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彩花と香澄、父が出ていくのを見送ったあと、理久も家を出る。
一学期の終業式ぶりに、通学路を歩いた。
少しばかり進んだ先で、女子の姿が目に入る。
彼女は塀に持たれて、気だるげにスマホをイジっていた。
もう何百回……、いや、それ以上。
住宅街の細い道路、家の前で待つ彼女の姿を見てきた。
周りの風景は変わらないのに、彼女はぐんぐん成長していき、雰囲気もどんどん変わっていく。
それでも、理久と彼女の関係は一切変わっていない。
「おはよ」
「おっす。久しぶりだね、理久」
スマホを眺めていた彼女が顔を上げ、小さく手を挙げる。
通学路で待っていたのは、幼馴染の望月るかだ。
いつもと変わらない位置、姿勢で彼女は理久のことを待っていた。
スマホをポケットに仕舞い、るかは理久の隣に並ぶ。
すると彼女は、こちらの顔を覗き込んできた。
「なに、理久。眠そうじゃん。遅くまでゲームでもしてたの?」
「や、宿題終わってなくて。ギリギリまで片付けてたから、ちょっと寝不足」
「えぇ? あんなん普通にやってたら七月には終わるのに」
「るかちゃんのその言い草、何年聞いてても腹立つ」
理久の物言いを、彼女は明るく笑い飛ばした。
人に寄っては、この組み合わせはちょっと不思議に思うかもしれない。
理久は制服を着崩すこともなく、周りの生徒に合わせるよう、ごくごく普通の着こなしをしている。
整髪料で髪を目立たせることもなく、突飛なアクセサリーもない。
一方、彼女、望月るかは同じ制服姿でも全く違う。
ブラウスを派手に開けることまではしないものの、その白い首筋にはネックレスが光っているし、制服のリボンはゆるく付けられている。耳元にはピアスも飾られていた。
腰に巻いているカーディガンは学校指定のものではなく、理久には馴染みのない女子高生に人気のブランドだ。
スカートはかなり短く、彼女の健康的な脚が太陽の下に晒されている。
スカートの横でぶらりと揺れる手、その指には煌びやかなネイルが塗ってあった。
装飾されているのは服装だけではなく、その顔も。
元々子供の頃から整った顔立ちをしていたが、メイクを覚えてからというもの、その美しさをさらに際立たせている。大人顔負けの美貌を称えていた。
キリッとした目つきも、ほのかに桃色に染めた頬も、色のついた唇も、理久からすれば「すっぴんで十分綺麗なんだからしなくてもよくない?」と思うものの、本人からすると、全然違うらしい。
彼女の顔をキュートに見せているのは、髪型の存在も大きい。
高い位置で髪を括り、首の後ろで髪の束を揺らしている。髪の手入れに物凄く気を付けているだけあって、揺れる髪にはツヤがあった。思わず触れたくなるその髪は、肩の先まで伸びて可愛らしさと愛嬌を演出している。
その下のうなじは白くてすべすべのもっちり肌だが、彼女が引くくらい日焼け止めを塗っていることを理久は知っている。
彼女をわかりやすく形容するなら、ギャルだ。
しかもめちゃくちゃ美人の。
それがごくごく平凡的な理久の隣に、当然といった顔をして居るから疑問に思われるのかもしれない。
けれど、望月るかと小山内理久は幼馴染。
古くからの付き合いで、関係が一切変わっていないだけだ。
ふたりが成長する途中でるかがどんどん華麗に、女性らしくなっただけ。
今だって、小学生から続けているふたりでの登校を、高校生になっても繰り返しているだけである。
「ネイル、新しくしたの?」
ただ、ずっといっしょにいるせいか、彼女の変化に敏感だ。
理久が指を差すと、るかは手を持ち上げた。
「ん。そ。かわいいっしょ。でもこれ、結構前に塗ったんだよね。理久とはこの夏休み、会わなかったからな~」
あ、剥げてる、とるかが声を漏らした。
普段なら長期休みになっても、どちらともなく理久とるかは遊ぶことが多いのだが、珍しく今年の夏はほとんど会わなかった。
それは理久自身が慌ただしかったせいでもあるが、彼女も忙しかったから。
そうじゃなければ、理久はすぐにでも彩花のことを相談していただろう。
『るかちゃんって、夏休みの予定って何かある?』
『ん-、多分バイト? 友達から短期のバイトに誘われててさ。面白そうだから、そっちガッツリ入っちゃうかも』
『あ、そうなんだ……。じゃあ結構忙しい?』
『そうかも。まぁ理久が言うなら予定空けるけど。何かあるの?』
『ん-……、いいや、申し訳ないし。夏休みが終わったら、話し聞いて』
夏休み前、そんなふうに会話したのを覚えている。
早速彩花の話をしようとすると、曲がり角から自転車が現れた。
それに見覚えがあり、「あ」「お」と互いに口が動く。
高校は違うが、小中校といっしょだった男子だ。彼も近所に住んでいる。