20
そんなふうに分不相応な幸せを噛み締めていたが、長くは続かない。
最初は味の感想を言い合っていても、すぐに沈黙が下りる。
話すことがない。
このままでは、また気まずい空気に後戻りだ。
とにかく、何でもいいから話題を口にしようと頭を回転させた。
「彩花さんって……、ええと、趣味ってあるんですか?」
振り絞って出てきたのがそれか、と自分でも愕然としてしまう。
「そんな、お見合いじゃないんだから」と彩花がツッコミを入れてくれたらまだよかったのだが、彼女は真面目なのでごく普通に言葉を返した。
「趣味ですか? わたしは、ね――」
何かを言いかけて、けれど彼女の口がぴたりと止まる。
そのまま、視線がそろりと逸らされた。
気まずそうにしながら、ぽつりと呟く。
「ええと……、読書、でしょうか。本を読むのは好きです」
読書。
何を言いかけたのか気になったが、すぐに意識がそちらに向かう。
彼女が窓辺で本に目を落とし、髪が風でさらさら流れる様を想像させた。
とても似合っている。
しかし、読書、か……。
ほとんど本を読まない理久は、どう話題を広げていいかわからなかった。
「どういう本を読むんですか? 小説?」
「そうですね、小説です。青春小説と呼ばれているものが特に好きなのですが……、でも、面白かったら何でも読みますよ――」
彩花はそのまま、最近読んで面白かった小説の名前を挙げてくれた。
けれど、理久の反応が芳しくないことを悟って苦笑する。
「小山内さんは、あまり小説は読まないですか」
「……すみません。まるきり。読書感想文とかも苦手で」
話が合わなくて申し訳ない、と思っていると、彩花が小首を傾げた。
「小山内さんの趣味はなんですか?」
「俺は、映画鑑賞、とかかなあ。暇だったらよく観てますよ。アクション映画が好きで」
何も考えられずに観られる、単純でわかりやすい映画が好きだ。
暇だったら、とりあえず配信サイトで適当な映画を観ている気がする。
とはいえ、これは幼馴染のるかの影響もあると思うが。
彼女と家で遊んでいるとき、何とはなしに映画を垂れ流すことがよくある。
けれど、こちらは彩花が知らない分野のようだ。
良い反応が得られなかったので、尋ねてみた。
「彩花さんはあんまり映画観ない?」
「そう、ですね。たまーに、友達と映画館に行くくらいでしょうか……」
どうやら、あまり興味がないらしい。
残念ながら、お互いの趣味で話が広がることはなかった。
もう少し関係が近かったら、「おすすめの本貸してよ」とか「映画いっしょに観ようよ」なんて言えたかもしれないが。
気まずい空気が部屋を満たすばかり。
しかし、幸いなことに新しい話題を見つけた。
話しているうちに、彩花の皿がすっかり綺麗になっていたのだ。
随分とお腹が空いていたようだし、彼女も食べ盛りだろう。
空になった皿を理久は指差す。
「おかわり要ります?」
「あ、い、いえ! ありがとうございます。もうお腹いっぱいです。ご馳走様でした」
力の抜けた笑みを浮かべて、彼女は自身のお腹を擦る。
満足そうにしているものの、なんとなくその表情が気にかかる。
さっきまで自然体だったのに、どこかこわばりを感じた。
かといって、そんな些細な違和感をつつけるほど、仲が深まったわけでもない。
そう? と返事をして、理久も残りを食べ進める。
ふたりだけの晩ご飯は、思ったよりもあっという間に終わった。
なんだかんだで、彼女と話しながらの食事は楽しかった。
「小山内さん。洗い物はしておくので、お風呂お先にいかがですか」
食べ終えたあとにお皿をシンクに運んでいると、彼女にそんなことを言われた。
そんなお嫁さんみたいなこと言います?
思わず、目を覆ってしまった。
途端、彼女は慌てたような声を出す。
「ど、どうしました……?」
「いや、ごめん……。こっちの問題……。何なら俺を軽蔑してください……」
「え、えぇ……?」
困惑されてしまったが、おかしなことを考えたこっちの落ち度だ。
いっそ思い切り殴ってほしかったが、それはそれで彼女も気持ち悪いだろう。
ただでさえ気持ち悪いのに。
何なら、変な趣味だと勘違いされてしまう可能性がある。さらに気持ち悪さが上乗せされてしまう。
「お風呂……、んー……」
料理はいっしょにしたわけだし、ほかの家事もこなしてくれた彩花を放って自分だけ風呂に入るのは後ろめたい。けれど、それを伝えたところで彼女は固辞するばかりだろう。
ここは大人しく言うことを聞いたほうがいいか、と先にお風呂をもらうことにした。