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好きな人が義妹になった  作者: 西織
文化祭の片隅で
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「……まずいこと言いましたか、俺」


 理久のただならぬ様子に気付いたようで、後藤が戸惑いの声を上げる。

 もうごまかしても間に合わない。

 後藤に口止めをお願いするしかなかった。


「……後藤くん。その。俺がそういう気持ちを持ってるって、彩花さんや佳奈ちゃんにも伝わってると思う?」

「いえ。多分、俺だけじゃないですか。三枝も宮沢も、気付いてないと思います」


 そこだけは、ほっと安堵の息を吐く。

 もしも、ほかの人にも勘付かれるようだったら、とっくにおしまいだった。

 とはいえ、十分に追い詰められている。

 理久は目を伏せて、懺悔するように彼に告げた。


「後藤くん。さっき、俺は彩花さんを妹のように思っている、と言った。きっと彩花さんも、俺を兄のように感じてくれてると思う。俺は、その関係を壊したくない。壊すこともない。だから、この話は黙っていてほしいんだ」


 後藤に頭を下げる。

 真剣な気持ちは伝わったようだが、なぜ理久がそこまでするかはわからないらしい。

 困惑しながらも、口を開く。


「人の恋愛感情を言い触らすような趣味はないすよ、俺」

「ありがとう。今までどおりにしてくれると、助かる」


 そう言って頭を上げるが、彼は釈然としないようだった。

 色々あるんでしょうね、と呟いてから、約束します、と言ってくれた。

 ひとまずは、安心だろうか。

 大きな爆弾を抱えていることに変わりはないけれど。

 かといってこれ以上、理久にできることもなかった。


 後藤は、廊下に目を向ける。

 玄関の扉が開いた音がし、彼女たちが帰ってきたことがわかった。


「よくわかんないですけど、しんどいでしょうね」


 その言葉には、返事ができなかった。

 彩花たちが部屋に戻ってきたから。

 後藤は約束どおり、先ほどのことなんて全くなかったように振る舞ってくれた。

 それだけが救いだった。



 三人が帰ってきたあと、何事もなく勉強会は再開された。

 結局、佳奈がふたりをコンビニに誘った理由はわからずじまいで、テーブルの上にお菓子が広げられただけだった。

 佳奈があんなことを言い出してなければ、後藤に悟られることもなかったかもしれない。そんなふうに逆恨みしそうになったが、どちらにせよ後藤に気持ちを隠し続けるのは難しかったかもしれない。

 それならば、しっかりと口止めできたのは僥倖だった。そう前向きに考えるしかない。



 目立った異変はそれくらいで、勉強会はつづがなく終了する。

 佳奈が再びおかしなことを言い出すこともなく、後藤の様子も変わることなく、三人ともしっかり勉強は進んだようだ。

 家の外で夕暮に照らされながら、中学生たちは「お邪魔しました」と頭を下げる。

 ひとり、おかしな挨拶をさせられている人がいるけど。

 今日はるかもいっしょに帰るらしく、四人で住宅街を歩いていった。

 その背中を見守り、理久がほっと息を吐いていると。


「小山内さん」


 佳奈が小走りでこちらに戻ってきた。

 

「どうしたの、忘れ物?」


 彼女はそれに答えることなく、その場で頭を大きく下げた。

「すみませんでした」と謝罪の言葉もついてくる。

 え、なに、どうしたの、と理久が慌てると、佳奈は頭を下げたまま口を開いた。


「わたしは小山内さんのことを誤解していました。あなたは彩花に悪さをする人ではなさそうだし、何より彩花が信頼してる。わたしもあなたを信じることにしました。色々と失礼なことを言ったし、実行もしました。ごめんなさい」


 わっと言葉を浴びせられて何事かと思ったが、どうやら謝罪したいらしい。

 彼女の一方的な疑いが晴れたようだ。

 元々ただの佳奈の思い込みだし、いつかはわかってくれるだろうと思ってはいたけれど、こうしてはっきりと誤解が解けたのは喜ばしい。

 あぁそうなんだ、よかった、と胸を撫でおろす。

 勉強会に参加した甲斐があったというものだ。


「ですが」


 佳奈はぱっと顔を上げ、じっとこちらを見上げる。

 その瞳からは、とても信頼や安心といった感情は窺えない。

 理久が戸惑うのも気にせずに、強い口調で彼女は続ける。


「あなたは男性で、彩花は年頃のかわいい女の子です。そんなふたりがひとつ屋根の下……、あなたに魔が差したり、おかしな感情に囚われる可能性は十分にあります。ですからわたしは、あなたをこれからも警戒し続けます。きっと失礼な態度を取るでしょうし、不快な思いをさせるかもしれません。なので先に謝罪しておきます。ごめんなさい」


 再び大きく頭を下げたあと、「それでは」と言って、佳奈は颯爽と踵を返した。

 その勝手すぎる宣言に、理久はぽかんと見送ることしかできない。

 つまり、それは。


「何も変わってないってこと……?」


 ぼんやりと呟く。

 一旦誤解は解けたものの、それはそれとして何かしでかす可能性はあるのだから、警戒は続ける。

 彼女はそう言いたいらしい。

 なんというか、むしろ状況が悪くなった気さえした。

 犯行の疑いは晴れて無罪になったのに、執行猶予はついた、みたいな。

 何もしていないのに。

 何もしないのに。


「……まぁでも。佳奈ちゃんの心配もあながち間違いじゃないか……」


 ため息まじりで呟く。

 理久は彩花のことを好きになってしまったし、暴れる感情に手を焼いている。

 もちろん彩花を傷付けるようなことは決してしないが、その感情自体が相手を不安にさせるに十分なものだ。


 佳奈の言うとおり、ひとつ屋根の下で暮らしているのだから。

 佳奈には伝わっていないと信じたいが、佳奈が警戒したくなる何かを理久自身が持っているのかもしれない。


「もっと気を付けなきゃダメか……」


 夕暮の空を見上げて、大きなため息を吐き出す。

 理久は彩花のことが好きだ。

 けれど、その感情は知られてはいけない。行動を起こしてはいけない。

 自分の存在がいかに彩花を不安定にさせるのか、周りから延々と指摘されているような気分だ。

 後藤はいいな、と改めて羨ましく感じた。

 考えても仕方がないことだけれど。




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― 新着の感想 ―
[一言] 別行動の時何話したのかわからないけど謝罪後にコレってもうサイコパスだよ……なんなんだこの女……
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