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好きな人が義妹になった  作者: 西織
文化祭の片隅で
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「ねぇ、るかちゃん。俺、どうしたらいいと思う?」


 空を見上げると、昨日と同じく曇天だ。

 暗い雲を睨んでいると、るかが小さく『なにが』と返した。

 彼女はわかっている。

 昨日と違い、彼女が理久のブレーキを踏んでいた。

 それでも、理久は心からの本音を晒してしまう。


「こんなこと言うと、幻滅されるかもしれないけど。前言ったことと違うだろ、って言われるかもしれないけど。俺、彩花さんに恋人になってほしいのかもしれない」

『………………』


 彼女からの返事はない。

 その沈黙に焦りを覚えたわけではないが、するすると言葉が溢れ出てくる。

 独り言のように、自分の考えを吐き出した。


「いや、ちょっと違う……。きっと俺は、彩花さんがほかの人のものになってほしくないんだ。後藤くんを見て、実感した。もし、彩花さんが彼の恋人になってしまったら、多分俺は耐えられない。今まではこの生活だけで幸せだったけど、そうじゃない現実が具体的に見えたんだ。だから俺は……」

『待って、理久』


 るかの冷たい声に、理久は言葉を呑み込む。

 数秒待ったあとに、るかはゆっくりと続きを口にした。


『そこから先に踏み込むのなら、失う。いろんなものや大きなもの……、彩花ちゃんの信頼と、彩花ちゃん自身の安心を失う。今の関係があるのは、それがあるから。その土台が失われたら……、わかるでしょ』 

「………………」


 全く以て正論だ。

 るかが危惧した、その現実になりつつある。

 それでも、声に出したことで少しは楽になった。

 声が入らないように大きく息を吐いたあと、返事をする。


「わかってる。ごめん」

『いや。そういうもんだと思うよ。わたしにはできないことを、理久はやってる。理久は偉いね』


 そのあまりにやさしい声色に、苦笑してしまう。

 幼い弟に言い聞かせる姉のようだ。 

 それでも不快に思わないのは、理久自身が彼女を尊敬しているからだろう。

 頼りになる彼女は、考え込むようにしながら口を開いた。


『ただ幸いにも、彩花ちゃんは現時点では恋人を作るつもりはない。これは大きいよ。まだ時間はある。その間に、何かいい方法がないか、諦めずに考えていこう』

「あぁ、それなんだけどさ。るかちゃん」

『なに?』


 先ほど、感情のままに「恋人になってほしい」と言っておいて何なのだが。

 ひとつ、可能性として感じたことを理久は口にした。

 

「彩花さんは恋人を作るつもりはないわけでしょ。その理由はすごく辛いけど……。でもこれって、俺が家を出るまで恋人を作らない可能性が出てこない?」


 以前、るかに話した件だ。

 理久は彩花のことが好きだが、それを彼女に伝えると今の生活が脅かされる。だから告白すべきではない。

 だが、理久が家を出て、彼女への負担を最小限にしたらどうだろうか。

 るかはそれに対し、「あんな子が高校で二年間ずっとフリーなわけがないだろ」とその考えを却下した。


 彩花が自分のせいで恋愛ができないのは、とても心苦しい。

 その気持ちを利用するのはどうかとは思うのだが、事実として可能性はあるのではないか。

 それを伝えると、再び電話口から唸り声が聞こえてくる。


『まぁ……、なくは……、ない……。少なくとも、彩花ちゃんが軽率にだれかと付き合うことはないと思うよ。でもそれはさ、彩花ちゃんに好きな人が現れないことが前提なんだよ』

「? どういうこと?」

『彩花ちゃんがだれかを好きで好きで堪らなくなったとき、ブレーキが利くかどうかって話。昨日のわたしや、さっきの理久みたいに、人を好きになる感情ってハイパワーじゃん? 好きな人に何もかも事情を話して、それでも付き合ってください、って彩花ちゃんから申し出ちゃう可能性はある』

「………………」


 それは……、考えてなかった……。

 彩花が異性から好かれることはあまりに想像に容易いから、そちらのことばかり意識がいっていたけれど。

 彼女だって年頃の女の子。

 人を好きになる可能性は大いにある。


 後藤に対しては、『そういう感情が大きくあるわけではないけれど、佳奈から強く勧められたこともあり、付き合ってみるのはアリではないか』くらいのもので、だからこそ理性的な判断でお断りしていた。

 だが、彩花が『この人が大好き! 彼女にしてほしい!』と心から願う相手が現れた場合、一体どうなるかわからない……。

 爆弾は残ったままだ。


『……まぁ、なんだ。とにかく、いろいろ考えてみよう。少なくとも今は大丈夫なんだからさ。あんまり考え込みすぎちゃダメだよ』

「うん、ありがとう。るかちゃん」


 電話を切って、暗い空を仰ぐ。

 雨が降るかもしれない。

 彩花は傘を持って出たのだろうか。


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