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理久は、彩花のことが好きだ。
その想いは日に日に大きくなっているし、ずっといっしょにいたい、とも思う。
今はそばにいるだけで幸せでも、いつかはその感情が姿を変えるかもしれない。
この大きな感情が、そのままの質量で意味だけが変化してしまったら。
『恋人にしたい』と願ってしまい、それでも口に出せない日々に変わってしまったら。
自分は、圧し潰されずにいられるだろうか。
「……ねぇ、るかちゃん。もし、俺が高校卒業してから想いを伝える、とかだったらどうかな。大学で一人暮らしを始めて、家を離れてから告白する、とか。フラれても、いっしょに生活してないならマシじゃない?」
るかが指摘した点は、「いっしょに住む男子が、自分を性的に見ていることがわかったら」という話だった。
けれど、理久が家から離れて、彩花との共同生活が解消されたら。
もしくは、ふたりのどちらかが家を出たあとなら。
同じ家に住む兄妹でないのなら、彼女の負担もかなり軽くなるのではないか。
そう思っての提案だったが、るかの目がすうっと細められる。
「理久がそれまで我慢できるならいいけど。でも理久が高校卒業したあとってことは、彩花ちゃんが丸々二年間、高校に通ったあとってことでしょ。……絶対、彩花ちゃん、その間に彼氏できるよ」
「うっ……!」
信じられないほどの辛い現実を叩きつけられ、理久はその場にうずくまる。
ゲロ吐きそう。
脳が破壊されそうになりながら、るかに訴えかける。
「なんで……、そんなひどいことを言うの……」
「しょうがないじゃん……。プランに無理あるんだから……。理久が言ってるのって、彼氏ができたとしても見過ごして、ひたすらに我慢して、ようやくスタートラインに立つ方法だから。それでもいいなら、いいけど」
「でも……、彩花さんが彼氏作るとは限らないじゃん……。あぁそうだ、彩花さん、あまり親しい男子いないっぽかったよ……!?」
見苦しく希望にすがっていると、るかが自嘲じみたため息を吐く。
「中学と高校じゃ状況が違うでしょうよ。あんだけかわいい子が、高校生になっても放っておかれると思う? アプローチ掛ける人は増えるだろうし、あの子も掛けるかもしれない。告白されたら、試しに付き合ってみる子だっているんだよ。高校生って、そういう感じじゃん。わたしらの周りもカップル増えたし、わたしもよく告白されるし。わたしの好きだった人も……、何とも思ってない相手に告白されて……、ノリで付き合ってたし……」
あー、とるかは天を仰ぐ。
彼女が失恋した話は何度か聞いているだけに、そのダメージも内容も実感のこもったものだった。
るかが言うように、中学生と高校生では恋愛面でかなりの意識の差がある。
るかがよく告白されているだけに、理久も実感していた。
中学では、本人はさりげなさを装っているが全くもってバレバレな態度で、「望月ってさ……、彼氏とかいるの?」と理久は何度か聞かれた。けれど高校ではよく言えば積極的、悪く言えばラフに、「望月さん紹介してくんない?」と言われることも多い。
彼氏彼女の関係になる人も増えた。
付き合った理由が、「告白されたから」という人も見掛けた。
るかはそれを指摘している。
「わたしも、男子にはモテるんだけどなあ……」
はあ、と大きなため息が聞こえる。
人によっては嫌味な自慢だが、彼女の場合は純粋な嘆きだ。それを理解している理久の前だからこそ、るかも口にできる。
もし、るかが彼氏を作ろうと思えば、きっと明日にはカップルが成立する。適当に声を掛けるか、掛けられた相手に応じればいい。
それは、彩花だって同じだ。
彼女が、「彼氏欲しいな」と思えば、きっとすぐにでもできてしまう。
もし、そんな日がやってきたら。
『兄さん、実はわたし、恋人ができまして……。プレゼントを贈ろうと思うんです。男性ってどんなものを贈られると嬉しいですか?』
そんなふうに相談されてしまったら。
きっと心がバラバラになるに違いない。
「うわ。ちょっと理久。無言で泣くのやめてよ」
いつの間にかはらはらと涙を流していたらしく、るかに注意されてしまう。
想像だけで涙が流れるくらいだから、自分は彩花に恋人を作ってほしくないのだろう。
今の状態で、「彩花が恋人になったら」と想像することは難しいけれど。
理久と彩花が恋人関係になって、彼女が周りの男性のアプローチに、「すみません、わたし恋人いますから」と断ってくれるのなら、こんなにも嬉しいことはない。
けれど。
「……それでも、言えないよ」
彩花が高校生になって、恋愛に興味が出たり、男子に迫られたりしても。
理久が彼女と付き合いたい、と心から願ったとしても。
それでも、「好きです」は言えない。
その理由を、るかが丁寧に口にしてしまった。
同じ女子からの、より具体的な想像を教えられてしまった。
理久は、彩花が幸せに、穏やかに暮らせることを心から祈っている。
だからこそ、彼女を困らせるのは本意ではない。
もう二度と、彩花に以前のような顔をさせたくなかった。
「……理久の気持ちは、立派だと思うよ。偉いよ」
るかは気まずそうにしながら、「でもね」と続ける。
「好きって気持ちはさ、溢れるんだよ。言わないでおこう言わないでおこう、だって困らせるだけだから。関係が壊れちゃうから。そんなもの、百も承知なんだよ。でも、そんな理性を簡単に吹っ飛ばすのが、『好き』っていう気持ちなんだよ……」
るかは淡々と、心細くなるような声で言う。
それを無理やりに振り払い、はあ、と大袈裟にため息を吐いてから、るかは空を仰いだ。
脅してるわけじゃなくてね、とるかは続ける。
「気を付けろってこと。理久が一回でもポロっと言っちゃったら、それで終わるんだから。弱音を吐きたくなったら、わたしがいくらでも聞くからさ。状況がわかってるんだから、話しやすいでしょ」
「……うん。ありがとう、るかちゃん」
既に事情を知っている彼女なら、これほど頼りになる相手はいない。
もう好意もすっかり筒抜けなのだから。
どうにかなりそうになっても、きっと彼女なら適切なアドバイスをくれるだろうし、ブレーキも掛けてくれる。
頼りにしてる、と告げると、るかは破顔した。
「いつも失恋したときは愚痴聞いてもらってるから。お返しできるのなら本望だよ」
いつも聡明で落ち着きのあるるかが、恋に破れたときだけは感情的にわんわんと泣く。それを理久が慰めるのも、いつものことだった。
そして、いつも密かに怯えていたのだ。
本気の恋愛とは、ここまで強い感情を覚えるものなのかと。
理久はその恐ろしさを感じつつあった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!!
第一章が終了です。次からは第二章になります。
学校が始まり、また少し環境が変化して、ふたりの取り巻く状況も変わっていきます。
その中で進んでいくふたりの関係を、見守ってくださると幸いです。
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