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好きな人が義妹になった  作者: 西織
好きな人が義妹になった
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「あ、あのっ。わたし、家事やります。お任せしてもらっていいですか?」


 どうにかその空気を破るように、彩花は弱々しくも明るい声を出した。

 それに乗っかろうとして、父が大袈裟なくらいに何度も頷く。


「おお。それは助かるよ、彩花ちゃん。うちの家事はありがたいことに、全部理久がやってくれてたんだけどね。これからは、ふたりで分担してもらってもいいかな? な、理久。彩花ちゃんにも協力してもらおう」


 話を振られて、理久は頷く。先ほどの空気は見なかったことにして。

 彩花たちが軌道修正しようとするのなら、理久だってそれには逆らわない。

 思考を家事に向ける。

 そうか、良いこともあるんだな、とちょっとだけ嬉しくなった。


 理久は家事が好きなわけではない。

 むしろ今でも面倒だと思っている。

 それでも理久が家事を担当しているのは、父に任せきりでは申し訳ないと感じたからだ。

 母親が亡くなってからというもの、父親が何かと自分のために無理をしていることはわかっていた。


 ただでさえ、仕事が忙しかったというのに。

 その負担を少しでも軽くしてあげたい、と家事を少しずつ覚えていくうちに、ほとんどの家事を理久が担当していた。

 それを特別嫌だと感じたことはないけれど、楽になるのなら歓迎だ。

 目の前に座る少女に、そっと話し掛ける。

 当然緊張したが、それは必死で飲み込む。


「ええと。じゃあ、ふたりで分担しましょうか」

「はい。あ、でも……、ごめんなさい。わたし、料理だけは全然できなくて……」


 しゅん、としながら肩を落とす彩花。

 しゃなり、と長い髪が肩の上を滑っていく。

 それに目を奪われそうになりながら、理久は下手くそな笑顔を作った。


「わかった。じゃあ料理当番は俺がやりますね」

「すみません……。では、掃除はわたしがやります」

「掃除やってくれるんですか? それなら、俺が洗濯やろうかな」


 一番面倒だと思っていた掃除を担当してくれるのは、とても嬉しい。

 しかし、掃除は範囲が広いし負担も大きい。

 それなら、ほかのことを自分が受け持ったほうがよさそうだ。


 そう思っての発言だったが、彩花は気まずそうにそっと視線を伏せた。

 そうしてから、隣の香澄に目を向ける。

 それは明らかに、助けを求めるような目だった。

 香澄はその目を受けて、頬に手を当てる。小さく首を傾げ、何かを言い掛けて、閉じた。困ったような顔をしている。


 ……なんだ、この空気は。

 理久が困惑していると、父がそっと口を開いた。


「えーと……、理久。女性がふたりもいるんだし、洗濯は彩花ちゃんにやってもらったほうがいいんじゃないかな……。ほら、彼女も見られたくないものだってあるだろうし、いくら家族になるとはいえ……、ね……?」


 父親に諭すように言われ、急速に理解する。

 その瞬間、羞恥で頭がおかしくなりそうになった。

 理久は、こんな可愛らしい子の服、そして下着を「俺が洗っておくね」と宣言したのだ。

 バカタレか。

 思春期女子がどうのこうの父親に言っていたのは、どこのだれだ。

 沸騰したように顔が熱くなり、しどろもどろになりながら必死で弁明する。


「いやあの、すみません、そういうつもりじゃなくて! わ、わざとじゃなくて、あくまで家事の分担の流れで言ってしまっただけで、見ようと思って言ったわけじゃないんです! せ、洗濯はお任せします!」

