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「どうしたの、るかちゃん」
「理久、気付いてた? あの子、去り際に足めっちゃ震えてたんだよ」
「え、そうなの!?」
全く気付かなかった。
去り際、というのは彩花に連れられて調理に戻ったときだろうか。
混乱するばかりで、そんな様子の違いに目を向ける余裕はなかった。
けれど、疑問が生じる。
「でも、なんで? 俺が怖かったってこと? 俺、怖いかな」
ぺたぺたと頬に触れてみるが、今までそんなこと言われたことがない。
あそこで理久が怒り出したり、怒鳴ったりすれば、その恐怖が身体に影響を及ぼすのは理解できる。
けれど、理久は呆然とするばかりだったのに。
首を傾げる理久に、るかは気の抜けた笑みを見せた。
「そりゃ怖いでしょうよ。いくら理久がやさしい顔をしてるからって、あの子からすれば年上の男だよ。しかも、中学生のときの高校生って、すごく大人に感じるじゃん」
「あー……。それは確かに。そうか、それに隣にるかちゃんもいるもんね……」
「ん。それもある。ギャルって結構威圧感あるし。それを連れてる男って時点でね。そんな男に対して、あんな小さな身体の女子が真っ向から牙を剥く、ってよっぽどの勇気がないと無理だよ」
「そ……、っか……」
るかの言葉で、ようやく佳奈の恐怖が理解できた。
理久自身も覚えはある。
たったひとつの歳の差であろうと、中学生と高校生ではあまりに大きな壁がある。
自分が中学生だったとき、高校生の男子に真っ向から文句を言えただろうか。
相手を怒らせるようなことを言えるだろうか。
それを、あんな小さな女子中学生がやってのけた。
それだけ彼女は、彩花のことが大切なんだろう。
もし、理久が見た目からして怖そうで、屈強な男だったとしても。
彼女は足を震わせながら、真っ向から意見を叩きつけたのだと思う。
「いい、友達だな……」
そんな言葉が無意識に出た。
友人のためにそこまで身体を張るなんてこと、そうそうできやしない。
理久が佳奈のことを見直していると、るかが「はあ」と大きなため息を吐いた。
身体を伸ばし、空を仰いでいる。
「どうしたの、るかちゃん」
問いかけても、彼女は答えない。
両手で一度顔を抑えてから、うぅ、と小さく呻いている。
そしてゆっくりと手を離すと、その頬が赤く染まっているのが見えた。
瞳は濡れて、やけに艶っぽい。
吐く息さえも、熱に浮かされているようだった。
理久は、こんな顔をしたるかを知っている。
――いや、でも、まさか。
彼女の目は前を向いたまま、るかは「あの子……」と呟き、そして決定的な言葉を続けた。
呻くように、確かめるように。
「ど、どタイプ……っ!」
「え、えぇ……!? そ、そうなの……!? そ、それは大変、大変だねぇ……!?」
思わぬ言葉に動揺するが、その発言には何ら偽りはなさそうだ。
それだけの態度を彼女が示している。
顔を真っ赤にしたまま足をバタバタと動かし、「うぅぅぅ~!」と呻いていた。
わなわなと震えそうな手を胸の前に持ち上げ、すらすらと続けた。
「あの無鉄砲で向こう見ずなところもいいけど、真面目さのせいで空回りしてる感じ? あれ絶対、クラスで『ちょっと男子―!』って怒って男子に文句言われて、泣いちゃうタイプの子じゃん。でもあの子、絶対みんなの前では涙流さず、あとから泣く感じでしょ……。愛しすぎる……。わたし、あーゆー真面目学級委員長タイプ、めちゃくちゃツボるんだよ~……」
手を合わせて、ぽうっと宙に視線を向けている。
その横顔はすっかり恋する乙女だ。
るかがそういうタイプの子が好みであることは理久も知っている。よく真面目そうな子に恋に落とされていた。
るかが佳奈に対して抱いた印象も、共感できると言えばできる。
しかし、そうなってくると、だいぶ話が変わってくる。
正直に言えば、理久はあまり佳奈と関わらないほうがいいと思っていた。
自分を敵視し、誤解を招くような視線を投げ掛けてくる女子なんて、どう接していいかわからない。
誤解は解きたいけれど、とても難しそうに感じてしまう。
けれど、るかがそう言うのなら。
理久は顎を擦りながら、ううん、と考え込む。
「そっか……。るかちゃんが好きになっちゃったんなら、応援したいな……」
そう言うと、るかが嬉しいようなそうでもないような、微妙な顔になった。
視線をあっちこっちに向けながら、指を絡める。
「いやぁあのぉ、そのぉ……、理久がそう言ってくれるのは嬉しいけど……。べ、べつにまだ好きになったと決まったわけじゃ……」
「いや、大丈夫だよ、めちゃくちゃ好きになってるよ……」
恥ずかしそうに唇を尖らせるるかに、理久は呆れてしまう。
普段は自信に溢れている彼女も、恋愛になると臆病になってしまう。
顔を赤くしながら、何度も髪を撫でていた。
とはいえ、無理に彼女を引っ張るのも違うとは思う。