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好きな人が義妹になった  作者: 西織
好きな人が義妹になった
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「で、できました……」


 鍋の中でぐつぐつと煮られるカレーを前に、彩花の表情がぴかぴかに輝いている。

 嬉しそうに両手を合わせて、良い香りのする鍋の前で感激していた。


「うん。できましたね。彩花さん、いろいろ手伝ってくれてありがとう。おかげでおいしそうにできた」

「! いえ、教えて頂いてありがとうございました。わたし、こんなにちゃんと料理できたの、初めてです。嬉しいですっ」


 輝いた表情のまま、彩花は理久と鍋に視線を行ったり来たりさせている。

 本当に感動しているようで、彼女は鍋の前で落ち着きなく身体を揺らしていた。


「………………」


 一方、理久は死にそうだった。胸を押さえる。

 可愛すぎる……。

 まさか、こんなに喜んでもらえるなんて……。

 きらめく笑顔も、遠慮がちにはしゃぐ様子も、こちらの心臓をひたすらに速めてくる。

 その達成感からか、暗い表情や無理をしている表情が多い彩花も、今だけは歳相応の中学生の女の子に見えた。

 こんなにかわいい子がいたら、クラスの男子全員恋しない? 大丈夫?

 理久がバレないように浅い呼吸を繰り返していると、そこで小さな事件が起きる。


 きゅうう。


 まるで小動物の鳴き声のようなお腹の音が、耳に入ったのだ。

 その瞬間、彩花の動きがぴたりと止まる。

 かああ、とわかりやすく顔を真っ赤にして、自身のお腹に手をやった。


「………………」


 ここまで露骨に反応されると、聞こえないふりもできない。

 腹の音くらいだれだって鳴るだろうし、気にしないでいいと思うのだけれど、彼女は思春期の真っ最中。

 そりゃ男子に聞かれるのは嫌だろう。


 なんだかんだで彩花に教えているうちに、普段の何倍もの時間を使っていた。

 時計を見ると、既に午後六時を過ぎている。

 正午にご飯を食べたと考えると、空腹を覚えてもおかしくない時間帯だ。


 父と香澄は先に食べていてほしい、と言っていたし、先に晩ご飯にしちゃおうか。

 腹の虫には触れずにそう提案しようとすると、そこで悲劇は連鎖する。


 きゅうう。きゅうう。きゅうう。


「あっ、あっ、あっ……!」


 お腹を押さえていても、さらに鳴り響く腹の虫。

 一回だけでも辛いだろうに、それを三連打、いや先ほどのを加えて四連打。

 あまりのことに彩花の顔がこれ以上ないほど真っ赤に染まり、肩をぷるぷると震わせていた。

 潤んだ目を見張り、耐え難い羞恥に晒されているように固まっている。


「……もう、ご飯食べちゃおうか。父さんたち、遅くなるって言ってたし」

「すみません……」

「いや、お気になさらず……」


 両手で顔を隠してしまった彩花を前に、そっと視線を逸らす。

 家族だから気にしなくていいよ、と言うには、あまりに関係が浅すぎた。




 とにかく、晩ご飯だ。

 正直なことを言えば、この場に香澄も父もいないのに、ふたりで食事を取るのは抵抗がある。

 何せ、昨日会ったばかりの義妹とふたりきりの食事なのだから。

 昼ご飯は雑な食事だったというのに、それでも十二分に気まずい食卓だったし。


 しかし、今回はふたりで作った料理だ。

 しかも彩花にとっては初めての料理で、一生懸命に彼女が作ったもの。

 そのおかげで、今だけはぎこちない空気も薄れている。

 彼女の意識も料理に向かっていた。


「彩花さん、どれくらい食べますか?」


 カレー皿に自分のご飯を盛り付けたあと、手を洗っている彩花に問いかける。

 彼女は「あ、ありがとうございます……」と言ったあと、ちょこちょことこちらに寄ってきた。

 別に座ってもらってよかったのだが。

 彼女は理久のカレー皿に目を向けて、そっと問いかけてきた。


「そちらは、小山内さんのお皿ですか……?」

「うん。ご飯はいっぱい炊いたから、気にしないでいいですよ。父さんたちの分もちゃんとありますから」

「……では、小山内さんより少し少なめでお願いできますか」

「はいはい」


 言われたとおり、彼女の量を調整する。

 そのうえにカレーのルーをたっぷり掛けて、テーブルの上に運んだ。

 食卓に並ぶ、カレーライスとポテトサラダ。

 その奥に座る彩花は、らんらんとした目で嬉しそうに料理を見つめていた。

 昨日よりも人数は少ないし、ご飯も豪華じゃないけれど。

 今日のほうがよっぽど明るく感じた。


「いただきます」

「いただきます……っ」


 ふたりで手を合わせて、早速カレーに手を付けていく。

 ぶきっちょに切られたニンジン、ジャガイモは形が不揃いで、すくい上げるとその大きさに笑ってしまうものもある。

 でもどれも愛嬌があって、可愛らしかった。


 ぱくりと口にすると、普段自分が作ったカレーと同じ味がする。

 当然だ、レシピは変えていないのだから。

 でもいつもよりもおいしい気がした。


「おいしい……」


 彩花も口にした瞬間、そう呟き、感動したようにカレーを見つめている。

 初めての料理。

 その瞬間に立ち会えて、なんだか嬉しい気分になる。

 香澄が帰ってきたら、「これふたりで作ったんですよ」と報告してもいいかもしれない。

 彼女はそのままパクパクと食べ進め、そのたびに満足そうにしていた。 

 ふたりで料理して、ふたりでいっしょに食べて。


 なんだかいいな、こういうの……。

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