45
そんなことを話しているうちに、近くの公園にやってきた。
子供の頃はよく遊びに来ていた公園だ。
砂場やすべり台、シーソー、ブランコ、とオーソドックな遊具が設置されていて、もう少し早く来ていれば子供の声が聞こえたかもしれない。
何度も足を運んだ場所だが、ここで無邪気に遊ぶにはふたりは大きくなりすぎた。
ふたりの間で何か話したいことがあれば、自然とここに足が向くようになっている。
無人の公園に足を踏み入れ、るかはふらふらとすべり台に向かう。
この公園内で一番大きな遊具で、高さもそこそこある。階段を上った先が広くなっており、そこに子供がキャッキャと集まっていることもあった。
るかは何の躊躇もなく、階段を上っていく。
さすがに高校生ふたりですべり台に上る気にはなれず、理久は下で彼女の姿を見上げていた。
「真面目な話をするけどさ」
彼女は上った先でへりに両腕を置き、遠くを見るように顔を上げる。
そう口にするだけあって、彼女の表情はどこか憂いを帯びていた。
るかの顔も、制服も、夕暮の色に染まっていく。
それだけに、「ちょっと待って」と理久はすぐに声を掛けた。
「なに」
「真面目な話をするんなら、降りてきてよ。るかちゃん、さっきからずっとパンツ見えてるよ」
彼女は前かがみになり、お尻を軽く突き出すような姿勢になっている。
ただでさえ短いスカートが風に揺れ、脚の付け根と下着まで、理久からばっちり見えてしまっていた。
スカートの防御力って低すぎるよな、とここからだと思わずにはいられない。脚なんてほぼ全部見えてるんだけど。
いくら何でも、パンツ丸出しでは真面目な話が霞んでしまう。
しかし、るかは照れる様子も隠す様子もなく、面倒くさそうに口を開いた。
「見たくないなら上がってくればいいじゃん」
「他の人が来たら見えちゃうよ、って指摘してるんだけど……。まぁいいや……」
普通のすべり台より広いとはいえ、さすがに高校生ふたりが居座るには狭いのだけれど。
上がってこい、と言われたので、素直に階段に足を載せる。
大人の体重を預けるには心許なく感じ、高さが上がるたびに恐怖心がうずく。
それでも上り切ると、るかがいつの間にかこちらに身体を向けていた。
髪の束が揺れる奥には、夕焼けが眩く主張をしている。
胸元のアクセサリーがちゃり、と音を立て、肘をへりに載せているので鮮やかなネイルが目立っていた。
るかはこちらをまっすぐに見つめ、静かに問いかける。
「理久はさ。彩花ちゃんとどうなりたいの?」
「どうなりたい……」
オウム返ししても、すぐに意味は浸透していかない。
そんな理久に理解させるように、るかは言葉を繋いだ。
「恋人になりたいかどうか、ってことかな。理久が彩花ちゃんと結ばれたいのか、そう考えてるならどれほどの想いなのか、いつかは告白しようと考えてるのか。それを聞きたい」
確かめるように言われ、理久は視線を太陽に向けた。
燃え上がるような橙色が、家の向こうに沈んでいく。
そこから運ばれてくる風はうだるような夏のものではなく、わずかにだが秋の気配を感じさせた。
そちらに目を向けたまま、頭の中で考える。
けれど、出てきた言葉は、「わからない」という釈然としないものだった。
「自分が彩花さんに、そういうのを求めているのか、そうなりたいのか、今はわからない。でも、あの子がどうなってほしいか、っていう願望はある。幸せになってほしい。穏やかに、普通の女の子みたいに笑っててほしいな、って思うよ」
自身がどうしたいかはわからない。
けれど、彼女にどうなってほしいか、はすんなりと出てくる。
それは間違いなく、正直で嘘のない一番の想いだった。
それにるかは無表情のまま、静かに問いかけてくる。
「付き合いたい、とかは思ってないってこと?」
「今はわからない、としか……。もし、彩花さんが恋人になってくれるのなら、すごく嬉しいとは思うけど……」
嬉しいだろうが、具体的に想像できない。
想像するのが難しい、というのもあるかもしれない。
今まで理久は女性と付き合ったことはないし、その先にある恋人らしいこともおぼろげな憧れでしかない。
もしこれが、クラスの女子相手だったら、もっといっしょにいたい、話したい、そばにいたい、とアプローチするのかもしれない。
けれど、理久と彩花は十分に同じ時間を過ごしている。
それだけに満たされて、その先を想像しにくいのかもしれない。
そして、何より。
その先にあるものを手に入れたい、と願うよりも、目の前のものを失うほうがよっぽど怖かった。
「俺はそれより、告白してフラれたときのほうが怖い。るかちゃんが言ったように、好意がバレることが怖い。そのリスクを背負ってまで、恋人になりたい、とは思えないのかもしれない」
今朝、るかに伝えられた言葉は、理久にとって恐ろしく危険で、あり得るだろう現実だった。
もし、理久が彩花と付き合いたいと願ってしまったとして。
その気持ちを伝え、彼女に断られたら。
そこから先は、彩花に強い負担を掛ける日々が待っている。
家が再び、安心できる場所じゃなくなってしまう。
最終的に、彼女を家から追い出すことになりかねない。
「理久がその辺りをわきまえているのなら、いんだけどさ」
るかは小さく息を吐くと、今度は彼女が太陽に目を向けた。
「あれだけ性格のいい、かわいい女子がそばにいて、いっしょに生活をして。笑って。時間を重ねてさ。その先で、『この子に彼女になってほしい』って願ってしまったら。今の生活は理久にとって、すごく辛いものになると思うんだよ」
「………………」
いつの間にかるかの声に、心配の声が混じっている。
姉として、不出来な弟を心配するような。
そしてそれは、軽々に否定できる可能性ではない。