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ある日の土曜日。
がやがやと賑わう店の中に入り、理久たちは店員さんの案内を待っていた。
ちょうど昼時とあって、店内は満席に近いくらい混雑している。店員さんも忙しなく動き回るのが遠くに見え、こちらにはなかなかやって来なかった。
理久はお客さんのほうに目をやる。
客層の九割が女性で、しかも若い子が多い。休日なのに制服姿の女子も見受けられ、メインターゲットである学生たちが楽しそうに食事を進めていた。
男子の理久がひとりで来れば気まずいことこの上ないが、今日は彩花とるかの付き添いみたいなものだ。
大体、この手の店はるかの付き合いで慣れている。
「わ、わぁ~……。す、すごいです、るかさん。これ、本当にいくら食べてもいいんですか……?」
キラキラした目を店内に向けるのは、祈るように両手を合わせた彩花だ。
今日の彩花はリボンが可愛らしい、オシャレなベージュのワンピースを着ている。程よく秋らしさを感じる、かわいい服装をしていた。
以前は毎日のように彼女の私服を拝めたものの、最近は学校に行くときの制服姿と、家にいるときのパジャマ姿を見ることがほとんどだ。
それももちろんかわいいし、家族としての前進を表すものではあるのだが、それはそれとして私服もかわいい。
今の姿で階段から降りてきたときは思わず目を覆いそうになった。
いっしょに家を出るときにドキドキしたくらいだ。
「もちろん。お腹破裂しそうなくらいに食べちゃって」
明るく笑うのは、彩花の隣にいるるかだ。
今日の彼女はブラウスの上に薄手のセーターを重ね、チェックのミニスカートを履いていた。秋に近付き、徐々に風が冷たくなってきても、彼女は健康的な脚を晒している。というより、彼女は雪が降っても脚を出す。寒くないの? と訊くと、「寒いけど脚出すのに気温は関係ねぇ~」と元気に短いスカートを履くのが彼女だった。
理久たちに気付いた店員さんに案内してもらい、空いたテーブルに通された。
その人から「お時間は九十分です」と説明され、彩花はこくこくと頷く。
店員さんが離れた瞬間、るかと彩花は「行こう、彩花ちゃん」「はいっ」と息ぴったりで同時に立ち上がった。
理久はその背中をゆっくり追いかけていく。
ここはスイーツ食べ放題のお店だ。
隅から隅まで並ぶ、ケーキ、アイス、フルーツ、プリンにシュークリーム、ムースにチョコ、その他もろもろ……、と甘いものでいっぱいのお店。
そして、それらが取り放題食べ放題だ。
彩花がその手のお店に行ったことがない、という話になり、るかが「それなら連れてってあげる」と言い出したのがきっかけだった。
「に、兄さんっ兄さんっ。どれから食べるか迷いますねっ」
たくさんのケーキを前に、彩花は手をぶんぶん振りながら嬉しそうに言う。
さっきから笑みがこぼれっぱなしだし、本当にかわいい。
普段はここまでテンションが上がることも稀だ。
ピカピカの笑顔を浮かべながら、手に持った大きな皿にヒョイヒョイヒョイ……、とたくさんのケーキを載せていく。
しかし、あまりにも好調な滑り出しに、こちらが不安になった。
「あの、彩花さん。食べ切れる分だけ取りましょうね。何度取りに来てもいいんだし、まずは食べられる量だけにしたほうが」
大皿の上にもりもり載せられるケーキに、不安が生じる。
理久もやらかしたことがある。食べたいものを好きなだけ取った結果、途中でお腹いっぱいになり、無理やり詰め込む羽目になった。
しかも、最初にそれだけケーキを取ったら、ケーキだけで満腹になってしまうのではないか。ほかにもいっぱいスイーツはあるのにもったいない。
そう思っての進言だったが、彩花は不思議そうに首を傾げた。
「食べ切れますけど……?」
なぜ当たり前のことを言うんだろう、とばかりの目で見られる。
「………………」
ちょっと引いた。
そんな食べるの?
どうやら、健啖家の彩花には無用な心配だったようだ。
いや、それにしたって最初から取りすぎな気もするが……。
理久は甘いものばかりは食べられないので、軽食をまじえながら皿に盛りつけた。彩花とともにテーブルに戻る。
るかは季節限定のスイーツを中心に、控えめに皿に乗せていた。
「ぶはっ。彩花ちゃん、取りすぎでしょ。ケーキの移動販売みたいになってるじゃん」
席に戻った彩花に、るかは笑い声を上げる。
そこで初めて、己が取りすぎたことを自覚したのか、「と、取りすぎですかね……?」と顔を赤らめた。
「いやいや、それだけいっぱい味を試せるの、羨ましいなあと思って。せっかく食べ放題なんだから、食べられるだけ食べたほうが良いよ」
「そ、そうですよねっ。甘いものは別腹ですもんねっ」
「そうそう。理久なんて小食だから、こういうお店来ても全然面白くなくてさ」
るかは笑いながら理久の皿を指差す。
彩花はぎょっとすると、「お腹痛いんですか、兄さん……?」とおかしな心配までしてくる。
言うまでもなく、小食の理久は食べ放題と相性が悪い。
そのうえ、ここにあるのはほとんど甘い物ばかりだ。
「理久、甘い物もそんなに得意じゃないもんね」
るかの指摘に、彩花が目を丸くする。
たまに彩花と甘い物を食べることがあるだけに、「そうだったんですか……?」という目をされるが、若干誤解がある。
「るかちゃんたちみたいに、いっぱい食べられないってだけだよ。普通に食べる分には好きです」
スイーツだと無限の食欲を発揮できる彼女たちとは違う、というだけ。
どうやら、彩花もそっち側の人間らしいけれど。
というか、彩花に苦手なものってあるんだろうか。