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翌日。
夜中。
理久は昨日と同じ二十三時くらいに、お腹を擦った。
夕食が早いせいか、この時間になってくると胃はすっかり落ち着いている。
とはいえ、昨日のように空腹感は覚えなかった。
あんなことは本当に稀だ。
お腹がすくことも、夜食を作るのも。
気まぐれ、と言ってもいいかもしれない。
「…………ん」
隣の部屋から、扉の開閉音が聞こえる。
ぺたぺたと足音が聞こえ、階下に降りていく音が耳に届いた。
彩花はこの時間でも起きているようだ。
きっと、まだまだ勉強に勤しんでいるんだろう。
「頑張ってるなあ……」
ぼんやりと言いつつ、思ったことがある。
彩花は受験生らしく、受験勉強を頑張っている。
理久としては彼女を応援したいし、できることがあるなら何でも言ってほしい。
彼女が望めば勉強も教えるし、尽力を欠かすつもりはない。
受験は人生の関門のひとつ。
そのタイミングで起こった環境の変化は、決して望ましくなかったはずだ。
だからこそ、少しでも彼女の応援をしたい。
「……よし」
彩花が部屋に戻ったのを確認してから、理久は部屋を出る。
キッチンに降りてから、冷蔵庫を確認。
気合を入れて、フライパンを取り出した。
そして、十数分後。
理久はおそるおそる、二階に上がっていく。
廊下の電気を消したので、彩花の部屋からはわずかに光が漏れている。
まだ彼女は起きていた。
扉の前で咳払いをしてから、控えめにノックする。
「あ、彩花さーん……」
声もいっしょに掛けると、しばらくしてから扉が開いた。
「兄さん? どうかしました?」
彼女が部屋から顔を出す。
理久が彩花の部屋を訪ねることは滅多にないので、不思議そうにきょとんとしていた。
自然と彩花の部屋を見そうになって、慌てて目を逸らす。
すると、何やらいい匂いを感じた。
部屋の中から、柑橘系の爽やかで甘い香りが流れてくる。
ルームフレグランスでも置いているのかもしれない。
そのままの姿勢で、彼女に問いかけた。
「実は、今日も夜食を作りまして。もし、お腹が空いていたらいっしょに食べないかな、と……」
「え、お夜食ですか」
彩花はあからさまに目を輝かせた。
その反応にほっとする。喜んでくれたのなら、よかった。
すぐに部屋から出てきた彩花とともに、階段を下りていく。
「兄さん、今日はなにを作ってくれたんですか?」
「黒チャーハンです」
「わぁ、すごいものが出てきましたね……!」
嬉しそうに言っていた彩花は、チャーハンも嬉しそうに頬張っていた。
おいしいおいしいと何度も繰り返す。
その姿を微笑ましく感じていると、こんなことまで言ってくれた。
「こんなお夜食を食べられるのなら、勉強すごく頑張れます!」
そんなふうに笑う彼女を見て、作ってよかったなあ、と理久は心から思うのだ。
それからというもの、理久は毎晩のように彩花に夜食を振る舞った。
彼女は本当においしそうに食べてくれて、それを楽しみに勉強を頑張っているようだった。
夜中に部屋の扉をノックすると、まるで尻尾を振るように出てきて、嬉しそうに夜食を食べ進める。
そんな楽しい日が続いていたけれど。
それも長くは続かなかった。