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どうやら、別の女子と交代で入ったらしく、彩花の隣に立っていた。
短髪の男だ。
彼は、三角巾を準備しながら彩花に話し掛けている。
彼はかなり背が高いようで、彩花と並ぶと彼女がより小さく見える。理久よりもだいぶ大きい。
おそらく運動部なのだろう、身体つきもがっしりしていた。スポーツマン然としている。
顔立ちは凛々しさがあって、表情も引き締まっていた。
笑顔は見せず無表情だが、それが無骨な雰囲気を引き立たせている。
密かに想いを寄せる女子が多そうな、渋い男子生徒だ。
そんな彼が、彩花に話しかけている。
彩花は先ほどの女子と比べるといささか緊張した様子だったが、それでもごく自然に会話をしていた。
男子のほうは無愛想ながらも、彩花を気遣うような素振りや雰囲気を感じられる。
そして、おそらく不器用なんだろう。
傍目からは一発でわかってしまう。
「……あの子。ありゃ彩花ちゃんに惚れてるな……」
「う、ん……」
るかの呟きに、かろうじて声を絞り出す。
なんというか、彼はわかりやすかった。彩花への好意が漏れ出ている。理久の目からもそう感じられた。
けれど、そんな男子生徒がいることは何ら不思議ではない。
彩花は本当に綺麗な子だし、それに負けないくらい内面も良い。すごくいい子だ。
それを感じるたび、いつも理久が思っていたことだ。
こんなの、クラスの男子は全員恋に落ちてるんじゃないの? と。
最初は容姿に目を奪われても、接しているうちに彼女の内面に惹かれていく。
それは、まさしく理久が体験したことであったわけで。
同じクラスの男子がそうなっていても、むしろ自然なことださえ感じた。
……かといって。
目の前で見せつけられて、何も思わないわけではない。
うっ……、と無意識に胸を押さえてしまう。
すると、るかが気の毒そうに理久の背中に手をやった。
「わたしが前に言ったのって、こういうことだよ。あんないい子、周りが放っておくわけないんだから。わたしの言いたいこと、伝わった?」
「痛いほどに……」
本当に痛いかもしれない。
あの男子生徒は彩花を好いているだろうし、同じ気持ちを抱く生徒はほかにもいるに違いない。
いつか彼の想いが溢れて彩花に告白し、彩花がそれに応じれば。
彼らは晴れて恋人同士になるだろうし、その気配を理久は我が家で感じるのだろう。
それに耐えられるかと言えば、全く耐えられる気がしない。
そんなことを考えていると、ふと視線を感じた。
なぜか、先ほどの男子がこちらをじっと見つめている。
さらに、目が合うとぺこりと会釈までしてきた。
理久とるかも同じように会釈を返すものの、なぜ会釈し合っているのかわからなかった。
彩花の知り合いだから、なんとなく見ていただけだろうか。
「お待たせしました」
るかと話している間に、彩花が笑顔でパンケーキを運んでくる。
そっけない紙皿の上に乗っているものの、可愛らしいこぢんまりとしたホットケーキが二枚ずつ。
メイプルシロップとバターがかかり、皿の端には生クリームが絞ってあった。
ちゃんとおいしそうだ。特に失敗している様子もない。
ありがとう、とお礼を言ってから、彩花にそっと声を掛ける。
「ごめん、彩花さん。本番がホットプレートだとは思わなくて。家でもそうするべきでした」
彩花は苦笑しながら、手を振る。
「実はわたしもびっくりしたんですけど。でも、にい……、小山内さんに教えてもらったおかげで、何とか上手くできました。どうですか。わたしが焼いたんです」
珍しくいたずらっぽく微笑みながら、ホットケーキに手を向ける彩花。
上手い具合に焼き色がついていて、いかにもホットケーキ! といった風体だ。
文句がありようもない。
「うん。上手く焼けてると思います。おいしそう」
「おいしそうだよ。ありがとね、彩花ちゃん」
その言葉を受けて、彩花は照れくさそうに笑った。
そのあと、辺りを確認してから彼女はそっと顔を近付けてくる。
ふたりだけに聞こえる声で囁いた。
「生クリーム多めにしておきました。内緒ですよ? 来てくれてありがとうございます、るかさん、兄さん」
ふふ、と微笑んでから、「ごゆっくり」と付け足し、嬉しそうに戻っていく。
文化祭だからか、ふたりが来ている昂揚感からか、それとも学校の中だからか。
彩花は普段よりも明るく、テンションが高く感じた。
そんな彩花の後ろ姿を、理久はぼうっと見送ってしまう。
すると、こつん、とるかに小突かれた。
「理久。顔。バレちゃダメなのは、彩花ちゃんだけじゃないんだから」
「はっ」
あまりの可愛さに見惚れていたが、それをるかに素早く指摘された。
先ほどの男子のように、周りから「あれ絶対、彩花に惚れてるな」と勘付かれてしまっては、一巻の終わりだ。
るかに礼を言ってから、理久は顔を引き締める。
そして、視線をホットケーキに移した。
おいしそうな二枚のホットケーキは、彼女が丁寧に焼いてくれたことが窺える。
多めに付けてくれたクリームを添えながら、口に含んだ。
「んま」
理久の家で作るくらいホットケーキが好きなるかは、嬉しそうに顔をほころばしている。
理久もそれを楽しんでいると、調理している子たちの声が聞こえてきた。
狭い教室の中だ、自然と耳に入ってくる。