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好きな人が義妹になった  作者: 西織
好きな人が義妹になった
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 理久が身体を起こすと、泥が跳ねて彼女の制服をさらに汚してしまう。

 けれど彼女は、自転車のほうにまで向かってしまった。


「あっあっ、そんな、そこまでして頂くわけには……」


 理久が慌てても、彼女はどこ吹く風だ。


「これをひとりで引き上げるのは大変じゃないですか……?」


 彼女はそう言いながら、自転車を起こそうとする。

 勢いよく突っ込んだせいか、自転車は泥に深く沈んでいた。

 理久はすぐにひとりで起こそうとしたものの、確かに大変だった。

 ごく自然に彼女が手を貸してくれて、何とか田んぼから自転車を引き上げる。

 泥だらけの少年と少女が、地面に泥を落としながらどうにか田んぼから抜け出した。

 理久は息が荒くなるのを感じながら、慌てて頭を下げる。


「すみません……、こんな手伝ってもらって……、服も……、めちゃくちゃ汚してしまって……、あの、クリーニング代とか出させてください……」


 理久は彼女の顔を見られず、頭を下げたままそう言った。

 彼女の白いセーラー服はもう泥だらけ、足元はどうしようもないことになっている。

 どうにか大人の真似事をして、クリーニング代という言葉を口にしたが、彼女は静かに笑うだけだった。


「気にしないでください。お父さんがいつも言ってるんです。『困った人がいたら、助けてあげなさい』って。お母さんも、理由を話したら怒らないと思いますから」


 頬に泥がついているのに、美しい笑顔だった。

 その姿に理久が再び見惚れていると、彼女は「それでは、もう行きますね」と踵を返した。

 自分の自転車を起こして、泥だらけのまま走り出す。

 彼女の長い髪にも泥が付いていたし、母親が悲鳴を上げそうなくらいに彼女は汚れている。

 けれど――、その姿はどんなものよりも美しかった。


「――あぁ」


 胸が、ずきりと痛む。

 自分でも信じられないほどに、心をかき乱されてしまっていた。

 名前も年齢も、通っている学校も住んでいる場所も知らない。

 わかるのはせいぜい、「多分、年下かな?」ということくらいだが、それすら定かではなかった。

 けれど、理久はどうしようもないほど彼女に心を奪われていた。


「あ、理久だ。おーい……、って、うわっ! なに!? どうしたの!? 田んぼに突っ込んだ!?」


 どうやらぼうっと立ち尽くしていたようで、別の女の子に声を掛けられる。

 待ち合わせをしていた相手だ。

 彼女は心配そうにこちらを見ていたけれど、今はもう田んぼに突っ込んだことなんてどうでもよくなっていた。


「ねぇ、るかちゃん……。一目惚れって、どう思う……?」

「えぇ? この状況で恋バナ……? いや、相手からすると嬉しくはないでしょ。わたしも言われることあるけど、見た目しか興味ないんかい、ってなるし」

「そう、だよね……。でも、るかちゃんは中身も素敵な人だよ……」

「そう言ってもらえると嬉しいけどさ……、え、理久大丈夫?」


 大丈夫じゃないかもしれない。

 この日のことは、あの光景は、きっと一生忘れない。 

 あまりにも強すぎる衝撃に放心してしまい、一気に脳が焼かれてしまった。

 理久ははっきりと恋に落ちた。

 名前すらわからない少女に。


 しかし。

 理久が中学校を卒業しても、高校に入学しても、一目惚れした彼女に何か行動を起こすことは一切なかった。

 それはもちろん、勇気がなかったというのもあるけれど。


 一目惚れをした、というのは、相手に失礼ではないか。

 そんなふうに感じてしまったからだ。

 人を好きになるのに容姿が関係ない、とは言わないし、人の印象はどうしても外見に左右される。

 けれど、外見だけで好きになるのは、さすがに不誠実ではないか。

 もちろん、彼女の行動に心を奪われた結果ではある。けれど、あの美しい髪や容姿を汚してまで助けてくれた、ということに衝撃を覚えたのは確かだった。


 だから理久は、あの美しい光景を脳裏に焼き付けるだけ。

 この思いは決して外に出ることもなく、彼女とも二度と出会うことはないと思っていた。

 まさか。

 その一目惚れした相手が――、妹になるだなんて。

 そんなこと、想像できるわけがなかった。


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