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好きな人が義妹になった  作者: 西織
文化祭の片隅で
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 理久から見ても、後藤は不器用だがやさしく、真面目そうな男だ。

 きっと周りに言い触らすこともない。

 しかし。

 それを伝えられるわけにいかない。

 絶対に。


 後藤だって、ごくごく普通の男子中学生だ。

 自分の想い人が全くの他人――、しかも年上の男性といっしょに暮らしていると聞いて、心穏やかにいられるはずがない。

 それは彩花自身も危惧し、だからこそ「恋人なんて作れない」と諦めた表情をしていたのだから。

 そして、後藤は理久の気持ちに気付いてしまった。

 理久が彩花を好きであることを知ったうえで、いっしょに暮らしていると知れば。


 そのとき、彼はどうなるだろうか。

 何も言わずにいられるだろうか。

 何も思わずにいられるだろうか。


 もしもそれで、後藤が彩花に理久の気持ちを伝えてしまえば。

 それでもう、この生活は終わってしまうのだ。

 彼は確かに口にしない、と約束してくれたけれど、それはあくまで現時点での話でしかない。

 すべてを知ったうえで、黙っていられるかはわからない。

 もし理久がその立場だったら。

 自分でも平静でいられるか、わからなかった。

 理久は喉に何かがへばりつくのを感じながら、口を開く。


「……どうだろう。俺は、やめておいたほうがいいと思います。嘘を吐くのは心苦しいけど……。あんまり、人に言いたい話でもないですし……」


 絞り出すような声で、何とかそう言う。

 説得力の欠けた、自分の願望でしかない言葉だった。

 理久自身の都合しか考えていない発言だ。

 それでも、そう言うほかない。

 肯定はできない。


「………………」


 理久の言葉に、彩花はすぐに返事はしなかった。

 もしかしたら、理久の様子がおかしいことに気付いたのかもしれない。

 じっと理久の目を見ていて、考えを探ろうとしているかのようだった。

 理久は思わず目を逸らし、祈るように彼女の返事を待った。

 やがて彩花は、いつもどおりの声色で言葉を紡ぐ。


「兄さんがそう言うのなら、そうしようと思います」


 胸が痛む。

 苦しくなる。

 彼女の顔は見られなかった。

 彩花に罪悪感を押し付けて、自分の保身に走っている。

 彼女に後ろ暗い感情を抱えてしまった。


 ほとほと嫌気が差す。

 自分が嫌になる。

 それでも理久は、その考えに同意するわけにはいかなかった。

 どれだけ自分が情けない、格好悪いと感じていても。


「……………………」


 そして、ふと思う。

 もし、理久と彩花の関係を知れば、後藤は苦しむだろう。

 嫌な気持ちになると思う。

 その際に、理久や彩花に対して何か行動を起こすかどうか、それはわからない。

 ただ、なんとなく感じていることがある。


 後藤はきっと、それを乗り越えてしまうのではないだろうか。

 彼はまっすぐな男だ。

 彩花からこの話を聞いたとしても、後藤は彩花にアプローチを続けるのではないか。

 彩花自身が、この状況で恋人は作れない、と感じていても。

 いずれ、こんなふうに言うのかもしれない。


『自分は一向に気にしない。自分はあなたを支えたい。もしそれが原因で交際を断ったのなら、もう一度考え直してくれないか』


 彩花は、理久の存在があるからこそ、「交際なんてできない」と考えている。

 けれど、それさえも飲み込んで、いっしょにいたい、と後藤が伝えたら。

 彩花の懸念を消してしまったら。

 そうなったとき、それでも彩花は後藤からの交際を断るだろうか。


「………………」


 本当は、そうなるのが一番なのかもしれない。

 佳奈の希望どおり、後藤は彩花を理久から守り。

 彩花は後藤のおかげで安心して生活できるようになり。

 そうなるのが、すべて丸く収まった結果なのかもしれない。 

 こんなこと、るかに話せば「弱気になるなよお」と怒られてしまうかもしれないが。


 怖かった。

 彩花がもしも、罪悪感に負けて、後藤にすべてを話してしまったら。

 後藤がこの状況を知ってしまったら。

 そうなればもう、この生活は終わってしまう。

 自分の立っている場所が、薄氷の上であることに改めて気付いてしまったのだ。


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