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彩花からしても、るかは大人っぽくて何でもそつなくこなしそうな、頼りになるお姉さんだろう。
そんな彼女が自分の親友を好き、というのは結構な衝撃だったらしい。
「そっか……、るかさんが、佳奈のことを……。そっかぁ……」と驚きの表情で繰り返している。
しばらくその事実を反芻したあと、彩花がおそるおそる尋ねた。
「ええと、それは文化祭でお会いしたときに……?」
「うん、そう……。わたし、あーゆー真面目で不器用な学級委員長タイプ? 物凄く好みで……。話しているうちに、こう、心がきゅんきゅんしちゃって……」
「きゅんきゅん……。確かに、佳奈は真面目ですし、あまり器用なタイプではありませんが……」
「るかちゃん、昔からそういう子を好きになりがちだから」
「そ、そうなんですね……。でも、ちょっと意外でした……。佳奈は年も下ですし……」
彩花がそう言うのもわかる。
彼女自身が落ち着きのある視野の広い人物だからこそ、同じように聡明な人物や年上が好きなのではないか。そう感じたのではないだろうか。
しかし、るかの性癖を知っている理久は、それが誤解であることをよく知っている。
よせばいいのに、るかは赤い顔で願望を口にした。
「年下の女の子に……、怒られたいなあ……、っていう……、欲求がありまして……」
「……………………」
彩花には伝わらなかったのだろう、小難しい顔で首を傾げている。
視線がどこか遠くにいってしまった。
思わず、理久は呟いてしまう。
「やめときなよ、るかちゃん。その願望、気持ち悪いよ」
「う、うるさいなぁ……っ! い、いいじゃんか、別に……っ! 好みなんて、人それぞれでしょぉ……!?」
珍しく取り乱し、るかは強く主張する。
別にそれはいいんだけど、あんまり彩花に変なことを吹き込まないでほしい。
彩花は言及を諦めたようで、ジュースを口に含んだ。
落ち着いてから、長い髪を揺らす。
「ええと……、それで、るかさん。わたしに相談というのは、なんでしょう?」
話が戻り、るかは緊張した面持ちを見せた。
小声になりながらも、一生懸命に決めていたことを話す。
「う、うん。こう、なんというか、彩花ちゃんに協力してもらえないかなって……。仲を取り持って、とまでは言わないんだけど、佳奈ちゃんと話したり、会う機会を作って欲しくて。それができるのは、彩花ちゃんしかいないから……。わたしと佳奈ちゃんに接点はないからさ……」
「な、なるほど……」
彩花はこくこく、と頷く。
恋愛話が興味深いのか、それともるかの力になりたいのか、その表情は真剣そのものだった。
ちなみにこれは、理久とるかであらかじめ相談していたことだ。
るかが恋心を自覚し、佳奈と接触したい、と願ったから。
理久も応援しているし、彩花への協力を要請しよう、という話になった。
それをるかは口にしていく。
「たとえば……、彩花ちゃんに佳奈ちゃんを誘ってもらって、どこかにみんなで出掛けたり、とか。したいなって……。あ、勉強会でもいいよ。とにかく集まる機会が欲しいの。そこで佳奈ちゃんと友達になれるよう、わたしも頑張るから」
「……………………」
それまで圧倒されながらも頷いていた彩花が、黙り込む。
スイーツにときめいていた瞳は思慮深いものに変わり、そのまま淡々と口にした。
「誘うこと自体は、全く構いません。ただ、佳奈は意外と気難しい子というか、ちょっとだけ人見知りっぽいところがありまして……。わたしが誘っても、来てくれるかはわからないです……」
そう口にしてから、しょぼん、と肩を落としてしまう。
理久からすると意外でも何でもないのだが、佳奈が気難しいのはわかる。
彩花に誘われたからと言って、るかと会うことに乗り気になるかと言えば、あまりそうは思えない。
そこは想定していた。
なので、理久が口を挟む。
「そこに、俺がいたらどうですか。俺を含めた四人なら。佳奈ちゃんは俺のことを知りたがってる……、とは違うか。見たがってる? 見張りたい……? まぁとにかく、この四人で集まろうって言えば、来てくれそうじゃないですか?」
佳奈は理久を警戒している。
釘を刺し、牽制し、文化祭では様々なちょっかいを掛けてきた。
それの延長戦をやろう、と言えば彼女も出てくるのではないか。
しかし、理久の言葉に彩花は複雑そうな表情になる。
「……兄さん。でも、それは。佳奈がどういった感情を兄さんに向けているか、わかったうえで言ってますよね……?」
「もちろんです」
頷く。
当然だ、わかって言っている。
答えを聞いた彩花は黙り込み、浮かない表情をしていた。
まぁ文化祭で佳奈がしでかした失礼な行動を見れば、そんな表情にもなる。
彩花を安心させるためと、純粋な本音、それらを混ぜて理久は口を開いた。
「るかちゃんのためでもあるけど、これは俺のためでもあるんです。佳奈ちゃんは俺に、変な誤解をしているから。その誤解を解くためにも話がしたい、って思いはあるんです」
「あぁー……」
彩花は納得したような、そうでもないような声を出す。
不安が先行していることは、その表情を見ればわかった。
佳奈の態度を見る限り、警戒を解いてもらうのは難しい気もする。
それでもこのまま何もせずにいるよりはいいだろうし、もし誤解が解ければ万々歳だ。
それに、るかと引き合わせる口実になれるのなら、喜んでやる。
けれど、完全に納得することはできなかったようで、迷いながらも彩花は答えた。
「では……、一度……、佳奈に提案してみますね……?」
「ありがと~、彩花ちゃん~。恩に着る~」
るかが両手を合わせて大袈裟に拝むと、それでようやく彩花の表情がやわらいだ。
そして、彩花のフォークがカツン、とお皿をつつく。
それを見て、「あっ」と声を出し、彩花は席を立った。
「すみません、おかわり行ってきますね」
そそくさと次のスイーツを取りに彩花は離れて行った。
あれを本当に食べ切ったし、次も食べるんだ……、と彼女の胃袋におののいていると。
るかが理久の肩に手を置いた。
「ごめんね、理久。一番損な役回りさせて」
「いや、全然いいよ。嘘吐いてるわけでもないし。佳奈ちゃんの誤解が解けるのなら、そのほうがいい。まぁ何より、俺を出汁にしてるかちゃんの恋路が進むのなら、喜んでやるよ」
「理久ぅ……。愛してる~」
そのまま肩に手を回され、ぎゅうっと引き寄せられた。
るかが理久の幸せを願うように、理久だってるかには幸せになってほしい。
この恋路が、少しでも良いものになるといいのだが。
「………………」
いや、どうなるのかなあ。
理久は不安が湧き上がってくるのを感じた。
後日。
彩花は学校から帰ってくるなり、「兄さん、兄さんっ」と駆け寄ってきた。
パタパタ制服を揺らす姿は可愛らしいが、表情は何とも難解だ。
困っているような、戸惑っているような、それでいて、こちらを窺うような。
不安を覚えつつも、彼女に尋ねる。
「どうしたんですか?」
「あの。るかさんのお話の件です。今日、佳奈に話をしたんです。そしたら、返事もその場でくれて」
「おお。どうでした?」
「それが……」
そこで彩花はこめかみに指を当てる。
何とも言い辛そうにしながら、「~~って言うんです」と続けたのだ。
ううん、と理久は腕を組む。
彩花があれだけ複雑な表情をするのも、納得だった