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「佳奈ちゃん、佳奈ちゃん。わたし、これでもめっちゃ頭いいよ。豊崎の中間、期末、学年一位」
「え。そうなんですか、すごいです……」
佳奈は目を丸くして、るかを見つめた。
そうは見えないのに……、と考えていることが手に取るようにわかる。
まぁ今のるかは、制服姿よりもさらにギャルっぽい。そういった容姿の人がぶっちぎりで頭が良い、というのは想像しづらいかもしれない。
しかし、佳奈の目の色が疑惑にまで変わってしまった。
事実だから疑わないであげてほしい……、というか、そんな嘘吐いても虚しいだけだろう。
「るかちゃんは中学三年間ずっとトップだったし、すごく頭いいよ。勉強教えるのも上手いし」
理久がそうフォローすると、ようやく佳奈は飲み込めたらしい。
「中学三年間も……」とその瞳が驚きに揺れている。
表情が尊敬に傾き始めるのを確認したからか、るかは胸を張った。
「そうそう、これでもすごいのよ、わたし。勉強めっちゃ得意だよ。高校でも多分、学年トップは譲らないかな。豊崎が結構な進学校って、佳奈ちゃんも知ってるでしょ? それでトップってすごくない?」
彩花に「すごい」と言われたときは謙遜というか、適当に流していたのに、舞い上がってそんなことまで言ってしまう。
そのせいで、佳奈の表情に暗い影が落ちてしまった。
「わたしも豊崎は目指してますけど……、結構ギリギリ……」
佳奈はぽつりと呟いてから、ゆっくりと息を吐いた。
すっかり表情を元に戻し、るかを一瞥してから口を開く。
「あの。あんまりそういうの、自慢するのはよくないと思いますよ。あまり気分が良いものではないです」
「うっ」
ド正論を思い切り突き刺され、るかが腹を押さえる。
それですっかり静かになってしまった。
あまりに凄惨な結果に、理久は目を覆いたくなる。
……なんというか。
彼女は普段はすごく人格者だし、視野が広いし、頼りになる人なんだけれど。
好きな人を前にすると、かなりのポンコツっぷりを見せてしまうのだ……。
それを知っているからこそ、理久もブレーキを踏んでいたのだが、それでも彼女のアクセルが勝ってしまった。
理久はため息を堪えながら視線を前に向けて、あっ、と声が漏れる。
「彩花さんたちがいない……」
佳奈がだらだら歩みを遅くさせ、しかも話し込んでいたためにはぐれたらしい。前方に彼女たちの姿がなかった。見えるのは知らない背中ばかり。
そこでようやく、自分のやることを思い出したのか、佳奈は小さく鼻を鳴らした。
「あーあー。うっかりはぐれちゃいましたね。もういっそ、この三人で回りますか? 合流も難しいでしょうし」
「いやいや、それこそよくわからないでしょ……。そう離れていないだろうから、すぐ追いつくよ。ほら、早く行こう」
理久が佳奈の前に出ると、佳奈は不快そうにため息を吐く。
るかには悪いが、彼女の思惑どおりにいくわけにはいかない。
幸い、そこまで離れていなかったようで、ふたりとはすぐに合流できた。
けれど、それからも佳奈の妨害は続いたし、楽しい時間とは言い難かった。
彩花と後藤がふたりでいるところを、延々と見せつけられているようだった。