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好きな人が義妹になった  作者: 西織
好きな人が義妹になった
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「と、いうわけで。今日はふたりが家に来てくれた記念! お祝いだから、みんなお腹いっぱい食べてね! 乾杯!」


 父の空回りを感じさせる挨拶のあと、かんぱーい、と四人の声がぱらぱらと浮かび、お互いにコップを合わせた。

 コップがたどたどしくかつん、かつん、と音を重ねる。

 締まらない乾杯だが、お祝い感はかろうじて出ていた。

 何せ、テーブルの上には豪華なお寿司がずらりと並んでいる。

 寿司桶に入った数々の握り寿司は色鮮やかで、四人分ということで数も多い。花畑のように華やかだ。


 父と香澄のコップにはビールが入っており、理久と彩花のコップにはオレンジジュース。瓶と缶も寿司桶の横に並び、パーティっぽさを演出している。

 理久の向かいに座った彩花は、ジュースをちびちびと飲んでいた。


 理久は、その光景に不思議な気分になる。

 目の前にいるのは、理久の頭が真っ白になるほど綺麗な女の子で、彼女にすっかり心を奪われた。

 けれど話したこともない見知らぬ他人だし、これからも話すことはないと思っていた。

 だというのに、今はいっしょに夕飯を囲っている。これからこの家で寝食をともにする。


 家族になる。

 近い将来、戸籍上、理久の妹になる。

 突飛すぎる環境の変化に、頭も意識もまるでついていかない。

 こうなると宣言されてはいたものの、心が実際に受け入れられるかはまた別の話だ。

 それに、まさかあの子が妹になるなんて、どうして予想できようか。


「あ、彩花ちゃん。遠慮せずにたくさん食べてね。ほんと、遠慮せずに」

「あ、い、頂いてます。ありがとうございます」

 

 気まずさに耐えかねるように、父親が不器用な笑顔を彩花に向ける。

 彩花は彩花で、ぎこちないながらも精いっぱいの笑顔を父に返していた。

 ここで子供たちがブスッとしていたら、空気は一気に悪くなる。彼女も一生懸命だった。


 それは理久もわかっているので、できるだけ笑顔を意識する。

 けれど、互いに自然体に笑えないのは、何とも窮屈だった。

 その窮屈さを振り払うように、理久は口を開く。


「そういえば、今日は父さんが休みだからいいけどさ。明日から、晩ご飯ってどうするの? こっちの生活サイクルに合わせていいの?」


 いかの握りを取りながら、何気なさを装う。

 とにかく、口数を増やさないと。

 自分たちの一番共通の話題といえば、「これからどういっしょに暮らしていくの?」だ。

 必要に迫られたものでも、会話を多くしていけば互いの緊張はやわらぐ……、はず。

 父はマグロを皿に取り分けながら、そうだなあ、と呟いた。


「父さんも香澄も、仕事で遅くなると思うから。理久と彩花ちゃんには、先に食べてもらったほうがいいかもしれない」

「え、香澄さんも仕事するんだ」

「もちろん。おかげさまで、明日からバリバリ働けるから」


 そう言って、香澄は笑う。

 意外に感じたが、彼女の状況を考えればそうなるのも当然かもしれない。思い直していると、どうしても視線が彩花に向かう。

 彼女は小さな口をぱかりと開けて、サーモンをパクパク食べていた。

 かわいい。


 あぁいや、女性が食べている姿をまじまじ見るなんてよくない。己を戒めようとすると、ぱちりと目が合ってしまう。

 彼女は口元を手で隠しながら、困ったように小さく笑った。

 理久もにへら、と笑みを返すことしかできない。


 あぁよくない。

 非常によくない。

 意識しないようにしているのに、どうしても引っ張られてしまう。

 これから先のことに不安も覚える。


 父は「先に食べてくれ」、と言うが、それなら彼女とふたりでの食卓になる。

 四人での食卓でもここまで決まりが悪くなるのに、ふたりきりだなんて。

 なんというか、申し訳ない気持ちになってくる……。

 お互いに凄まじく居心地が悪いだろうし、彩花は理久の比ではないほど気を遣うのは目に見えていた。

 望んで食卓につくわけではない。

 だというのに、ちょっとだけ心が盛り上がってしまうことに、自己嫌悪に陥る。

 彩花のほうは冗談じゃないだろうに。


 しかし、父が帰ってくるのはいつも遅く、理久が適当に先に済ますことも多い。いっしょに食べられればいいね、くらいの曖昧な取り決めに彩花を付き合わせるより、最初から時間を決めたほうがいいのは確かだ。

 あの口ぶりだと、香澄も父とそれほど帰宅時間は変わらなさそうだし。

 

「あの、理久くん」


 そんなことをぼんやり考えていると、香澄からの視線に気付いた。

 彼女の瞳はやわらかく、彩花を見るときはもちろん、理久に対してもやさしい光を向けている。

 しかし、今の彼女の目はどこまでも真剣そのものだった。

 その様子に、理久は怯んでしまう。

 それが気のせいでないことを証明するように、香澄の声は強張りを感じるものだった。


「わたしと慎兄は仕事に出ちゃうから、昼間は理久くんと彩花のふたりになっちゃうんだけど……。この子のこと、よろしくね。もし何かあったら、すぐに連絡してくれていいから」

「あ、は、はい……」


 妙な剣幕に、押されてしまう。

 よろしく、と言われても。

 特にすることはなさそうだけど……。

 思わず首を傾げそうになっていると、彩花が「お母さん……」と遠慮がちに香澄の袖を引っ張った。

 父は父で、気まずそうにビールを口に含んでいる。

 そこで香澄ははっとして、取り繕うような笑みを浮かべた。

 それでもまだ、突然湧いた緊張感はこの場に残っている。


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