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好きな人が義妹になった  作者: 西織
文化祭の片隅で
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「……………………」


 後藤は無表情で玄関に佇んでいる。

 大して知らない中学生が自分の家にいるなんて、なんだか不思議な光景だ。

 彼自身、決して居心地がいい場所に赴くわけではないのに、こうして姿を現している。

 それだけ、彩花のそばにいたいのだろう。

 なんとなくだけれど、後藤がここに来たことは「諦めきれない」とか「未練があるから」というよりは、「彩花といっしょにいられるなら」という純粋な思いであるように感じる。

 実際はわからないけれど。


「あの。これ。今日はお邪魔するので、三人で買ってきました。つまらないものですが、お受け取りください」


 後藤は硬い表情のまま、持っていた箱を突き出す。

 慌てて、理久は頭を下げて受け取った。


「こ、これはこれはご丁寧に。ありがとうございます……」

「なに、ここ仕事先か何かなの?」


 隣に立つるかがけらけら笑っているが、中学生が手土産を持ってきたら恐縮もする。

 受け取って改めて見ると、箱には見覚えのあるロゴがあった。


「あ。これ駅近くの洋菓子屋さん?」

「知ってましたか。三枝がクッキーがとてもおいしいと言っていたので、ここにしました」


 知ってるも何も、彩花といっしょに買いに行ったことがある。 

 彼女はここのクッキーをいたく気に入っていたようだし、「また来たいですね」と笑顔で言っていた。可愛かった。いや、それはいい。


「……………………」


 ちらりと彩花を見ると、彼女は気まずそうに視線を逸らした。

 隣の佳奈もじっと彩花を見ている。 

 うん、迂闊だよね……。

 彩花がなぜ「お邪魔します」と言ったのか。

 それは、後藤の前だからだ。


 親が再婚したことを、彩花はあまり周りに知られたくなかった。

 理久だってそれは同じだし、特に佳奈が殊更に過剰反応しているから、その心の動き自体は何らおかしくはない。

『クラスの男子に知られたくない』と感じるのは、思春期女子として当然のことだと思う。

 そのために、彩花はこんな小芝居をしていた。

 小山内家は今、彩花の家ではないのだ。


 彩花はわざわざ「いってきます」と苦笑しながら家を出て、外で後藤たちと合流し、我が家に戻るために手土産を買って、帰ってきたのが今だ。

 それらはすべて、クラスの男子には知られたくない、という思いから。だというのに、後藤に「なんでこんな場所のお店を知ってるの?」と訊かれかねない行動をなぜしてしまうのか。


 以前の食べる量を我慢していた時期から薄々察していたが、彩花は嘘も下手だし、隠し事も苦手だ。

 彼女らしいとは思うけれど。

 後藤が勘付かなかったことに安堵しながら、理久は廊下の奥に手を向けた。


「まぁどうぞ。上がってください」


 理久はるかを引き連れ、三人をリビングに案内する。

 ちなみに両親は朝から買い物に出ている。きっと気を遣ってくれたのだろう。

 リビングのテーブルは十分なスペースがあるので、そこで勉強会をするつもりだ。


「………………」


 佳奈はリビングに入った途端、周りをきょろきょろと見回している。

 まるで何かの証拠を探すように、鋭い視線をあちこちに向けていた。

 残念ながら、たとえ理久がよからぬ男だったとしても、リビングには何も証拠は残さないと思う。


「佳奈ちゃん、人の家を見過ぎじゃない?」


 るかが冗談半分に指摘すると、佳奈ははっとして「す、すみません……」と顔を俯かせた。

 さすがに失礼だという自覚はあるらしい。

 ……悪い子ではないんだけど。

 佳奈は気まずそうにしながら、さらにおずおずと申し出た。


「……それとすみません。来て早々申し訳ないのですが、お手洗い借りてもいいですか」


 理久にそう問いかけてくる。

 トイレの位置を教えようとすると、彩花が廊下に目を向けて口を開いた。


「お手洗いは、廊下に出て……」

「トイレは廊下に出てすぐ右だからご自由にどうぞ!」


 自然にトイレの案内をする彩花の声を、理久が遮る。

 あっ、という顔をする彩花、呆れて頭を振る佳奈、苦笑いのるか。

 状況を知らない後藤だけが、理久に不審そうな目を向けたのが申し訳なかった。

 彼に、大声でトイレを案内する変な男性、という印象を与えてしまった……。

 佳奈が出て行ってから、理久はため息まじりで飲み物の準備をする。


「あ、にいさ……、小山内さん。手伝います」


 彩花がキッチンに来てくれて、やや遅れて後藤も腰を浮かせた。

 しかし、それほど人数は必要なさそうなことを悟り、中途半端に浮いた腰のまま視線をこちらに向けている。


 るかが「そんな気を遣わなくて大丈夫だよ」と声を掛けたので、後藤はゆるゆると腰を戻した。

 基本的にいい子なんだよな、彼も。

 そちらに視線を引っ張られていると、彩花が慣れた様子で食器棚に手を書けようとする。


「彩花さんっ? コップは俺が出すから、お茶を入れてもらえる?」

「はっ。……あ、は、はい……、コップがどこにあるかわかりませんからね……」


 彩花が自然にコップを出そうとしたので、声を掛けた。

 慌てて麦茶のポットを受け取ってくれるが、こんな調子では何とも不安だ。

 絶対どこかでボロ出しそう。

 大丈夫かなあ……、と不安になっているうちにお茶を淹れ終え、テーブルに運ぶ。

 すると。


「……なぁ三枝。もしかして、三枝ってこの家に――」


 後藤からそう声を掛けられてしまう。

 途端に緊張して固まる彩花。

 どうやら現時点でもう手遅れだったらしい。

 あぁ秘密は守れなかったか……、と理久が心の中で頭を抱えていると。


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