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好きな人が義妹になった  作者: 西織
好きな人が義妹になった
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 九月一日。

 新学期。

 夏の暑さもわずかにやわらぎ始めた頃、楽しい楽しい夏休みがついに終わってしまった。

 新生活にはまだ慣れたとは言い難いが、それでも学校には行かなければならない。

 理久は久方ぶりに制服に袖を通し、部屋を出た。

 一日中、部屋着でうろつく毎日も終わりだ。

 その事実に肩を落としながら、理久は階段を下りていく。


「わ。理久くん、制服だ。似合うねえ。あ、おはよう」


 リビングに入ると、突然そう声を掛けられて驚く。

 香澄だ。

 彼女はテーブルの上にコップを運んでいる最中だった。


「お、おはようございます」


 ぎこちなく挨拶を返す。

 夏休み中、理久が起きる頃にはいつも香澄は出勤していた。

 今みたいに、朝の挨拶をするなんて滅多にない。

 彼女はスーツに身を包んでいて、メイクも終えている。普段よりも、きりっとした面持ちだった。

 その隣にはスーツ姿の父もおり、ふたり並んで朝食の準備をしている。

 それも初めての光景で、ちょっと面食らってしまった。


「お。おはよう、理久。今日は寝坊しなかったな」

「普段からそんなにしてないでしょ……」

「夏休み中はかなりいい加減な生活してただろ。父さん、心配してたよ」

 

 父は朝から朗らかに笑っている。

 恥ずかしいから、香澄の前であまりそういうことは言わないでほしい。

 父と香澄は話しながらも、手早く朝食をテーブルの上に運んでいた。


 朝はトーストと目玉焼き、それとコーヒー、と簡素なものだが、朝ならこれくらいでちょうどよい。

 ただ、三人の皿の上にはトーストが一枚だったのに対し、一皿だけ二枚載せられたものがある。

 それは彼女の定位置に置かれていた。


「おはようございます」


 その定位置の主である彼女の声が、涼やかにリビングに響く。

 彩花が下りてきたようだ。

 理久は振り返って彼女を見て、その姿に息を呑んだ。

 言葉が出ないというのは、このことだと思った。

 ただただ、見惚れてしまう。


「おはよう。彩花ちゃんが制服着てるの、なんだか新鮮に感じるね」

「あぁそっか、彩花も制服見せるの初めてだもんね。引っ越してから初登校」


 父のしみじみとした声と、香澄の笑みの混ざった声が重なる。

 そう。

 彩花は今日、制服を着ていた。


 白と紺のセーラー服だ。

 長い髪がセーラー服の前で流れていき、彼女の清楚な印象がより強くなる。

 あどけない顔立ちが学生という枠組みにハマることで、パズルのピースがパチりと埋まるかのよう。


 普段、私服やパジャマ姿で、丁寧な言葉遣いと動作をする彼女といると、時折彩花が年下の中学生であることを忘れてしまう。

 しかし今は、その制服によって、彩花が中学生であること、年下であることを強く意識してしまった。

 そして何より、理久が一目惚れしたときと同じ姿なのだ。

 周りを照らすような、ぽかぽかの笑顔を浮かべていたあの子。

 髪や顔が汚れ、泥だらけの制服でもだれよりも美しかったあの子。

 心を一気に持って行ったあのときの彼女が、すぐ目の前にいる。


「な、なんだか恥ずかしいですね」


 彩花は照れた表情で、長い髪を指でいじっている。

 彼女に見惚れるのはもう何度目かわからないが、今日はさらに眩しく見えた。

 今はあのときよりも、心臓の鼓動が強くなってしまっている。


「兄さん?」


 すっかり固まっていると、いつの間にか彩花がこちらの顔を覗き込んでいた。

 ひそかに拳の中で爪を喰い込ませながら、理久は慌てて返事をする。


「おはよう、彩花さん」

「おはようございます」


 花が開くように、彼女はパッと笑う。

 大丈夫だろうか……、こんな子に笑顔で話し掛けられたら、クラスの男子はすべて恋に落ちるのでは……? いや、もう落ちてる? 大丈夫か、中学生……。

 しかし、そんな無駄な心配ができるほど、朝はのんびりしていられない。

 ほかの三人が席に着いたので、理久も慌てて自分の席に腰掛ける。

 彩花が嬉しそうに、いただきます、と手を合わせた。



 彩花は元々、中学校には徒歩で通っていたらしい。

 今回の引っ越しで距離は離れてしまったが、自転車で行けない距離ではないそうだ。

 中学三年生の二学期ということもあり、転校はせずに今の家から通うことになっていた。

 なので、理久よりも早く彼女は家を出て行く。


 もしかしていっしょに登校できるのではないか、と少しは期待していたので、ちょっと残念だ。

 とはいえ、もしそうなったとしても、ふたりきりの登校にはならなかったのだが。


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