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好きな人が義妹になった  作者: 西織
文化祭の片隅で
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「彩花、ホットケーキの生地ってそっちにある?」

「え、もうない? 佳奈が持ってなかった?」

「こっちはもうなくなっちゃったから。あぁ、じゃあ作らなきゃいけないのか。家庭科室行かなきゃ。悪いけど彩花と後藤くん、いっしょに作ってきてもらっていい?」

「えっ?」

「……俺は別に構わないが。三枝、いいのか」

「あ、え、うん。いいけど……」

「じゃあごめん、彩花、後藤くん。お願いね」


 彩花とその友人、そして先ほどの男子で何やら話をしていた。

 ホットケーキの生地は卵や牛乳を使うから、家庭科室の冷蔵庫に入れているんだろう。生地を作ってから教室に運び、焼いているようだ。


 そこまではわかる。

 しかし、強引に彩花と先ほどの男子――後藤を家庭科室にふたりで行かせようとするのは気になった。

 彩花も困惑していたようだし。

 けれど、それよりも。


「当たり前だけど、同級生にはため口なんだよね。彩花さん」


 ぽつりと呟いてしまう。 

 普段、理久にもるかにも父にも敬語の彩花だが、同級生には当然敬語は使わない。

 それがやけに親しそうに見えて、羨ましくなってしまった。

 いや、「ため口で喋ってほしいなあ」なんて、分不相応で気持ち悪い願望ではあるのだが……。

 ここが学校じゃなければ、自分の頬をはたいてかもしれない。

 るかはホットケーキを食べ進めながら、興味深そうに彼らの姿を見ている。

 教室から出て行く彩花と目が合ったようで、るかが軽く手を振ると、彩花も笑いながら小さく手を振り返していた。


「敬語があっても、別に理久たちは……」


 るかが何か言いかけたが、その口が途中で閉じる。

 その子がそばに来たからだ。

 先ほど彩花と後藤に家庭科室に行くよう指示した、あの女の子。

 彩花が呼び捨てにしていただけあって、きっと仲のいい子なんだろう。


 その子は、小柄な女の子だった。

 一般的な中三女子よりも一回りほど小さく、顔立ちもそれに合わせるように幼い。

 彩花と隣同士で立っていたときも、あまり同級生には見えないくらいだった。

 猫のように切れ長の瞳に、勝気そうな雰囲気を漂わせる。

 髪は肩先に触れる程度で、それが彼女の雰囲気にとても似合っていた。


 真面目そうな空気を背負い込み、小さい身体ながらも学級委員長をやっていそうな女の子。

 顔には愛くるしさがあるが、どこか近寄りがたい印象を与える。

 先ほど、彩花と話していたときは穏やかに見えたけれど。


 彼女はこちらをじっと見つめながら、ずんずん近付いてくる。

 何か用だろうか。

 もしかして時間制だったり? と理久が考えていると、彼女は思いも寄らぬ行動に出た。


「失礼します」


 そう言って、理久たちの向かいの席に腰掛けたのだ。

 彼女は可愛らしい猫のエプロンを付けているし、三角巾も被ったまま。

 もし休憩するにしても、ほかに席は空いている。

 相席する理由にはならない。

 困惑する理久たちを尻目に、彼女は三角巾を外した。

 そして、まっすぐに理久を見据える。


「三年一組、宮沢佳奈と申します。出席番号二十七番、テニス部……、ですが先日引退しました。突然の無礼を失礼します。わたしは中学一年からの、彩花の友人です。一年、二年、三年と同じクラスで、修学旅行も同じ班でした。わたしは彩花を親友だと思っています」

「うん……、うん?」

 

 原稿を読み上げるような早口での自己紹介に、理久は困惑した声しか返せない。

 普段は冷静に立ち回るるかもぽかんと口を開けていた。

 そして彼女――、佳奈は、理久を睨むように……、というより、完全にギロリと睨んでいた。

 いっそ怒気まではらんでいそうな声で、佳奈は言う。


「事情は彩花から聞いています。あなたが、彩花といっしょに暮らしているお兄さんなんですよね」


 その部分だけは声を潜め、周りには聞こえないように。

 しかし、その声に宿る感情までは隠し切れていなかった。

 彩花は先ほど、「仲のいい友人にだけ」再婚話を打ち明けたと言っている。

 それが佳奈なのだろう。

 けれど、なぜその親友がここまで硬い声を理久に投げ付けているのか。


 警戒、不審、そしてわずかな嫌悪。

 それを隠すことなく理久にぶつけている。


「そう、ですけど……?」


 不信感を抱きながらも、彼女に返事をする。

 佳奈はぐっと身を乗り出して、理久に顔を近付けた。

 思わず身を引くが、佳奈はなおも睨むように理久の目を覗き込んでいる。


「彩花に、何かしたら承知しませんから。変な気は絶対に起こさないでください」

「へ……?」

「彩花にもよくよく言い聞かせていますから。何かあったら、すぐに声を上げろと。わたしに連絡しろと。少しでも何かしようものなら、彩花には無理でもわたしが警察に突き出します。泣き寝入りなんてさせませんから。とことん戦いますよ。気の迷いで人生を棒に振りたくはないでしょう。ですから、彩花には指一本――」


「ちょ、ちょ、ちょっと! 佳奈!? な、なにやってるの……!?」


 びっくり仰天、悲鳴のような声が聞こえてきた。

 声がしたほうを見ると、戻ってきた彩花が目を見開いて固まっている。

 佳奈は舌打ちでもしたそうな顔で、そちらを見た。ゆるゆると座り直す。

 急いで駆け寄ってきた彩花は、慌てて佳奈の肩を掴んだ。

 しれっとしながら、佳奈は彩花に言葉を返す。


「なに、彩花。随分と早かったわね」

「き、生地が冷蔵庫にまだ残ってたから! そ、それより、なんで佳奈がにい……、小山内さんに……!? ご、ごめんなさい、佳奈が失礼なことを言いましたよね……!?」

「あ、う、うーん……」


 ここで瞬時に「そんなことなかったよ」と言えるほど、理久は器用な男ではない。

 おそらく、元々何かやらかしそうな雰囲気は彩花も察していたのだろう。

 何を言ったか大体の予想がついているからこそ、この反応だ。


 思えば。

 彩花が「どうしても兄さんに会いたい人がいる」と言っていた人物は、佳奈なのかもしれない。

 その理由は、理久に特大の釘を刺すためだ。


「大丈夫。佳奈ちゃんと、楽しくお話ししてただけだよ。彩花ちゃんの話を聞いてた」


 理久は器用な男ではないが、器用な女なら隣にいる。

 るかがにこやかに笑い掛けながら、彩花に告げた。

 それで彩花も、「そ、そうですか……?」と不安の色を少しだけやわらげる。

 佳奈がむすっとした顔をしているものだから、あまり意味がない気もするが。

 佳奈はちらりとるかを見たあと、理久に視線を戻した。


「……さっきの言葉、ゆめゆめ忘れないでくださいね。ごゆっくり」


 捨て台詞のように言い残すと、佳奈は調理班のほうに戻っていった。

 彩花は、佳奈と理久たちを交互に見たあと、ぺこりと頭を下げて佳奈を追いかける。

 入り口の近くでは、後藤が所在なさげにボウルを抱えたまま、こちらをじっと見つめていた。


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