表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好きな人が義妹になった  作者: 西織
文化祭の片隅で
50/141

50

 懐かしい思いに浸りながら、廊下を歩く。

 廊下や教室は、文化祭らしく可愛く飾りつけをされていた。

 彩花の『ホットケーキ屋さん』と同じく飲食を扱う教室もあれば、ちょっとしたゲームができるところや、お堅めな展示を用意した教室もある。

 生徒が笑顔で話し込んでいたり、忙しそうに廊下を歩く姿が見受けられた。


「あ、理久。あれじゃない?」


 肩を叩かれ、るかが指差す。

 三年一組、『おいしいホットケーキ屋さん』。

 手書きで一生懸命作られた看板が、出入り口に置いてある。

 彩花からも三年一組だと聞いていたので、あれで間違いなさそうだ。


 開け放たれた入り口から、中を覗き込んでみた。

 中は思ったより教室感が残っている。

 学校机を四つくっつけただけのテーブルがいくつか並んでいた。そこにお客さんを座らせているらしい。

 黒板の前には長机が置いてあり、そこで調理しているようだ。

 複数人の生徒が、長机の前でうろうろしている。

 それを見て、理久は思わず目を覆った。


「え、どうしたの理久」

「ホットプレートだ……」

「え?」


 長机の奥に中学生たちがおり、そこで彼らはホットケーキを作っている。

 しかし、調理に使っているのはホットプレート。

 家ではコンロとフライパンで作ってしまった。ホットプレートとなると勝手が違う。

 これでは家での練習が意味を為さない……!


「気付くべきだった……。教室で作るなら、そりゃホットプレートだよね……。あぁ、失態だ……」

「いや、別にそこまで大きな違いないでしょ……。ほら、彩花ちゃんいるよ。楽しそうだし、それでいいんじゃないの?」


 るかが呆れて指を差した先には、確かに彩花が立っていた。

 彼女は制服の上に家から持ってきたエプロンを身に付けて、頭には三角巾を巻いている。

 ホットプレートを前にフライ返しを持って、隣の女の子と笑顔で話していた。

 その子がホットプレートを指差し、彩花がくすくすと笑う。

 その姿は本当にただの中学生のようで、家では見られない姿にちくりと胸が痛んだ。


「いらっしゃいませ。おいしいホットケーキはいかがですか?」


 受付の男子生徒が理久たちに気付き、にこやかに話しかけてくる。

 すると、その声に彩花が反応した。こちらと目が合い、「あ」と口が動く。

 るかは笑顔で手を振り、理久は控えめに手を挙げる。

 彩花は隣の子に軽く何かを言ったかと思うと、すぐにこちらに寄ってきた。


「に……、小山内さん、るかさん! 来てくれたんですね」


 彩花はぱあっと笑顔を見せる。

 久しぶりに聞く呼称に理久が怯んでいるうちに、受付の子が彩花に声を掛けた。


「なに、三枝のお客さん?」

「うん。だから、わたしが案内するね」


 さらりと言葉を交わし、彩花はこちらに視線を戻す。

 そのまま笑顔で、「こちらにどうぞ」とテーブルに案内してくれた。

 彩花の後ろを追いながら、るかが穏やかに口を開く。


「彩花ちゃん、それっぽいじゃん。フロア似合ってるよ」

「そうですか? あ、でもわたしはずっと作ってばかりですよ」


 彩花とるかはキャッキャと話しているが、なんとなく理久は会話に入れない。

 席に着くと、彩花は苦笑いしながらメニューの説明をしてくれた。


「ええと。メニューはホットケーキしかないんですけど。それがふたつで大丈夫ですか?」 

「お、プレーンホットケーキ一本? 硬派だねえ。楽しみ」

「あれですから、あんまり期待しないでくださいね」


 彩花は調理班に目を向ける。

 作っているのは中学生で、使うのは家庭用ホットプレート。

 まぁあの環境で期待するほうがおかしい。


「一枚百五十円です」「安~」「じゃあ、俺とるかちゃんの分でお願いします」とやりとりをしたあと、理久は財布から三百円を取り出す。

 その間に、るかが彩花に囁き声で尋ねた。


「彩花ちゃん、さすがに再婚の話は周りにしてないんだ?」


 その言葉に少しだけ驚いたような表情になり、彩花はるかと同じように声を潜める。


「そうですね……。仲のいい友人には伝えていますが、基本的には……。あまり大っぴらにするような話でもないですし」

「だよね。わたしでもそうすると思うよ」


 困ったように笑う彩花に、理久が三百円を渡す。

 彼女は「すぐ作ってきますね」と笑顔で立ち去っていった。


 それを見送ってから、るかは理久に身体を寄せる。

 昔からの癖なのだが、るかと理久は基本的に隣同士に座ることが多い。

 彼女はこちらに肩をくっつけ、耳元で囁いてきた。


「理久が訊きたそうにしていたことを訊いておいたよ」

「……ありがとう」

「いーえ」


 しれっとした顔でるかは身体を離す。

 やはり、彼女には敵わない。

 るかは頬杖を突きながら、彩花に目を向けていた。

 クラスメイトの元に戻った彩花は、早速何やら訊かれている。何人かがちらちらとこちらを窺っているから、「あれはだれなんだ、どういう関係なんだ」とでも聴かれているんだろう。


 まぁ、これだけ美人なお姉さんが颯爽とやってきたら、話題になるのも仕方がない。 

 彩花がちらりとこちらを窺い、目が合ったるかが笑顔で手を振るものだから、さらに盛り上がっている。

 

 質問攻めで彩花は困った顔になりつつも、仲間たちといっしょにホットケーキを楽しそうに焼いていた。

 やわらかな空気がそこには満ちている。

 それを見つめたままのるかが、ぽつり、とこぼした。


「彩花ちゃん、楽しそうでよかったね」

「うん。なんかこう、笑ってる姿を見ると安心するよ。学校では、あんなふうに笑うんだなって」

「……ま。学校以外でも、ちゃんと安心できる場所はできてると思うけどね」


 慰めの声を聞きながら、ホットケーキを待つ。

 すると、るかが「ん」と声を上げた。

 理久も反応してしまう。

 彩花の隣に、そっと男子がやってきたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