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話しているうちに、駅が近付いてくる。
周りも人が増えてきて、遠くから踏切の音が聞こえてきた。
他人のざわめきから逃れるように、るかは身体を近付けてきて、煌びやかな色の爪をこちらに向けた。
「それで、その子はどんな子なの?」
もちろん、家の状況や取り巻く環境をるかに聞いてほしかった。
けれど、言いたくて仕方がなかったことがひとつある。
三枝彩花が、理久が一目惚れした少女であること。
あのとき田んぼに突っ込んだ理久を、助けてくれた女の子であること。
るかは、田んぼに落ちた理久を見ている。
その際、うっかり一目惚れしたことを話してしまった。
もちろん、彼女以外には話していない。
この偶然を共有できるのは、望月るかただひとりだ。
「それがさ――」
あのとき助けてくれた女の子だったんだ、と話す。
すると、るかは「嘘ぉ!?」と大声を出し、身体を硬直させた。
いくら騒がしい駅前だといえ、彼女の声は周りからの注目を呼んだ。
それが可愛らしい少女だというのだから、視線はさらに集まる。
しかし、るかは気にしている余裕はなく、目をまんまるにして理久を見ている。唖然、という表情がこれほど似合う顔もない。
るかがそんな表情を出すのは本当に珍しい。
それくらい、驚くべきことだ。
「俺も驚いた。まさか、こんな偶然があるなんて、と思って」
理久が笑うと、るかはぎこちなく足を前に進める。
そして、おそるおそるこちらの顔を覗き込んできた。
「ねぇ、理久。それ、本人には……」
「いや、言うわけないって。伝える気もない。ていうか、言っちゃダメでしょ」
当然そう答えるが、るかの目は何やら警戒の色を宿していた。
じろじろと見て、理久の様子を窺っている。
それには違和感を覚えてしまったけれど、理久はこの話がしたくてたまらなかった。
気にせずに、自分の気持ちを並べてしまう。
「彩花さん、って言うんだけどさ。すごく、いい子だよ。物凄く。いい子すぎるくらい」
そのタイミングでお互いに改札を抜けたせいで、るかが眉を顰めたことに理久は気付けなかった。
合流してから、理久は歌うように語る。
この話だって、彼女には聞いてもらいたかった。
「最初はめちゃくちゃぎこちなくて、遠慮もすごかったんだけどさ。最近は、少しだけ心を許してくれた気がする。それが、すごく嬉しくて。そりゃなかなか家族にはなれないと思うけど、それでも、あの子が少しでも幸せに暮らしてくれれば――」
「理久」
「え?」
いつの間にか夢中になって話していると、ぐん、と手を引っ張られた。
るかの小さな手が理久の手を強く握り、そのままぐんぐんとどこかに連れられていく。
「え、なに、るかちゃん」
「いいから」
るかは振り返りもせず、有無を言わさず引っ張ってきた。
彼女の小さな背中、腰に巻かれたカーディガンを見ながら、大人しくるかに連れられていく。
るかが連れてきたのは、わずかに並んだロッカーコーナーの、その隅。
朝のこの時間にロッカーを使う人はなかなかいないようで、ほかの人が忙しなくホームに向かうのが見える。彼らはこちらに一瞥もくれない。
そこで、るかは理久を壁に押し付けた。
そのまま肘を壁に付き、身体が密着するほどに顔を近付けてくる。
「ちょっと、るかちゃん。なに……?」
今更彼女にくっつかれようともドキドキすることはないが、居心地は悪い。
周りの視線も怖い。
やけに美人なギャルが男子高校生を壁に押し付けていたら、妙な事件性を疑われないだろうか。
けれど、るかは周りを気にせず、まっすぐに理久の目を見ていた。
妙に凄みを感じさせる目で理久を睨み付け、確かめるように口を開く。
「理久。あんた、その子に一目惚れしたから、じゃなくて。その子の内面を知ったうえで、ちゃんと、しっかりと、好きになってしまったな……?」
「………………………」
黙り込む。
それは否定したかったわけじゃなく、彼女の凄みに怯んだからだ。
動揺していると、るかはカッと目を見開き、早口でまくしたてた。
「わっかりやすい顔しやがって! ガッツリ大好きです、って顔に書いてんの! 小学生のとき、みぃちゃんを見てたときとおんなじ顔してさぁ!」
「痛い痛い痛いって……っ」
るかは爪をこちらの頬にぐりぐりと突き刺してくる。
残念ながら、彼女には大抵のことがお見通しだ。
好意がバレたことは思春期の男子らしく羞恥心を覚えるが、るかに隠し事ができるとも思えない。半分以上は諦めていた。
しかし、理久にはなぜるかが激昂しているかがわからない。
みぃちゃんのときだって、「理久、みぃちゃんのことが好きなんだ。わたしがアシストしてあげようか?」とからかうような顔をしていたのに。
それがるかにも伝わったらしく、彼女はこちらの襟首をぐっと掴んだ。