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好きな人が義妹になった  作者: 西織
文化祭の片隅で
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 早朝。

 スマホから鳴り響くアラームで、理久はのっそり身体を起こした。

 ふわあとあくびをし、普段よりも早い時間の時計を睨む。

 今日は朝から、彩花とランニングをする予定だった。

 布団に戻りたくなる欲求に抗いながら、準備を進める。


 ジャージに着替えて階下で待っていると、やがて、とんとんとん、と足音が聞こえてきた。


「おはようございます、兄さん」

「おはよう、彩花さん」


 にこりと微笑む彩花に、挨拶を返す。

 彼女は中学校のジャージに身を包み、長い髪は後ろで括っていた。

 彩花の制服姿は何度も見てきたけれど、ジャージ姿を見るのは初めてだった。


 それがとても新鮮で、「起きてよかったな……」という気分になる。

 普段より活発そうな印象を与えつつも、それでも内から出る清楚な雰囲気。

 以前も思ったけれど、やはり同じクラスの男子たちはみんな恋に落ちているのではないだろうか……。こんな子が体育の授業で出てきたら、みんな見ちゃわない?

 見ているのかもしれない。


 ふたりで靴を履き替えていると、彩花は照れくさそうに口を開いた。


「実は目覚ましが鳴ったとき、起きるのが大変だったんです。このまま眠っていようかなって、思っちゃいました。でも、兄さんがいっしょに走ってくれるから、って起きられました。ありがとうございます」


 ふわりと微笑んで、そんなかわいいことを言われてしまう。

 起きたくなくて布団の中でもぞもぞする彩花を想像し、ほっこりと癒されてしまった。

 その言葉だけでも、早く起きた甲斐がある。


「いえいえ。少しでも役に立ったのなら、よかった」


 できるだけ平静を装いつつ、答える。

 彼女は嬉しそうに笑いながら、さらにこう付け加えた。


「もしわたしが起きてこなかったら、容赦なく叩き起こしてくださいね」

「ん? う、うん……」


 そんなことを言われると、ちょっと困ってしまうが。

 叩き起こせ、って部屋に入れってことだろうか。

 彼女の寝ている姿を見るのは、さすがにダメだと思うのだが……。 

 確かに以前、一度は寝顔を見たことがある。けれど、ベッドで寝ている姿とソファでのうたた寝では、だいぶ意味合いが違って……、あ、部屋には鍵掛かってるか。


 そうなると、扉をどんどん叩きながら「起きろー!」って声を掛けろってことだろうか……、それはそれで、急に家族っぽくなるが……。

 でも、寝起きでぽやぽやした彩花が部屋から出てきて、「すみません……」と言ってきたら、めちゃくちゃかわいいかもしれない。


「彩花さん。もしそうなったら、俺の頭を殴って記憶を飛ばしてくださいね」

「な、なぜそんなことを……?」


 彩花は困惑しているが、そんな姿を記憶に残しておくわけにはいかない。

 家の前で軽く屈伸運動をしながら、彼女に尋ねる。


「どの辺を走るか、彩花さん決めてます?」

「そうですね。河川敷を走るのがいいかな、と思っています。あそこなら、走っている方も多いですし」


 この辺りで走るのであれば、そのあたりが妥当だろう。

 適度なところで引き返すことを決め、ふたりして走り出した。

 まだ朝が始まったばかりの住宅地を、それなりの速度で走っていく。

 やがて河川敷へと出た。


 河川敷にはあまり人影はなく、遠くで犬の散歩をするおじいさんの姿が見える。

 川の水面は朝日に照らされてキラキラと反射し、朝の空気を強めていた。

 サアアア……、と流れる川の音が耳に心地よい。


 ふたり並んで、せっせと走っていく。

 理久は彩花のペースに合わせているが、それなりのハイペースですぐにお互い息が上がっていく。

 特に話をするわけでもなく、ただ黙々と真剣に走った。


「……………………」


 ひたむきに走る彩花の横顔を、つい盗み見てしまう。

 真剣な表情で前を見据える、その横顔。

 口からは荒い息が漏れて、走るたびに彼女の長い髪が大きく揺れた。

 普段はあまり見ることのない、真剣そのものな表情。


 あぁ、なんて綺麗な子なんだろう。

 この子に一目惚れしたことを思い出し、胸が痛くなった。

 いっしょに暮らしてから彼女をより知ることで、その恋愛感情は本物になった。

 それでも、彼女には今でもしっかり見惚れてしまう。 


 けれど、その顔が突然こちらを向いて、どきりとした。

 ただでさえ早い心臓をさらに早めるような、穏やかな微笑みを見せる。


「気持ちいいですね、兄さん」

「そうだね」


 そう返事をするものの、理久はあまり走ることが好きではない。

 昔、るかに「ダイエットする! いっしょに走ろう!」と提案されたときはすぐに嫌気が差し、同じようにるかも嫌になって三日坊主になった過去がある。

 けれど、隣に彩花がいるだけで、こんなにも幸せな気持ちになれてしまう。

 これだったら、朝起きるのも、苦手なジョギングもいくらでも頑張れそうだった。


 しばらく走ってからほどほどのところで引き返し、家の前まで帰ってくる。

 はあはあ、と荒い息になるものの、それだけに身体を使った実感があった。


「に、兄さん……、お付き合いありがとうございました……」


 膝に手をつき、彩花は息を整えている。

 汗がすうっと流れ、髪もほんとりと湿っていた。

 それでも彼女は微笑みを浮かべて、お礼の言葉を口にする。


 その姿がやけにいじらしく、そして愛おしかった。

 そのせいで、「本当に自分は、彩花のことが好きなんだな……」と実感するところでもあり、なんとなく直視できなくなってしまう。


 けれど、この調子ならすぐに体重も戻るのではないだろうか。

 初日から、割としっかりとした距離を走ることができた。

 ただ、不安要素があるとすれば。


「運動したあとに食べるご飯は、特別においしいですね……!」


 彩花が、朝ご飯をやけにおいしそうに食べていたことだが。

 これ、食べる量が増えてプラマイゼロどころか、プラスになったりしないだろうか……?

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