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気まずい思いをしていると、るかが立ち上がる。
「理久。そろそろ出よっか。あんまり長居すると悪いし」
返事も待たずに、るかは席を離れた。
ホットケーキは既に食べ終えているし、ここを出るのに異論はない。
しかし、目まぐるしく状況が変わっていくせいで、理久はついていけなかった。
それでも、るかの言うとおりに席を立つ。
佳奈たちの視線を避けるように教室を出ると、後ろから「るかさん! 小山内さん!」と声を掛けられた。
彩花だ。
彼女はパタパタと駆け寄ってきて、申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
「すみません……。きっと、佳奈が失礼なことを言ってしまったと思うんですが……」
彩花は髪に触れながら、改めて言う。
佳奈の言い分には未だ混乱しているものの、先ほどるかが手本を見せてくれた。
苦笑いにはなるものの、笑って手を振る。
「いやいや。そんな大したこと言われてないですから。大丈夫」
「そうですか……?」
さすがにふたりから明確に「もういいよ」と言われているだけに、彩花もここで切りあげることに決めたようだ。
笑顔を作って、小首を傾げる。
「あの、おふたりともまだお時間ありますか? わたし、もうすぐで交代の時間なんです。よかったらこのあと、文化祭をいっしょに回りませんか」
「え、いいの。もちろんです」
思わず、二つ返事をしてしまう。
けれど、るかは教室のほうをちらりと見た。
「わたしはいいけど。彩花ちゃんは大丈夫? お友達と回る約束とかしてない? わたしたちより、そっち優先したほうがいいよ?」
そうるかに言われて、すぐさま後悔する理久。
けれど出した言葉は引っ込められないし、事の成り行きを見守るしかない。
彩花は笑顔を苦笑に変えて、こくりと頷いた。
「大丈夫です。ありがとうございます、るかさん」
そうは言ったものの、すぐに彩花は交代できるわけではないらしい。
もうちょっと掛かるそうので、待ち合わせ場所を決めてその場を離れた。
見慣れない学校の廊下を、ほかの人たちを避けながら進んでいく。
そこで思わず、理久はるかに「さすがるかちゃん」と口にする。
さっきの佳奈に対する機転や、彩花への気遣いのことだ。
るかは前を向いたまま、さらりと言った。
「理久は彩花ちゃんのことが好きすぎ」
理久にしか聞こえない声で、視界が狭くなっていると指摘されてしまう。
面目ない、と肩を落とすと、るかは軽く息を吐いた。
「しょうがないと思うけどね。人を好きになるって、そういうことだと思うし」
「………………」
理久たちは、一足先に彩花との待ち合わせ場所に向かった。
裏庭にあるベンチだ。
そこが一番落ち着けて、わかりやすい場所だそうだ。
別の教室でジュースを購入し、ベンチにふたり並んでどっかり座る。
賑やかなのは校舎ばかりで、ここまでは声もあまり届かない。
周りに人気がないこの場所なら、ようやく話せる。
何より気になっていたのは、あの女の子だった。
「あの佳奈ちゃんって子、なんだったんだろ……」
ジュースを口に含みながら、そっと呟く。
初対面にも関わらず、彼女は面と向かって感情と言葉をぶつけてきた。
あの行動力には驚くほかない。
るかはジュースを飲みながら、当然のように口にする。
「なんだも何も、彩花ちゃんの親友でしょ。本人が言ってたとおり。彩花ちゃんのことが心配で心配で堪らない、大事なお友達だよ」
「だから、俺にあんなことを?」
「ん。そりゃさ、親友の親が再婚して、ひとつ上の兄といっしょに暮らすって言われたら、心配にもなるよ。嫌な想像もするし、何かしたいとも思う」
「まぁ……、そりゃ、そうかもしれないけど」
理久は苦虫を噛み潰したような顔になる。
自分がそんな男だと思われたからじゃない。
その危惧は、まさしく彩花自身が抱えていたものだったからだ。
かつての彩花はその不安を胸に生活し、最悪の状況も想定して、そしてそれを受け入れていた。
あの日のことを思い出して、理久は胸が苦しくなる。
そして、それと同じことを佳奈は想像していた。
同い年の友人ならば、その想定も何ら不自然ではない。
だから彩花に理久に会わせろ、とせがんでいたのだ。
遅くならないうちに、釘を刺すために。
しかし。
「でも、それを俺に言うのってどうなの? もちろん俺はそんな気は一切ないけど、本気で悪意があるなら何言われても気にしないと思う」
「それはあの子もわかってるでしょーよ。それでも行動せずにはいられないんでしょ。もしかしたら、少しでも抑止力になれるかもしれない。その可能性に賭けて、自分が怒られようが、友達に嫌われようが、行動してしまう。中学生らしい、実直で純粋な友達思いな子ってこと」
るかは膝に肘を置き、前かがみで頬杖を突いた。
後ろで括った髪が静かに揺れて、綺麗に塗られたネイルが光を反射する。
佳奈の行動は褒められた行為では決してないけれど、彼女は覚悟して動いたように見えた。
どうなろうとも、彩花のことを守りたかったんだろう。
なるほど、とひとり呟くと、るかはちらりとこちらを見た。
その唇が笑みを作っている。