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「彩花さんって、苦手なものとかあるんですか?」
前に聞いたときは、特にない、という感じだった。
あのときとは状況が違うし、「食べられないもの」と「苦手なもの」は意味合いが変わってくる。
今の彩花なら答えてくれそうな気がして、素直に尋ねた。
すると、彩花はちょっとだけ困った顔をして答える。
「実は……、辛い物が、苦手です」
「え、そうなの。俺、カレーとか作っちゃいましたけど……」
その答えに焦りを覚えた。
激辛! というわけではもちろんないが、カレーには中辛のルーを使っている。
あれは大丈夫だったんだろうか、と心配になっていると、彩花はふにゃっとした笑みを作った。
「兄さんのカレーは好きです」
そんな可愛らしいことを言ってくれる。
心がほわほわと温かくなるのを感じつつも、今後は辛い物は作らないと心に誓った。
そんな話をしながら、理久たちはスイーツを食べ進めていく。
たくさんのスイーツに囲まれてご満悦な彩花は、口に運ぶたびに「ん~……」と幸せそうな声を出していた。
理久はもちろん、るかも微笑ましそうにその姿を眺めている。
「いや、喜んでもらえてよかった。理久から、彩花ちゃんは食べるのが好き、って聞いてたから。こういうのが一番いいかな、って思ったんだけど」
るかが笑顔でそう言うと、ご機嫌に食べ進めていた彩花の手がぴたりと止まる。
そのまま、なぜか恨めしそうに理久を見た。
頬を赤く染めながら、少しだけ唇をとがらせる。
「そ、そんなこと言ったんですか、兄さん……。そんな、そんな、人を、食いしん坊みたいに……、言わなくても……」
食いしん坊ですがな。
むしろ、この状況でそれを恥じる必要があるのだろうか。
ちょっと拗ねてしまった(かわいい)彩花に対し、るかはさらりとフォローに回る。
「甘い物が好きだったらだれだってときめくでしょ、ここは。彩花ちゃんが特別食いしん坊ってことはないと思うよ」
「そ、そうですよね。るかさんもたくさん食べてますし」
安心したように笑みを浮かべる彩花。
さりげなく、るかは自分の株だけ上げつつ、理久をほったらかしにしたのが気になるが。
まぁでもこれは、口を滑らせた理久が悪いのかもしれない。
いや、食いしん坊だと思うけどなあ……?
そうしているうちに、やがてお腹も満たされてきた。
彩花も落ち着いてきた辺りで、るかが本題に入る。
「今日は付き合ってくれてありがとね、彩花ちゃん」
「あ、いえ。ええと、るかさんは何か相談したいことがあるんですよね」
手で隠しながらもぐもぐ、と口を動かしたあと、彩花はそう返事をする。
今日集まったのは、彩花をスイーツ食べ放題に連れていくためだけではない。
るかが『彩花ちゃんに相談があるから、付き合ってほしい』と彩花と理久を呼び出したのだ。
「そうそう。だから、今日はご馳走させて」
「えっ、そんな。申し訳ないです。連れてきてもらっただけでありがたいのに……」
「いやいや、受験生を連れ回してるわけだから。これくらいさせてよ。というか呼んでおいてなんだけど、彩花ちゃん受験勉強のほうは大丈夫?」
彩花が遠慮するのをわかっていたからか、るかはさりげなく話を変える。
彩花はやさしく微笑みながら、理久に目を向けた。
「はい。普段はちゃんとしてますし。兄さんも勉強を見てくれます。るかさんからも対策を教えてもらっていますし、今のところは大丈夫ですよ」
「彩花さん、かなり順調ですもんね。よっぽど油断しなければ、問題ないんじゃないかな」
少なくとも、一日二日サボったところでどうにかなるレベルではない。
元々成績優秀だったうえに、理久はいつだって勉強を見てあげられるし、るかの教え方も上手い。
本人も真面目だ。
このままいけば、豊崎には問題なく受かるだろう。
それにるかはよかった、と笑いつつ、話を進めた。
「そっかそっか。またわたしも勉強教えるから、今日のところは勘弁してね。ええとね、彩花ちゃん。この前、理久といっしょに文化祭行ったじゃん? そのとき、いっしょに回ってた子がいるでしょ?」
「? 佳奈ですか? それとも、後藤くん?」
「あ、佳奈ちゃんのほう。ええとね、それでね、その佳奈ちゃんのことがね?」
さっきまで気のいいお姉さんだったのに、るかは急にもじもじし始めた。指を絡めながら、視線をあっちこっちさせている。
その変化に理久は慣れたものだが、彩花は少なからず驚いていた。
るかは頬をぽっと赤く染めながら、目を伏せる。
そのまま、ぼそぼそと自分の想いを吐露した。
「わたし……、好きに、なっちゃって……」
「え、えぇ!? そ、そうなんですか……!? そ、それは、それは大変ですね……!?」
「兄妹で同じリアクションすんのやめてよ~……」
驚愕の表情に染まる彩花に、るかは恥ずかしそうにしている。