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好きな人が義妹になった  作者: 西織
好きな人が義妹になった
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 始業式とホームルームがあっただけで、二学期一日目は午前中で放課後となる。

 登校したときと同じように、理久はるかとともに下校した。

 彼女は一度家に帰ることなく、制服姿のまま理久の家にやってきた。


 父と香澄は当然として、彩花もまだ帰ってきていないようだ。自転車がない。空いたスペースをちらりと一瞥したあと、理久は玄関の扉を開く。

 無人なので言う必要はないのだが、なんとなく癖で「ただいま」と口にすると、続けてるかが「ただいまー」と気の抜けた声を出した。

 彼女が家に来ることは珍しくない。

 リビングに通すと、彼女は勝手知ったるといった感じでソファに腰を下ろした。


「なんか飲む?」

「お茶ある?」

「あるよ。入れる」

「ありがと」

 

 簡単に言葉を交わしながら、理久も家でくつろぐ準備をする。

 彼女にお茶を出し、るかの隣に理久も腰を下ろした。

 ありがと、と早速お茶を口にしつつ、るかは辺りを見回した。


「なんか家族増えた割に、見た感じあんまり変わってないね」

「まぁ一ヶ月だし。そのうち変化あるんじゃない?」

「そっか。ん。理久、お腹減った。何か作ろうよ」

「いいけど、彩花さん帰ってきてからね。いっしょに食べるから」

「おお、そうか。いやぁ、なんか新鮮だな」


 るかはそこで、なぜかおかしそうに笑った。

 テレビをだらだらと観ながら、ひとまず彩花の帰宅を待つ。

 自転車だからどうだろうか、と思ったが、案外早く彼女は帰ってきた。


「ただいま戻りました」


 とんとん、と小気味よい足音を立てながら、彩花はリビングに入ってくる。

 客人がいることを伝えたからか、その声はちょっとだけ硬い。

 セーラー姿の彩花が姿を現し、ソファに座ったままのるかと目が合った。

 そこで彩花は驚いたように目を見開き、身体がぴくりと固まる。

 るかは人懐こい笑みを浮かべて、手を振ってみせた。


「どうも~。彩花ちゃんだよね。話は聞いてるよ。わたしは望月るか。理久の幼馴染。よろしく」

「あ、よろしくお願いします。ええと、兄さんの妹……? の彩花です」


 言い慣れていないせいか、若干疑問符をまじえながらの返答だった。

 一目見てもう気に入ったのか、るかはニコニコと愛想のいい笑顔で彩花を見ている。

 一方、彩花は緊張した面持ちを崩さない。驚きと困惑が混じった表情で、どうしていいかわからなくなっているようだった。

 その態度に、理久は不安を覚える。


「えっと、彩花さん。友達が来るって連絡してありましたよね……?」


 彼女のスマホにはあらかじめ、るかが来ることを連絡しておいた。

 なのに彼女の反応は、突然、家に見知らぬ人を発見したかのよう。

 彩花の中学校は、原則校内でのスマホの使用を禁止しているが、所持は認められている。校外では使える。

「もし、何か買い物してほしいものがあったら、連絡くださいね」と彩花から言われたくらいだ。

 もしかしてスマホを見てなかったのかな、と心配になっていると、彼女は頬を赤く染めた。


「いえあの。それは確認していたのですが、兄さんの友達、と聞いていたので……。男性の方かと……。あの、もしかして、恋人同士だったり……?」


 おそるおそる、緊張しながら問いかける彩花。

 義兄が友達を連れてくる、って言っておいて、リビングで彼女といちゃついていたら、こんなふうに困惑するかもしれない。

 るかと理久は顔を見合わせたあと、お互いに手を振って見せる。当然すぎて、そういうのじゃない、と口にする声も出てこなかった。

 るかは小さく笑って、理久のほうを見た。


「久しぶりに間違われたかもね。逆に新鮮」

「や、高校入ったばかりの頃は結構間違われたでしょ。未だに勘違いしてる人もいるんじゃないかな」


 あまりにもいっしょにいるものだから、もしかして彼氏? 彼女? と訊かれることは今までも何度もあった。

 小中学校はさすがに見知った顔ばかりなので、訊かれることは少なくなっていたが、高校入学当初はそれなりに訊かれたものだ。「小山内って、望月さんと付き合ってんの?」と。

