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好きな人が義妹になった  作者: 西織
好きな人が義妹になった
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 そんなことがあった、翌日。

 理久は昼近くまで眠り込んでいた。


 彩花に対して他人のラインを踏み越えたことを告げ、気持ちを伝え、随分と偉そうに説教のようなことをしてしまった、その翌日だ。

 しかも、めちゃくちゃ泣いてしまった。

 それはきっと、彼女のためになれたと思うけれど、羞恥心は別問題。

 昨夜は部屋に戻ってからベッドの上で身悶え、考え事ばかりしてしまい、なかなか寝付けなかった。

 そして、正午近くまで眠ってしまった。


「……部屋から出るのが怖い」

 

 彩花と顔を合わせるのが怖い。

 何が一番怖いって、彼女に全く響かなかった場合だ。

 何の変化もなく、「おはようございます」と挨拶され、ちょこっとだけのご飯を食べ、いそいそと家事をこなす彼女を見たら、多分心がバラバラになってしまう。

 

 そうは思うものの、覚悟して部屋を出なければならない。

 えいや、と扉を開けて、階段を下りていく。

 すると、リビングに彩花はいた。

 彼女はソファに座り、テレビを観ていたらしい。

 彩花は理久に気付くと、振り返って控えめな笑顔を向けた。


「――おはようございます」


 その挨拶自体は、今までとさほど変わりはない。

 けれど、劇的に変わっていたことがあった。

 彼女が、パジャマのままリビングにいたことだ。

 夏用らしく、涼しげで薄い生地の半袖とハーフパンツ。

 彼女の細くて白い脚が見えていて、その眩しさに目を細めそうになる。

 彩花の長い髪がパジャマの上を滑り、彩りを与えていた。


 昨夜も見た姿とはいえ、与えた印象は全く違う。

 心臓が早くなってしまう。

 女の子のパジャマ姿なんて、こんなまじまじと見ていいわけがないのに。


 あまりの可愛さに視線が吸い寄せられたのは否定できないが、それ以上の意味がこのパジャマ姿には込められていた。

 だからこそ、理久は固まってしまっている。

 彩花は理久から視線を外し、頬を赤く染めた。


「や、やっぱりまだちょっと恥ずかしいですね……。でも、わたし。お休みの日は、わざわざ着替えないことも多くて……」


 そう。

 彼女は今まで、室内でも常に外に出られるような服装をしていた。

 彩花にとって、家の中は外同然だったからだ。

 赤の他人を前にして、部屋着姿で出ることはまぁないだろう。

 女子だったらなおさらだ。

 すなわち、これは覚悟の証明。

 今からは、ただの他人というわけではなく。

 家族のような振る舞いをしていきますよ、という宣言である。


「慎二さんとお母さんにもびっくりされました。すぐに嬉しそうな顔をしていましたけど……。それで、話したんです。実は前々から、『わざわざ朝の用意なんてしなくていいよ』と言われていて……。だから明日からは、ちょっぴりお寝坊しちゃいます」


 ふふ、と恥ずかしそうに笑う彩花。

 それを見て、理久はつい視界が滲んでしまう。

 今度は、彼女のほうが驚く番だった。


「お、小山内さん……っ?」

「ご、ごめん……。いや、良かったな、と思って……」


 にしても、泣くか普通。

 彩花の前で泣きすぎだ。涙腺がバカになっているのかもしれない。

 けれど、幸いながら彼女は引いてはいないようだった。

 ふっと静かに笑みを浮かべ、ぺこりと頭を下げる。


「小山内さんが『家族になったんだから、甘えてくれ』と言ってくれたおかげです。ありがとうございます」

「……いえ、あの。はい。そんな、どういたしまして……」


 こうもまっすぐに言われてしまうと、こちらのほうがどぎまぎしてしまう。

 なんだその文言。

 中学生女子に言って大丈夫なやつ?

 なにかの罪に当たったりしないだろうか、と勝手に不安になっていると、彩花は小さく「あっ」と声を上げた。

 どうしたの? と問いかけると、彼女はゆっくりと頷いたあと、こちらに顔を向けた。


 間近で見ると、本当に彼女は綺麗な顔をしていると思う。

 歩くたび流れるように揺れる美しい髪も、長いまつ毛も、華奢で細い身体も。

 そのどれもが、理久の心をそわそわさせる。

 あのとき、手を差し出してくれた女の子のままだ。


 そんな彼女が。

 控えめながらも、やわらかく――、本当にやわらかく笑顔を浮かべるものだから――、理久の心はより掴まれてしまった。

 まっすぐに笑顔を向けながら、彼女は震えるほどに嬉しいことを言ってくれた。


「これからもどうぞ、よろしくお願いします――、兄さん」


 小さく呼んだ、その敬称。

 ぎこちない他人同士の関係の中で、小さくて大きな一歩。

 リビングでパジャマ姿のまま、そう呼んでくれた一言は、どんな言葉よりも大きな意味を持っていた。


「は、はい。よろしく、お願いします……」


 しかし、それを問題なく受け止められるかは別問題。

 先ほどの笑顔と相まって、すっかり理久のキャパシティをオーバーしている。

 気の利いた言葉ひとつ言えない。

 可愛すぎるんですよね、彩花さん。

 その心の綺麗さに浄化されそうになっていると、彩花は視線を宙に彷徨わせていた。

 遠慮がちに行ったり来たりさせながら、無意識なのか指を絡めている。


「それで、あの、兄さん……。実は、早速で申し訳ないんですが、ひとつ甘えたいことがありまして……」

「え。そうなの。何でも言ってください」


 なんという進歩。

 今まで遠慮の塊だった彩花がそう言ってくれる。

 勢い込んで問い返してはみたものの、彼女はしばらくもじもじと指をいじっていた。

 言い辛そうに目を泳がせながら、頬を赤く染めている。

 それでも辛抱強く待っていると、意を決したように彼女は己の気持ちを吐露した。


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