「いや、あの、理久くん。ごめんね、最初からこっちがそう言えばよかったのに。うん、ごめん」


 あまりにも必死になったせいか、香澄が苦笑しながら手をふりふりとし、彩花は頬を赤く染めて俯いていた。

 申し訳なさすぎる。

 早速困らせてしまった……。


「洗濯はお任せするので……、掃除は、いくつか、俺も受け持ちます……」


 それだけ何とか伝えると、彩花はこくんと頷いた。

 理久は照れ隠しのために、お寿司に手を伸ばす。

 しかし、話し込みながら結構な量を食べていたせいか、胃袋が満腹を主張し始めていた。

 いくらを食べ終わったあたりで、ふう、と息を吐く。


「お腹いっぱいだ……」


 己の腹を撫でながら呟くと、香澄が目を丸くする。


「あれ。理久くん、もうご馳走様? 小食だったりする? 高校生の男の子だから、もっとたくさん食べるものかと思ってた」

「あぁ、そうですね。周りに比べたら小食かもです。部活やってた頃はもうちょい食べてましたけど、今はやってないですし」

「そっかぁ。慎兄と同じだ。慎兄も昔から食が細いもんね」

「あぁ、そうかも。その辺は僕に似ちゃったのかもしれないなあ」


 父は妙に嬉しそうに笑う。

 昔から父は、理久と似ているところを指摘されると、こんなふうに温かい笑みを浮かべた。

 息子としては何ともむず痒いのだけれど。

 そんな話をしていると、彩花がピクリと肩を揺らす。

 彼女の目が理久と父の間を行ったり来たりしていた。


「ご馳走様でした」


 彩花が上品に手を合わせ、静かにそう呟く。

 お祈りをするようなその仕草に、やけに心を奪われそうになって目を逸らす。

 彼女のひとつひとつの動作に、目が吸い寄せられてしまう。

 心を落ち着かせていると、香澄が不思議そうな声を出した。


「あれ。彩花、もういいの?」

「うん。もうお腹いっぱいだから。そんなにお腹空いてなかったのかも」


 彩花に合わせたわけではないだろうが、父も香澄も箸を置いた。全員が既に満腹のようだが、寿司桶の中にはまだまだ寿司が残っている。さすがに捨てるのは勿体ない。

 理久はそれを指差し、父に問いかけた。


「これ明日の朝食べる?」

「あぁ、じゃあそうするよ」

「ん。じゃあ冷蔵庫に入れておくよ」


 食器棚から皿を出して寿司を移そうとすると、慌てて彩花が立ち上がった。


「あ、あの。わたしやります」

「え、あ、いや、大丈夫です、これくらい……」


 ススっと近付かれると、思わずビクッとしてしまう。

 なんというか、家の中で女の子が接近してくるシチュエーションに馴染みがなさすぎる。るかは例外だし。 

 大袈裟に反応してしまうのも恥ずかしいが、これもしょうがないと思う。相手が相手だ。


 彩花は手を差し出していたが、理久が断ったせいで中途半端な位置にとどまっている。かといって、理久も今更お願いします、とも言いづらく、互いに微妙な姿勢で固まってしまう。


「あぁじゃあ、彩花ちゃん先にお風呂入ったら? もう沸かしてあるし」


 理久たちの不格好なやりとりを見兼ねたのか、父が助け舟を出す。

 けれど、彩花は驚いたように両手を持ち上げ、ふるふると横に振った。


「いえ、わたしは……。最後で大丈夫です。あの、勉強もしなくちゃいけないので……」

「あ、そう……? んー……。あ、じゃあ香澄が先に入ったら? どう?」

「え? でも……。あっ。うん、そうね。じゃあお先に頂いちゃおうかな」


 香澄は最初、微妙な表情を浮かべていたが、納得したようにそそくさと部屋を出て行った。

 ここで遠慮をすると、却って変な空気になると悟ったのだろう。

 理久も彩花も、その辺りがなかなか上手くできない。


 そう思っていたからこそ、彩花が「洗い物をする」と言ってくれたときは、理久は素直に任せられた。洗うものがそこまでなかったから、というのもあるけれど。

 彩花は手早く洗い物を終えて、「失礼します」と頭を下げてから、部屋に上がっていった。


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