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「わかった、るかちゃん。じゃあ、本当に好きかどうかを確かめる意味でも、もう少し佳奈ちゃんと話してみるのはいいんじゃない? るかちゃんだって、あの子ともっと話してみたいでしょ」
「う、うん……、それは、うん。話してみたいと思うけどさ……」
るかはこくりと頷く。
しかし、すぐに目を手で覆って天を仰いだ。
「あっ! でも! 無理かもしんない! 普段どおりに話せる自信がない……! き、緊張するって……! どうしよう、理久……! む、無理! こわい!」
「いや、わかる。わかるよ。でも、このまま何もせずに帰っちゃったら、るかちゃん後悔しない? るかちゃんがそれでいいのなら、別にいいんだけど……」
彼女がそれでいいと言うのなら、無理強いはできない。
少なくとも、理久は一目惚れした彩花に何もアクションを起こせなかった。るかに何かを言う資格はない。
このまま別れれば、きっと佳奈と会うことももうないだろう。
それはそれで、平和な選択かもしれない。
しかし、るかはぴたりと動きを止めて、唇をむにむに動かす。
視線を地面に向けて、真っ赤な顔で口を開いた。
「……やだ」
ぽつりと呟くるかに、理久も頷く。
それならば、何とかしたい。るかの力になりたい。
ぱっと思いついただけだが、こんな案はどうだろうか。
「それなら、こういうのはどうかな。俺とるかちゃん、彩花さんの三人で文化祭を回ることになってるけどさ。そこにあの子を入れて、四人にできないかな」
「……いいと思う。きっと佳奈ちゃんはついてくると思う。彩花ちゃんも喜んでくれるかもしれない。でも、理久。いいの?」
それで理久はいいのか、という問いだ。
佳奈はあまり関わりたくない相手だし、さらに余計なことを言われる可能性は十分にある。
このまま会わないようにするのがベストだと思ったが、状況が変わった。
自分より、るかを優先したい。
「全然いいよ。そういうことなら、俺もあの子に自分が無害であることを証明したいしさ。その話を交えれば、彩花さんも納得するんじゃないかな」
理久がそう言うと、るかの目が愛しい弟を見るものに変わる。
こちらに抱き着き、肩にぐりぐりと頭を押し付けてきた。
「ありがとう、理久~。愛してる~」
髪の束からシャンプーのいい香りを感じながら、理久はるかの細い背中をぽんぽんと叩いた。
彩花の件だけでも、るかには返し切れないくらい世話になっている。
そもそも、今日だってるかには付き合ってもらっているのだ。
少しでも恩を返せるなら、いくらでも尽力するつもりだった。
とにかく作戦会議をしていると、「小山内さん、るかさんっ」と彩花の声が耳に入った。
しかし、なぜだか様子がおかしい。
彼女はわざわざ小走りでこちらに駆け寄ってくるのだ。
そんなに慌てる必要はないし、何よりその表情が不安に染まっている。
楽しみで早く来た、という様子では全くない。
髪を大きく揺らしながら合流した彩花に、どうかしたのか、と問いかける。
「あの……。本当に申し訳ないんですが……。実は、どうしてもいっしょに回りたいと友人が言って聞かなくて……。本当に、本当に申し訳ないんですが、いっしょでも大丈夫でしょうか……?」
心配そうな顔でこちらを見る彩花。
思わず、理久はるかと顔を見合わせた。
渡りに船だ。
彩花の言う友人とは、きっと佳奈のことに違いない。
どうにか佳奈といっしょに回れないか、と考えていた理久たちにとって、僥倖というほかなかった。
けれど彩花からすれば、おかしなことをしでかした友人と引き合わせるのは避けたいのだろう。
その憂いを振り払うように、理久はできるだけ穏やかな笑みを浮かべた。
「全然いいですよ。むしろ、人数多いほうが楽しいし。俺は問題ないよ」
「うん。彩花ちゃんの友達なら、わたしも仲良くなりたいし。大歓迎」
さっきまであたふたしていたのに、るかはしれっといつもの様子に戻っている。
それに彩花はほっとした表情を見せた。
ありがとうございます、と大きく頭を下げてから、振り返る。
どうやら、話している間に彼女がやってきたらしい。
しかし、その人影を見て、理久とるかは困惑する。
予想どおり、彩花が口にした友人とは、佳奈のことだった。
けれどそれだけではなく、佳奈とともに別の人も立っていたのだ。
佳奈はどこか誇らしそうに、胸を張って口を開く。
「よろしくお願いします。先ほどもご挨拶した、宮沢佳奈です。文化祭をいっしょに回ってもらえるようで、嬉しいです。それで、男子が小山内さんだけでは気まずいと思って、彼も呼びました」
「よろしくお願いします。後藤寛二です」
言葉少なに挨拶をし、ぺこりと短髪の頭を下げる男子。
彼は――、先ほど教室で見た男子だ。彩花に好意の篭もった目を向け、彩花とふたりで家庭科室に向かった男の子。
佳奈は強引な指示をし、彩花と彼をセットで教室から締め出した。
あのときの彩花の困惑は、当然だった。
生地を取りに行くだけならふたりで行く必要もないだろうに、それでも後藤を同行させた。
もし本当に人手が必要だったとしても、直前まで話していた佳奈と行けばいい。
佳奈の真意にはどうしたって気付いてしまう。
彼女は――、後藤と彩花をくっつけようとしている。
そして、それを理久に見せつけることで、牽制しようとしているのだ。