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好きな人が義妹になった  作者: 西織
好きな人が義妹になった
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「三枝香澄です。理久くん、今日からよろしくお願いします」


 はっとしたのは、隣にいる女性が頭を下げたからだ。

 隣の少女をそのまま大人にしたような、綺麗な女性だった。

 年齢は三十代後半だったはずだが、全くそうは見えない。

 白いブラウスとベージュのロングスカートを履いており、とてもよく似合っている。背は高いようで、そのせいで隣の少女がより小さく見えた。

 ただ、その顔つきは疲れを感じさせる。

 彼女の境遇を考えたら、それも仕方がないと思うけれど。


「ほら、理久。挨拶」


 父に肘で突っつかれ、理久は我に返る。

 そうだ、挨拶しなくては。

 あまりにショッキングな出来事に、思考が断続的に途切れてしまっている。

 未だ混乱が胸を占めているけれど、動揺してばかりではいられない。


「あ、お、小山内です。よろしくお願いします」


 しどろもどろになりながら、理久は頭を下げる。

 すると、ふたりともなぜか目をぱちくりとさせた。

 父が恥ずかしそうに、こほん、と咳払いをする。


「……あの、理久。父さんたちふたりとも小山内だから。何なら、ここにいる四人全員小山内になるから」

「! あ、そ、そうか。理久です、よろしくお願いします……」


 完全に頭が回っていない。

 消え入るような声で、理久は何とか挨拶を口にした。

 初っ端からやらかしたことに顔はカァーっと赤くなり、それを必死で隠す。

 幸いだったのは、父がすぐに口を開いたことだ。


「ふたりとも、いらっしゃい。自分の家のように――、じゃないな。もう自分の家になるんだから、これから気楽に過ごしてほしい」


 父がそう言うと、香澄は「ありがとう」とやわらかく笑った。

 理久には緊張した面持ちを向けていたが、父に対しては気安いというか、自然体な態度ができるようだ。

 一方、その隣の少女――、彩花はぎこちないまま、再び頭を深く下げる。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 その一連の動作にも、理久は目を奪われる。

 表情は決して明るくないのに、まるで太陽のような子だ、と理久は思う。

 その場にいるだけで、周りを照らすほどの輝きを持っている。

 あのときの彼女が、光り輝いて見えたように。

 油断すると、すぐに視線が吸い寄せられてしまう。


「……そうなんだ」


 ようやく、ようやく理解が追い付いた。

 理久が一目惚れした少女は三枝彩花という名をしており。

 そして偶然にも、これから新しい家族といっしょに暮らしていく。

 らしい。

 そんな偶然あるのか、と愕然とするけれど、今こうして目の前で起こっているのだから否定しようもない。


 もしこれがほかの人に知られたら、「よかったじゃん!」「最高じゃん!」みたいに、幸運として捉えられる可能性があるほど、すごい偶然だ。


 けれど。

 あまりの出来事に舞い上がりそうになったものの、理久の頭は意外にも冷静さを取り戻した。

 それどころか、必死に打ち消す努力をする。

 胸を押さえて、強く鳴り響く心臓の音を鎮める。

 だって彼女は、これからここに住むのだ。

 同居人が一方的に自分を知っていて、かつ容姿だけで恋心を抱かれていたと知れば、決して穏やかではいられない。


「……?」


 どうやら思わず、彼女の顔をまじまじと見てしまったらしい。

 彼女は困ったように笑い、小首を傾げた。

 理久のことを覚えている様子はない。

 あのときの出来事はほんのわずかな時間だったし、随分前だ。

 覚えてなくて無理もないし、理久も恥ずかしいのでわざわざ言うつもりはなかった。


「あ、理久。彩花ちゃんの荷物持ってあげて。部屋、二階だから」


 父はごく自然に香澄の大きな鞄を受け取っていた。

 そう促されて、慌てて「あ、持ちます」と彩花に手を差し出す。

 すると、彼女は大きな目をさらに見開き、びくっと肩を縮ませた。


「いえ、あの。申し訳ないです……」

「いや、全然……。重そうですし、二階なので……」


 彩花と真っ向から対峙して、顔が赤くなっていないか心配になる。

 でも、彩花はおろおろと視線を動かすばかりで、こちらの顔を見ていないようだった。


「ありがとう、理久くん。彩花、そう言ってくださってるんだから、お願いしたら?」

「……う、うん。あの、すみません、お願い、します」


 香澄にそう言われ、彩花はこわごわ鞄を差し出してくる。

 彼女の白く、細い指に触れないようにしながら、その鞄を受け取った。

 ずっしりと重い。

 けれど、全く重くありませんよ、という顔をして理久は階段を先行した。


「彩花ちゃん。ここが彩花ちゃんの部屋だから。好きに使ってほしい」


 父は寝室に香澄の荷物を置いてから、彩花を部屋に案内した。

 理久の部屋の向かいだ。

 父が扉を開けると、部屋の中がちらりと見える。

 そこには既に、彩花の荷物や家具が運び込まれていた。

 理久は外出していたので見ていなかったが、昨日のうちに引っ越し作業を行ったらしい。


 元々、この部屋は空き部屋だった。

 使われなくなって久しいが、すっかり彩花の色に染まっている。

 女の子の部屋、という感じがして、理久は見ないように目を逸らした。

 彼女の部屋が目の前にあるのは、なんだかとても落ち着かない。

 そうしているうちに、彩花は深く頭を下げて礼の言葉を口にする。


「ありがとうございます。部屋まで用意して頂いて……」

「いえいえ。ここしか空いてなくて申し訳ないんだけど……」


 父は扉のドアノブにそっと触れて、何気なく続けた。


「部屋には鍵も付けておいたから。気にせずに使ってほしい」


 父はサムターンに指を掛けて、カチャカチャと鍵を開け閉めしてみせる。

 それは理久にも見覚えがないものだった。

 思わず理久は声を上げる。


「え、いいな。父さん、俺が鍵付けてほしい、って言ったときは付けてくれなかったのに」

「理久は必要ないだろう……」


 呆れたように言われてしまうが、納得いかない。こちらも思春期ですが?

 しかし、抗議を続けることはできなかった。

 彩花の表情に目がいき、思考を奪われたからだ。


 彼女は鍵を見つめて――、明らかにほっとした顔をした。

 ずっと緊張していた彼女の表情が、ほのかにやわらぐ。

 それはこの家に来てから初めて見せる、ほんのわずかな弛緩だった。

 父もそれを感じ取ったのだろう。

 真剣な面持ちで、ゆっくりと確かめるように言う。 


「彩花ちゃん。何か必要なことがあれば、遠慮なく言ってほしい。本当に気を遣わなくていいから」

「……ありがとうございます」


 彩花は父に対して、深く、深く頭を下げた。

 理久はこのとき、彼女の表情の意味をまだわかっていなかった。

 ただただ、彼女の顔をできるだけ見ないようにする。

 この偶然は思った以上に、理久に試練を課すかもしれない。


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