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好きな人が義妹になった  作者: 西織
文化祭の片隅で
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「ああぁぁぁぁぁ……、絶対ヤバイって、それ、ああ、ダメだってえええ」


 話が進むごとに恐怖のボルテージが上がるのか、香澄の口から怯えの声がより具体的に漏れていく。彩花はそこまでじゃないものの、「ひっ」「きゃっ」という小さな悲鳴が徐々に大きくなっていった。


 香澄が遠慮なく声を上げているから、つられたのかもしれない。

 ふたりとも楽しんでるなあ、と映画よりもそちらの微笑ましさのほうが勝っていたのだが。

 そこで変化が訪れる。


「ひゃあっ!」

「きゃっ!」


 何人目かの犠牲者が血をまき散らしながら絶命したシーンで、ふたりが大きくのけぞったのだ。

 それには理久もさすがに驚いた。

 映画の内容ではなく、彩花の行動にだ。


「…………」


 彩花も香澄も、画面から視線を外さない。

 しかし、香澄はいつの間にか父の腕に抱き着くように掴まっているし、彩花はそこまでじゃないものの、理久の腕を両手で握っていた。

 自然と、身体が寄せられる。


 これは……。 

 ちょっとまずい気がするんですけど……。


 ふたりとも夢中になって観ているせいで、自分がだれの腕にすがっているかを自覚していない。

 いや、香澄はわからないけれど、少なくとも彩花はそうだろう。

 普段の彩花なら、こんな不用意に接触したりしない。


 彩花は肩をくっつけて押し付けるようにし、その細い指や小さな手が理久の腕をがっちり掴んで離さなかった。

 理久が少し顔を動かせば、彼女の髪に触れるかもしれない距離。

 彩花の体温や息遣いがいやというほど感じられる。

 ホラー映画を観ていても普段どおりだった心臓が、途端に強く波打つ。


 いや、好きな女の子に無意識とはいえ頼られて、身体をくっつけられるのは正直嬉しい。

 でも、相手の弱みに付け込んでいるようで不安にはなる……。

 香澄と父はおそらく慣れているからこそ、あの状態なんだろうけど……。


 当然、映画なんて集中できるはずがない。だれが死のうが全然興味がない。

 それよりもすぐそばに彼女の熱を感じて、そちらにばかり意識がいく。

 見ないようにしても、どうしても視界に入ってしまう。

 そんな近い距離にいて、心を乱されないはずがなかった。


「……っ」


 腕に絡む彼女の指に意識がいっていたが、つい口から声が漏れそうになった。

 痛い。

 ちょっと、あの。

 彩花さん、指に力込め過ぎじゃないでしょうか。


「ひっ……」


 彩花の目はテレビに釘付けのままで、小さく悲鳴を上げた。

 映画は後半に差し掛かり、どんどんエスカレートしていく。

 そして、そのたびに指の力が強くなっていった。


 痛い。

 痛い痛い痛い……。

 いや、本当に痛い!


 本当にもう映画どころじゃないし、それどころか彩花がそばにいる嬉しさも消えつつある。

 映画の感想が全部「痛い」だ。

 恐怖の力はそれだけすごいらしく、その細腕からどうしてそんな力が出るんだ、と思うくらいに指が喰い込んでいた。

 今の彩花さん、俺より握力ない?

 顔を顰め、歯を食いしばり、それでも和らがない腕の痛みにギブアップしそうになる。


 けれど、ここで「あの、彩花さん痛いです……」とは言えない。言えば彼女は離してくれるだろうけど、そのあとの展開の想像は容易い。

 まず、力任せに腕を掴んだことを謝罪し、

 義理の兄とは言え、男性の腕にすがりついていたことに恥ずかしさを覚え、

 気まずくなっている間にも映画は進んでいく……。


 そうなればきっと、彩花は映画に集中しきれない。

 それでは、この映画鑑賞会の意味がない。

 つまり。

 理久に課された使命は、ただこの痛みに耐えることだ……。

 いや、本当に痛い……。




 そして、映画スタートから約二時間後。

 画面にスタッフロールが流れる中、香澄はぐったりとソファに埋もれ、彩花も疲れを見せた表情で飲み物を飲んでいた。

 あれから彩花はずっと理久の腕を掴んでいたが、映画の終盤で悪霊が去り、エピローグに入ると自然に手は離れていった。怖いシーンはもうないと察したのだろう。

 理久の腕にすがっていたことには、最後まで気付かなかったようだ。

 よかったような、残念なような。


「あぁ……。疲れた……。怖かったあ……」


 香澄はぐったりしたまま、枯れた声を吐き出す。

 それを見て、父は愉快そうに「懐かしいなあ、この感じ」と笑っていた。

 香澄は父をじろりと睨んだが、言い返す気力はないようだ。

 彩花は十分に怖がっていたものの、今は落ち着きを取り戻していた。穏やかに微笑みながら、理久に顔を向ける。


「怖かったですね、兄さん。でも、付き合ってくれてありがとうございます。これで明日学校で友達に――」


 そう言い掛けて、彩花の表情がサッと青褪める。

 真っ青な顔をしてこちらをじっと見て、口元に手を当てた。その手が震え出すのが見える。

 様子のおかしい娘に気付いた香澄が、「どうしたの」と理久を見て、悲鳴を上げた。すぐに父にすがりつき、泣きそうな顔で荒い息を吐いている。


「え、なに……?」


 突然のふたりの豹変に戸惑っていると、彩花がわなわなと震える指をこちらに向けた。


「に、兄さん……。そ、その腕……、どうしたんですか……?」

「腕……? あっ……」


 理久の腕には、くっきりと手形が残っていた。

 それはまるで、だれかが理久の腕を掴んでいたかのよう……。

 ……よう、というより、まさしく彩花が掴んでいたのだが。

 それをわかっていない怖がりふたりは、真っ青な顔で震えていた。


「り、理久くんが……、の、呪われちゃった……、呪いの痣……!」

「に、にいさん、な、なんでそんな、そんな……、な、何をしたんですか……!?」


 いや、これやったのはあなたですけども。

 状況がわかっているらしい父だけが、ひっそり腹を抱えて笑いを噛み殺していた。



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