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好きな人が義妹になった  作者: 西織
文化祭の片隅で
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「小山内さんは、好きな人っているんですか」


 急な質問に戸惑う。

 口ごもって、すぐには返事ができなかった。

 いるかどうかで言われれば、いる、だ。

 けれど、その相手の名前は絶対に明かせない。

 そう感じたからか、理久は咄嗟に「いないけど……」と答えてしまう。

 後藤は視線をソファに向けて、その場にいない彼女の名を口にした。


「望月さんは違うんですか」

「るかちゃん? 違う違う、そういうのじゃない。るかちゃんは姉みたいなものだよ」


 今まで何度も繰り返したやりとりだけあって、すんなりと言葉が出る。


「兄弟いっぱいいるんすね」


 皮肉や冗談で言ったわけじゃないだろうが、その物言いに笑ってしまった。

 一人っ子なのに血の繋がらない姉妹がふたりもいる。

 しかし、笑っているのは理久だけで、後藤は仏頂面で顔を伏せてしまった。

 そのまま、ぼそりと呟く。


「お察しのとおり、俺は三枝のことが好きなんすけど。でも前に、告白したらフラれてしまって」

「………………」


 そんなことまで言ってしまうのか、とたじろぐ。

 それとも、好意がバレているからいっそのこと、という感じだろうか。

 理久が戸惑っていても、後藤の話は続いていく。

 今度は独り言のように彼は言った。


「でも、どうなんですかね。俺、三枝のことまだ好きなんですよ。フラれて、はいそうですか、と割り切れなくて。終わってなくて。周りは『さっさと次の恋を探せ』って言うんですけど……、気持ちってそんな簡単なもんじゃないし。こういうときって、どうしたらいいんすかね」

「ううん……」


 難しいことを言う。

 彼がどういった意図を持って、この話をしているかはわからなかった。

 ただ単に、年上で、彩花の近くにいる理久に訊いてみたくなっただけかもしれない。

 けれどそれなら、理久よりもるかに相談したほうがいい。理久では持っている経験も視野も、後藤と大して変わらないだろう。

 年齢がひとつ上なだけじゃ、彼に大したアドバイスはしてやれない。


 ただただ、むず痒くなってしまうだけ。

 自分と同じ女性を好きになり、交際を断られ、「でもまだ好きなんですよ」と言われて、何を答えればいいのか。

 打算的なことを考えれば、「次に行ったほうがいい」と告げて、彩花を諦めてもらったほうがいい。

 しかし、そんな不誠実なこともできなかった。


 そして何より。

「君は『好きだ』と言えるだけいいじゃないか」、という気持ちが理久の頭の中でいっぱいになり、ろくな考えが浮かばなかったのだ。


「……俺には、あんまりいい考えは言えそうにないかな。申し訳ないけど」


 正直に自分の意見を伝える。

 油断すると無愛想な口ぶりになってしまいそうだったので、そう聞こえないよう努力した。

 すると、後藤は黙ってじっと理久の目を見る。


「…………?」


 その視線に違和感を覚え、困惑してしまう。

 頼りない答えに呆れているわけでも、怒っているわけでもない。

 ただ理久を観察するようにじっと見ていた。


「――小山内さん」


 後藤は視線を逸らすことなく、重苦しい声でこう続けた。


「――あなたは、三枝のことが好きなんでしょう」

「――――――――」


 脳が痺れるような感覚に陥る。

 上下の区別がつかなくなり、ガシャガシャと世界を揺らされたようだった。

 そのままどこかに落ちていってしまいそう。

 なぜ、という疑問が頭の中でいっぱいになる。

 先ほど、明確に否定したはずだ。


 どんな関係なのかと訊かれて、「妹みたいなものだ」と答えた。

 そして、るかは「姉のような存在だ」と。

 同じように答えたはずなのに、それでも後藤は踏み込んで、はっきりと「彩花のことが好きなんだろう」と言い当てて見せた。


 そこにはきっと、何かしらの確信を持つことがあったに違いない。

 だからこそ、軽々に否定できない。

 違う、と言ったところで、彼の考えをより裏付けそうなのが怖かった。

 だからだろうか、後藤は自分から話し出す。


「同じ子を好きだから、ってことなんすかね。不思議と、わかるんです。三枝のことを好きな奴って。目が、違うから。数が多かった、ってのもありますけど。今のところ、外したことはないです」


 その言葉に、怯んでしまう。

 目が、違うから。

 あぁそうだろう。

 きっと彩花を見る自分の目は、まるで違うものになっている。

 愛おしさにやわらかくなることや、眩しさに目を細めてしまうこともある。

 ほかの人を見る目とは、別物だ。


 理久だって、後藤が彩花を好きなことはすぐにわかった。

 あれほど露骨じゃないにせよ、後藤は同じ臭いを理久から嗅ぎ取ってしまった。

 何度も経験してきたからか、後藤はもはや確信を抱いているように感じる。

 今更、どう取り繕っても隠し通せるとは思えなかった。


「…………」


 この状況は、まずい。

 後藤に理久の気持ちが知られてしまった。

 もしも、これがそのまま彩花に伝わってしまったら。

 それで終わりだ。

 この生活はすぐにでも破綻する。


 足が震えるのは必死に止めたものの、ぎゅっと拳を握っても冷や汗が流れる。

 ぐるぐると目が回り、気持ち悪くなった。

 ここで平然と、「何言ってんの、そんなわけないでしょ」と笑い飛ばしてしまえば、後藤も半信半疑でいてくれただろうか。

 どちらにせよ、もう遅い。

 理久は態度で示してしまった。


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