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好きな人が義妹になった  作者: 西織
文化祭の片隅で
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「兄さん。今日の晩ご飯は何を作りますか?」


 夕方。

 今日もふたりで、夜ご飯を作るためにキッチンに立っている。

 いつものように彩花に尋ねられたが、理久はすぐには答えなかった。

 スマホを操作しながら、彼女に告げる。


「彩花さん。今日は新しいレシピに挑戦しようと思っています。なので、普段と違ってちょっと手間取るかもしれませんが、ご容赦ください」

「わっ。新しい料理が食べられるんですか?」


 彩花の顔がパッと輝く。

 その表情がどうなるか不安になりながら、彼女にスマホの画面を見せた。

 そこにはレシピが載っている。


「これを作ろうと思うんです」

「豆腐ハンバーグ……?」


 こてん、と彩花は首を傾げる。


「彩花さん。豆腐ハンバーグって食べたことあります?」

「いえ、ないです。兄さんは?」

「俺もないんです。だから正直、おいしいかどうかはわからない」


 正直なことを言うと、理久は豆腐ハンバーグに良い印象はない。

 なぜ、わざわざ豆腐を混ぜるのか。

 そこは普通に肉のハンバーグでいいのではないか? 

 余計な手間を増やしてまで、肉に別の素材を入れる必要はあるのか?

 そもそも、豆腐でハンバーグってなんじゃい。


 そんな感じである。

 だというのに豆腐ハンバーグに挑戦する理久を不思議に思ったのか、彩花は再び首を傾げる。


「ではなぜ、豆腐ハンバーグを……?」

「豆腐ハンバーグって、低カロリーでお腹に溜まりやすく、しかもタンパク質が多く摂れるそうで。すごくダイエット向きの食べ物らしいんです」

 

 スマホを眺めながら、理久は話を続ける。

 そこには、ダイエット向きの料理をたくさん調べた履歴があった。

 そのひとつが、豆腐ハンバーグだ。


「俺は、彩花さんにはお腹いっぱい食べてほしい。でも、ダイエットもしなくちゃいけない。それで、俺にできることは何かって考えたら、痩せやすいご飯を作ることかなって。でも、これでおいしくなければ意味ないと思うんです。ご飯はおいしくなくちゃダメだ。だから一旦食べてみて、ダメそうだったらもう作るのはやめるので――」


 そこで顔を上げる。

 彩花はこちらをまじまじと見ていた。

 その表情を見て、理久の口がつい止まる。


「――――――――」


 彼女の顔は赤く染まり、目を見張っていた。

 大きな瞳がふるふると揺れて、理久の姿を映している。

 ただ茫然としたような表情で、理久を見ていた。

 両手を合わせ、口元を隠しながら。

 その瞳に、吸い込まれそうになってしまう。


 その表情が何を物語っているのか。

 理久にはわからなかったが、彼女が言葉を失っているのは伝わる。

 彼女はしばらく固まっていたが、彩花さん? と声を掛けると、はっとして我に返った。


「あ――、ありがとうござい、ます、兄さん。そこまで考えてもらって……」


 深く頭を下げる彩花に、慌てて手を振る。

 そんなに恐縮されるような話ではない。


「いや、全然。そもそも、俺にも責任の一端はあるし。それに、おいしく作れるかどうかはわからないんです。これでおいしかったら、そのありがとうを受け取りますよ」


 そう。成果が出なければ意味がない。

 だというのに、彼女はしばらく顔を上げなかった。

 どこかぎこちなくなった彼女とともに、調理に入る。

 いざ料理を始めると彩花は普段どおりになったが、それでも緊張感のある調理になった。

 作ったこともなく、おいしいかどうかわからない料理。


 その時間をふたりで乗り越え、いざ実食となった。

 テーブルの上に並んだ、豆腐ハンバーグ、サラダ、スープ。

 いつものように向かい合わせで座るが、今日は普段のように穏やかな食卓ではなかった。

 ふたりとも緊張しながら、今日の料理を見下ろす。


「おいしくなかったら、ちゃんとおいしくないって言ってくださいね。食事が楽しくなくなったら、本末転倒ですから」

「はい……」


 ぎこちなくふたりで手を合わせたあと、早速豆腐ハンバーグに箸を入れる。

 ネットのレシピどおり、鳥ひき肉を使い、さっぱり和風ソースをかけてある。

 それをおそるおそる口に運んだ。


「……………………」

「……………………」


 ふたりして黙々と口を動かしたあと、ごくん、と飲み込む。

 しばらくしてから、感想を口にした。


「普通のハンバーグよりやわらかいし、肉の味もそこまで感じられない。結構淡泊な味わいではあるけど……」

「そうですね……、かなりあっさりしていますが……」

「でもこれ……、結構おいしいね?」

「あっ、そ、そうですよね! おいしいです! 兄さん、どっちかな……? ってちょっと焦っちゃいました……」

「俺もです」


 お互いに苦笑しながら、豆腐ハンバーグを改めて見やる。

 さっぱりした味わいが和風ソースと合っていて、十分においしい料理に仕上がっていた。

 これで低カロリーなのは、かなりの発明なんじゃないだろうか。


 おいしい。

 問題があるとすれば。


「今日ハンバーグだよ~、って言われてコレが出てきたら、ちょっとだけ、ん? ってなっちゃうかもしれませんけど……」

「そうですね……」


 彩花の意見に頷く。

 肉のハンバーグの代替品と考えると微妙な気分になってしまうが、ひとつの料理として考えると、ちゃんとおいしい代物だった。

 彩花は嬉しそうにご飯を口に運び、ん? という表情になる。

 小さく首を傾げて、お茶碗を見下ろした。


「兄さん。これ、お米も普段のものとは違うんですか?」

「あ、そうそう。なんか低糖質? カロリーが低くておいしいご飯なんだってさ。どうかな、と思ってましたけど、これも普通においしいですね」


 理久も食べてみたが、それほど普段のお米と違いもない。

 それに喜んでいると、彩花がこちらをじっと見ていた。

 じぃん、とでもしてくれたのか、彼女の表情が少しだけ切なげなものに変わる。

 唇もわずかに震えた。

 そして、すぐに頭を下げる。


「ありがとうございます、兄さん……、こんなにも、いろいろと……」

「いや、全然大したことじゃないので。気にしないでください」


 それに、お礼を受けるのはまだ早い。

 彼女のダイエットが成功しないかぎり、理久のちょっとした心遣いは意味のないものに変わってしまう。


 だからせめて、少しでも力になれるように理久は協力したいと思う。

 料理のレシピを探すのも、材料を変えるのも、以前の自分なら絶対にしなかっただろう。

 それだけ、彩花の力になりたい、と理久自身が思えたのだ。



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