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好きな人が義妹になった  作者: 西織
文化祭の片隅で
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 さすがに学校から出てこない、ということはなさそうだが、すぐに来なさそうなのも事実。

 迷うところだが、彩花からは「先に帰って」とは言われていない。

 もう少しだけ様子見しようか。

 そう思って、スマホをしばらく見ていると。


「兄さん!」


 そんな声が聞こえて、顔を上げた。

 周りに人がいないからか、普段の呼び方をしてくれる。

 なんだかそれが、やけに久しぶりに感じた。

 彩花は眉を下げて、ぱたぱたと走ってくる。

 スカーフやスカート、そして彼女自身の長い髪が揺れて、風を運んできた。

 

「す、すみません、お待たせしました……」


 急いで来てくれたのだろう、彩花は胸を押さえて荒い息を吐いている。 

 秋に近付いているとはいえ、気温もまだ高い。

 彼女の頬に汗が流れて、髪が張り付くのが見えた

 その姿に愛しさを覚え、あぁ好きだな、と改めて思う。


「いや、大丈夫大丈夫。連絡もらってましたし」


 手を振って気にしてない、と伝えると、彩花はほっとした顔になる。

 一瞬、佳奈のことを伝えようかと思ったが、教えたところで彩花が困るだけだろう。

 黙っていると、彩花がきょろきょろと辺りを見回す。


「あれ。るかさんはどうしたんですか?」

「あ。るかちゃんは用事を思い出したとかで、先に帰っちゃいました」

「そうですか……。るかさんにも、悪いことをしました」


 まだ息を整えながらしょぼん、としている彩花を見ていると、猛烈に胸が痛くなる。

 こんなにいい子を騙すなんて。

 るかに気を回してもらってなんだが、今度からこういうのはなしにしよう……。

 そう心に決めてから、「帰りましょうか」と告げる。

 彼女は「はい」と笑顔を見せてくれた。

 ふたり並んで、駅に向かって歩き出す。


「なんだか、兄さんといっしょに下校するなんて変な感じです」

「ですね。俺もちょっと不思議な感じがしてる」


 ふたりでへらっと笑い合った。

 見ているだけで安心する、彼女のやわらかな笑み。

 しかし、それにどこか違和感を持つ。

 それは、ふたりの間に流れる空気も同じだった。

 ふたり並んで歩いているのに、なんだか空気が冷えていくのを感じた。

 いつもの穏やかで温かい空気はなく、そっぽを向かれているようなそっけないものに変わっていく。


 それは、彩花に元気がないのが原因のようだ。

 彼女は理久の隣を歩きながらも、心ここにあらず、という表情で道を見つめている。

 長い時間いっしょにいるだけあって、ふたりの間に沈黙が流れることは珍しくはない。

 けれど、ここまで理久が居た堪れなく感じることは、ここ最近ではなかった。


「……あの。彩花さん。疲れましたか?」


 おそるおそる、問いかける。

 文化祭や理久たちの来訪、思わぬ佳奈の攻防に巻き込まれ、それでぐったりしているのではないか。

 それならそれで、理久はそっとしておくつもりだった。

 だが、彩花ははっとして顔をこちらに向ける。

 いえ、と小さくかぶりを振った。

 そこから続く言葉はない。


「…………………………」

 

 妙な空気は続く。

 しかし、その空気を破ったのは彩花だった。

 彼女の表情は変わらず思い詰めたものだったし、その声も硬い。

 考えがまとまらないまま口にするかのように、彼女はゆっくりと口にした。


「兄さんは……、恋人ができたことってありますか」


 それは、あまりにこの場にそぐわないものに感じた。

 このタイミングで恋バナ?

 けれど、どうやらそんな浮ついた話でもないらしい。 

 とても真面目に彩花は質問している。


「いえ……。できたことは、ありませんが」


 正直に答える。

 彩花はそれに特に大きな反応を示さず、小さく頷いた。


「わたしも、いたことないんです。実は、恋愛自体もよくわかっていなくて。好きな人……、とかも、あまりよくわからないんです」

「はぁ……」


 気の抜けた返事しかできない。

 いや、普段ならきっと楽しい話だ。理久としても気になる。

 ただ、彼女がまるきりの無表情だから、とてもそういう空気ではなかった。

 そして、これは前振りだったらしい。

 理久の頭をハンマーで叩くような、衝撃的な言葉を彩花は告げる。


「実は……、さっき。男の子に告白されたんです。付き合ってください、と。それで、遅れてしまって」

「――――――――――」


 言葉が、出ない。

 恐れていたことが起きてしまった。

 いや、わかっていたことだ。

 彩花のような子に、男子たちが憧れないはずがない。

 中学生であろうと、その想いを伝えることは十分にあり得た。

 そして、彩花がその想いに応えることも。


「……それ、は。さっきの、後藤くん?」

「わかってしまいますか」


 理久の言葉に、彩花は困ったような笑みを見せる。

 気まずそうな顔で、視線をうろうろさせた。


「佳奈に何度も、『絶対好きだって』と繰り返し言われていた、というのもあるんですが……。好きなのかな、と感じることは何度かあって。それで、さっき」


 告白された、と。

 彩花が感じたとおり、傍から見ていても彼の様子はわかりやすかった。

 他人からそれを言及されれば、確信に変わるだろう。

 しかし、重要なのはそこではない。

 彩花がなんと答えたか、だ。

 心臓がバクバクと暴れるのを感じながら、理久は必死で平静を装って尋ねた。


「……彩花さんは、どう返事したの?」


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