 なぜかそういうとき、大抵理久よりも先に周りの友人が、「そういうのじゃない」「アレ理久のお姉ちゃんだぞ」と否定するのだが。

 彼らに言うように、彩花にも説明する。

 彼女に伝わりやすいたとえも用いて。


「幼馴染だよ。でも、ほとんど姉弟みたいなものだから。父さんと香澄さんみたいな関係って言えば、伝わります?」


 理久のたとえに、彩花は「あー……」と納得したような声を出し、頷く。


「もう家族みたいな間柄、というか……」

「そゆこと」


 るかが手をひらひらさせながら、にっこり笑う。

 それで少しは緊張もほどけたのか、彩花も微笑みを返した。

 るかは理久の肩をぽんぽんと叩き、彩花に向けて口を開く。


「理久の妹ってことは、わたしにとっても妹みたいなものだから。もし何か、理久やおじさんにも言えないようなことがあれば、わたしに言ってよ。何でも相談乗るから。任せて」

「ありがとうございます」


 女子相手だと接しやすいのか、それともその言葉が頼もしかったのか。彩花の表情がパッと華やいだ。

 理久には言えないことを言える相手が、るかだったら理久としても嬉しい。

 そこで思い出す。

 るかを頼りにしていたことが、既にもうある。


「そうだ、彩花さん。数学、もしわからないところがあったら、るかちゃんに訊くといいですよ」


 図書館で彩花と話したことを思い出し、るかに手を向ける。

 るかは一度首を傾げたあと、ぽんと手を打った。


「あ、そっか。彩花ちゃん、受験生か」

「しかも豊崎目指してるんだって」

「え、そうなの!? 後輩じゃん。任せて任せて、効率のいい点数の取り方を教えてあげよう。うちの入試なんて、パターンにはめるのめちゃくちゃ簡単だから」

「あ、ありがとうございます……?」


 とんとんと話が進んでいく中、彩花がついていけない顔をしている。 

 そこで、重要な情報を伝えていないことを思い出した。

 理久はるかにもう一度手を向ける。


「るかちゃん、中学でも高校でも学年トップを譲ったことないから」


 その言葉に、るかは恭しく己の胸に手を当てる。

 え、すごいです、と素直に彩花が驚くものだから、るかはくすぐったそうに笑った。


「高校はまだ二回しかテストしてないけどね。中学はずっと一位だったよ。まぁ点数の取り方が上手くても、本質の理解が伴わないなら意味ないと思うし、あんま自慢するようなことでもないけど。あ、こんな見た目だから意外だったでしょ?」


 るかはゆるく付けたリボンを艶やかな爪でいじり、その奥のネックレスがチャラチャラと音を立てた。

 理久からすれば、るかはずっと頭がよかったから容姿が派手になったところで印象は変わらない。


 けれど、ギャルっぽい彼女の容姿は、世間的に秀才のイメージはないらしい。

 いくら豊崎高校の校則がゆるめとはいえ、彼女の着崩し方はかなり攻めている。それでもなんとなく許されているのは、彼女が抜群に成績優秀であることと無関係ではないだろう。

 ちなみにるかが豊崎を選んだ理由は、家から程々に近い、校則が緩い、理久が行くから、だった。


 第一志望の学年トップから、「効率よく点数を取る方法を教える」と言われ、彩花も揺らいだらしく、前のめりで答えた。


「あ、ではあとで教えてもらっていいですか……? 数学、どうしても苦手な部分があって……」

「いいよん。あ、でも、先にお昼ご飯作ろっか」


 るかが時計を見て、そう言う。

 すると途端に、彩花はお腹に手をやった。

 それですっかり意識は昼食に向く。

 るかの言葉ひとつで、どんどん家の中の空気が変わっていく。

 本人が言うように、彼女は理久と彩花の姉なのかもしれない。


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