感もある。

 このカロリーで真夜中の空腹を紛らわせるのなら、十分じゃないだろうか。

 まぁさすがに、毎日食べるのはどうかと思うけど。


 彩花はおそるおそる手を伸ばし、ゆっくりと啜る。

 そして、その目が驚きで見開いた。

 スープを一口飲んでから、ほう、と息を吐く。


「おいしい……」

「よかった」


 その呟きに、理久も笑みをこぼす。

 すると、そんな理久をそっと見て、彩花は視線を落とした。

 その瞳が、大きく揺れている。

 なぜだか、彼女が泣き出しそうな気がしてしまった。

 彩花はスープ春雨の中に箸を入れながら、そっと、本当に小さな声でそっと尋ねてくる。


「兄さんは……、なんでそんなに、よくしてくれるんですか……」


 その問いかけは、理久の心臓を強く揺さぶる。

 なぜって、それは。

 好きだからに決まっている。

 彩花が好きだから、少しでも彼女のためになりたくて、普段やらないことでも進んでやってしまう。

 ただそれだけだ。

 けれど、そんな質問をぶつけられるとは、とても思っていなかった。


「………………」


 でもその理由は、なんとなく思い当たる。

 思えば、彼女はこの件に関して、ずっと理久の親切に困惑している様子だった。

 今までのことを考えれば、そうなるのも仕方ないかもしれない。


 理久は今まで、彩花に対してできるかぎり力になろうとしていた。

 けれど、そのどれもが彩花自身の問題ではあるものの、彩花のせいで発生したものではない。

 例外は文化祭くらいだろうか。

 あれにしても、元はと言えば母親に仕事が入ったせいでもあるし、あのとき彩花はきちんと「お願い」として、理久に申請している。


 今回、彼女が「太ってしまった」「痩せたくて努力している」、というのは、徹頭徹尾、彩花自身の問題でしかない。

 にも関わらず、理久は進んで手を貸していた。

 だからこそ、彩花から、「なぜそんなによくしてくれるのか」という質問が出たのだろう。


 そして、これは。

 間違えられない質問とも言えた。

 理久の答えが決まっているだけに。

 ここで下手なことを言えば、彼女の中で疑惑が生まれるかもしれない。


「小山内理久は、三枝彩花を恋愛対象として見ているのかもしれない」という疑惑だ。

 それは避けなければならない。


「――家族でしょう、俺たちは。家族の力になるのに、理由なんてありませんよ」


 ともすれば乱暴とも言える、「家族だから」という言葉。

 理久自身が苦しんでいるその言葉を、己の保身のために使った。

 けれど、これ以上ないほどシンプルで、シンプルだからこそ説得力のある言葉だと思う。

 彩花は理久の答えを聞いたあと、ぱちぱちと目を瞬かせた。

 躊躇いがちに微笑んだあと、「ありがとうございます、兄さん」と改めてお礼を口にする。

 そのお礼だけで、理久にとっては十分だった。


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